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えうれか第二回公演『岸田國士短編四作品上演』異なる質感に編まれた役者の個性

2015年12月15日ソワレでえうれか第二回公演『岸田國士短編四作品上演』を観ました。
会場は渋谷Le Deco5.
会場に入ると2~3列の客席が緩い半円形に作られ、最初の会話劇の椅子が並べられている。テーブルに置かれた陶器などもどことなrくおしゃれな空気を漂わせながら、観客といっしょに開演を待つ。
やがて、弦楽器がメロディーを奏で、物語が空間に導かれます。
(ここからネタばれがあります。ご留意ください)

作  : 岸田國士

演出  : 花村雅子

演奏 : 久保山 有造[ヴィオラ]、山田 直敬[ヴィオラ]、松岡 祐子[パーカッション]

どの作品も過去に舞観たことがある作品、いろんな演出的なアレンジがされたり、一部潤色された舞台もありましたが、今回の舞台では、戯曲に対して、奇を衒うことなく、実直に向き合っているように感じました。
その上で、作品ごとに異なる非凡さがあって、一つずつの作品に違った感触で閉じ込められていきます。

「ヂアロオグ・プランタニエ」

出演 : 黒沢佳奈<火遊び>・梢

二人の会話劇、冒頭に紅茶が運ばれてきて、そのことでまるで喫茶店の通路を隔てて隣の席から聞こえてくる女性ふたりに耳をそばだて所作を覗き見るような感覚で物語の顛末を追いかける。

容姿もお芝居のトーンもどこか異なる役者達、会話のリズムなどもモノローグ的なものの重ね合わせが多く、必ずしもきっちりと噛み合っているわけではない。紡がれる空気も微妙に違うし、身体や視線の動きも企みをもって、時にダンスのように動き、恣意的にバラけている。でも、それらが重なり、物語の顛末となっていく中で、舞台は次第に同じ色に収まらないことで際立つビビッドさに満ち、言葉の意味をひろっただけでは受取えない、ある種の生身のゆらぎをもった二人の確執の感触に至り空間を満たしていく。

どちらかの役者だけを意識して観ていると、そこには輪郭と風貌を持った女性とその抱く感情がよく作りこまれていて、でも、二人の会話は、互いのある部分にすっとバイアスをかけ、その言葉が言葉として描くものをさらに研いだ印象を舞台に切り出す。見終わって、目が見て耳が聴いた舞台だけには収まらない感触の広がりが残り、それがとても面白く感じられた。

 

「命を弄ぶ男ふたり」

出演 : 大塚 公祐(劇団InnocentSphere)・垣内 健吾

線路沿いの闇の中、かすかに月明かりに照らされたように浮かぶ二人の姿。列車が通過する音、車窓の光に男の横顔が浮かび上がる

 正直なところ、始まって暫くは照明が舞台のありようや出来事をすべて観る側に供するにはやや暗すぎるように感じた。役者達の所作や表情の細かいところも半分は淡い闇に埋もれていて、細かい部分まで受け取ることができたわけではない。でも、むしろそれが観る側にとってのメリハリになって、舞台の気配や、役者達が丁寧に組み上げるキャラクターから、その感情やさらに踏み込んで内心の、常であれば表情に隠されてしまうであろう部分までが見えない部分ならではの感触として渡され、舞台に次第に満ちていく熱に巻き込まれてしまう。

二人の感情が絡み合う会話の中で、それぞれが、相手の存在を鏡にし、無意識に歯止めにもし、執着をごまかしたり手放すことなく編み上げているのもよい。明るい光の中ではベタに埋もれてしまうような言葉も、舞台の闇に研がれた感覚の中では、歪もうが、移ろおうが、まっすぐに伝わってくる。そうして、役者が紡ぐものを肌で感じ、様々なベクトルの表現を丸めることなく受け取る。
見応え十分だった。

 

「ぶらんこ」

出演 : 上田 晃之・佐々木史(劇団mahoroba+α)

芝居の入り口は、昭和の中盤くらいまでの日本の朝ならばどこにでもありそうな光景。妻が甲斐甲斐しく旦那を朝の準備に追い立て、朝食をとらせる。でも、そこから夫が自分の見た夢を語り始めることで、物語は現実の感触と夫の夢の世界を行き来する浮遊感の混ざり合った感触に迷い込んでいく。

夫の語りに現実がすっと彼の手を離れるような感覚があまれるのだけれど、その時間から遊離していくものを繋ぎとめる妻の存在感が物語を離散させず現実の時間にエッジを作り滲ませない。妻役を演じた佐々木史には場にあることの強弱を自然体に出し入れする演技の巧みさがあり、加えて同じ刹那にいくつもの想いの色をプリズムのごとくに差し入れる才があって、夫がかたる夢と自らが抱く現のそれぞれに内外と陰影をあたえパラレルな立体感を立ち上げ観る側に渡してくれる。

揺蕩う夫の感覚と現実に柔らかく閉じ込められた妻の時間の重なりと乖離から、言葉では語りえない家庭の空気の感触が息を呑むほど精緻な時間の肌触りを持って訪れた。

「恋愛恐怖病」 

出演 : 西村俊彦・大森茉利子(あやめ十八番)・奥田一平

 何度か上演を観たことのある作品、演出や舞台の語り口によって男性を踏み台にした女性の想いが浮かび上がったり、逆に男性の頑なさや不器用さが女性との会話の中であからさまに切り出されたりと舞台にいつかの視座を差し込みうる間口を持った戯曲だとおもうのだが、今回はその両方が、バランスよくしっかりと舞台に置かれていた。

大森茉利子から滲み出す苛立ちは実によくコントロールされた変化球で、理性としてその男性に惹かれる部分から劣情の抗しがたい部分への球筋をものの見事に描きだす。女性の勝気さやどこか男勝りな部分を戯画的な平板さに陥らせることなく、清廉さに押し込めきれない部分を、想いの色に編みこんでいて、その上での揺らぎが女性の自然体の風貌としてとても魅力的。そのことが、二人の男性をただただ惹きつけるのではなく二人の男性のそれぞれの当惑や逡巡を導き照らすのも、滑稽でありながら、どこか甘酸っぱく、ビターで、実に面白い。

3人の役者の人物造詣がシーンによりそって編まれたというよりは、役者や演出家が戯曲に向き合い更に半歩踏み込んで紡いだものであるようにも感じ、だからこその綺麗な風景に収まらない作品の余韻が、とても豊かなものに感じられた。

 

●● ●● ○○ ●●  ●● ○○ ●● ●●

 

観終わって、岸田戯曲の奥深さや面白さを改めて認識したのですが、この4本の舞台には、演出や役者が戯曲に描かれたものを緻密に描くだけではない、戯曲を深く落とし込んだ先での作り手や演じ手の個性の映えのようなものに心惹かれたりも。

その魅力は、演出家や役者の今後の舞台をとても楽しみにするのに十分なものでした。

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