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同級生演劇部 『悪巧みの夜』

11月2日ソワレに同級生演劇部『悪巧みの夜』を観ました。会場は梅ヶ丘BOX。楽日に再見しています。

公演内容については下記をご参照ください。(リンクの貼り付けに問題があるようでしたらご連絡ください)

http://dokyuseiengekibu.strikingly.com/#_5

 
(ここから先にはネタバレがあります。ご留意ください)

3人芝居。登場人物達の関係が解けるまでの空気の作り方や物語の語り口に作り手ならではのしたたかさがあって。場所にしても、そこに登場人物たちが集うわけも、そもそもの登場人物たちの関係も、焦ることなく、もたつくことなく、それぞれのキャラクターの色を損なうことなく観る側の無意識の領域に解けていく。梅ヶ丘BOXというスペースが持つある種の閉塞感をうまく纏いながら、シーンが温度を伴った緩急とともに伝わってくる。時計の針に要所を区切られながら(空気を壊さないよい転換だとおもった)場面ごとの3人其々の性格や価値観などがとても自然に観る側に渡されていきます。

物語の骨格にしても展開にしても、全ての出来事が描かれたりディテールまでが深く語られているわけではない。ただ、舞台で役者達が語り演じることから観る側が想起する光景があり、視座が単に舞台に描かれるものから一歩展開の内側に引き込まれ、そのことでのキャラクターの想いへの共振が生まれ、物語の歩みが場の内でキャラクターが抱くものとして観る側に広がっていきます。観客自身には本来あまりなじみのない中盤から終盤にかけての登場人物それぞれの感情が、ことわりや納得などを追い越して直感的に、あたかも観る側が抱くものの如くに観る側を染めていく。

2日に観た時には、それでも、台詞を元に役者達の描くものに繋がれ、足場にして、物語の膨らみを受け取りとりこまれていたように思います。しかし、楽日では、もちろん戯曲の顛末を知っているということはあるのですが、なんだろ、役者達の醸す色や温度の異なりに身を委ねるようにして、登場人物の視座からの物語の展開に人物が見たものや自らの感情が同化しているような感覚すらありました。

須貝英のこれまでの作品でも(作るにしても自らが演じるにしても)、観る側を物語に対峙させ渡すというよりは、物語に仕込まれた視座に観る側を導いて共に歩ませるような感覚に捉われていたのですが、今回はそこに佐藤みゆきや浅野千鶴という同年代(同級生)でありつつ違った質感での表現の深さを持つ女優の人物造詣が差し込まれ、世界が一層の厚みをもって研がれていたように感じたことでした。

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