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2012年8月16日 (木)

第17回 王子落語会 4者4様の色を楽しむ

2012年8月15日ソワレにて王子落語会を観てまいりました。

4席それぞれに演者の味わいがたんとあって、楽しませていただきました。

100名以上の入場者があったようです。
場内はほぼ満員でした。

・立川談奈 「たがや」

一番手は、この会の準レギュラーともいえる談奈さん、開口一番ということもあって、最初はちょっと硬い感じもしましたが、少し枕が進むとそれが味に変わっていく。語り口にどこかこう生真面目な感じが抜けないのですが、枕の組み立てがしっかりとしていて観客が噺の入口に吸い寄せられていく。。

そして、噺に入ると、その生真面目さが端正な感じに変わっていくのですよ。登場人物の様子がくっきりと描かれる。たがやはもちろんのこと橋の上の衆にしてもお供や馬上の武士にしても、ライブカメラで切り取った一瞬のごとく場の質感が高座に表れてくる。

いろんな方がやられる噺ですしそのテイストも様々なのですが、この高座には面白さを無理に絞り出すのではなく、場の風景をしっかりとしたフォーカスでとらえるエッジがあって。

たぶん、演者が描きたい質感には、さらに上があると思うのです。でも、何度か高座を拝見して、最初のころは噺の内側で質感を作ろうとして噺と格闘されていたのが、今回は噺を踏み台にして、その外に描こうとしているものを感じて、従前とは一つ変わられたなと思った。

更に熟されたとき、噺をどう取り込んでどんな世界を見せていただけるのか、次回の高座も楽しみになりました。

・瀧川鯉昇 「千早振る」

短歌を解釈するという骨にどんな肉をつけてくれるのかというのが見どころの噺。しばらく前には笑福亭福笑師匠が、上方落語のメソッドを存分に使って見事な世界を作りあげておられましたが、さすがに彼も竜田川を外国から呼び寄せたりはしなかった。

まあ、奇想天外といえばそのとおりなのですが、これが鯉昇ワールドのなかに入ると、なんの違和感もない。それどころか、昨今の大相撲界の実情に鑑みると、原典どおりの噺にするよりも、はるかにリアリティを感じてしまったり・・・。骨格にたっぷりとつけた肉を味あわせつつ、ちゃんと観客に最後の骨までしゃぶらせてくれるのです。

真骨頂の空気の軽さに密度と外連をしなやかに織り上げた唯一無二の味わいに惹かれつつ、鯉昇噺の世界をたっぷりと堪能させていただきました。

*中入り

 ・桂 米紫 「蛸芝居」

上方落語の中でも私の大好きな噺のひとつで、三番叟で主人が丁稚を起こすところからわくわくとした。いろんな演者さんで聴かせていただいたことがあるのですが、その中でも米紫師匠のものは、店や芝居振りに観る側を取り込むようなカジュアルな雰囲気があって何とも言えず親しみやすい。

たぶん、この噺ができたころは、歌舞伎もずっと親しまれていた一般的なものだったのだろうと思うのですでも、今はそうではない。私なんて自慢じゃないけれど、正直言ってそれぞれに演じられる場面がどの芝居のパロディなんて皆目わかっていないわけです。だから、雰囲気で楽しむしかない。
で、米紫師匠の「蛸芝居」はその雰囲気にメリハリが効いていて、しかも単に芝居のコンテンツだけだけではなく、いいシーンを真似て演じたいというファン心理までがしっかりと編み込まれていてる。だから、場に元ネタを知らなくても置き去りにされることはなく、はめものが始まると素直にわくわくするし、そこからの抜け方も場の流れを止めないので店の雰囲気に溶け込んだままずっと噺の中に居続けることができる。

そりゃ、歌舞伎の真髄を見事に模倣して大向こうを唸らせるってな演じ方もあるのでしょうが、それと師匠の高座のどちらが今の観客になじむかというと、間違いなく後者のような気がする。
高座に観客に噺のどの部分の魅力を伝えるかという、師匠の見識や企てやメリハリがしっかりと感じられて。

上方落語の、かつ米紫師匠の「蛸芝居」のテイストを存分に楽しむことができました

・立川左談次 「阿武松」

昔、どこかで聞いたことがある噺ではあるのですが、どこで、誰が演じたかなどはまったく思い出せず。ただ、物語の展開は知っていたように思います。

枕からその空気に惹かれる。どこかグダグダ風に見せかけて、したたかに場の空気を自らの手の内に収めてすっと噺に入っていく。

相撲取りの出世噺ですし、地語りで進めつつ場面を差し入れていくような作りなのですが、その地語りの枠が凛と立っていて、聴いていて実に心地よい。枠が見事にしっかりしているから、間にふくよかな遊びがあっても、噺が歪むことなく、ボリューム感をもって観る側にしっかりと組み上がっていく。

気が付けば面白おかしさの奥に流れる噺のリズムに乗せられて、その顛末を語られさげられた後には一席のボリューム感がふくよかに残る。

ベタな言い方ですが、ああよいものを聴いたなぁという満足感がいっぱいに残りました。

名人上手といわれる方の高座は、本当にべたつかず、なじみやすく、気持ちよいものだということを改めて感じたことでした。

*** *** ***

ほんと、お世辞抜きで良い会だったと思います。

王子落語会、次はいつですかねぇ。今からとても楽しみです。

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