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青☆組 『星の結び目』歌に束ねられた刹那の軽さと日々の重さ

2014年7月4日ソワレにて青☆組『星の結び目』を観ました。
会場は吉祥寺シアター。

この作品は以前、こまばアゴラ劇場での時間堂の公演でも観ています。しかし、キャストや演出、さらには劇場の違いが、戯曲に新たな質感を与えていて。
物語の構造が変わっているわけではないのですが、舞台の広さに役者たちの力がさらに解き放たれていたように感じました。 時代と、一人ずつの歩む時間が、その想いと共にしっかりと観る側に置かれる舞台、また、それらを紡ぐ役者たちの力をひとりずつ、がっつりと、味わうことができました。

(ここからネタばれがあります。十分にご注意ください)

脚本・演出 : 吉田小夏

出演 : 荒井志郎、福寿奈央、藤川修二、大西玲子、小瀧万梨子(青年団)、渋谷はるか(文学座)、吉田久美(演劇集団円)、代田正彦(★☆北区AKTSTAGE)、多根周作(ハイリンド)、西村壮悟、村上哲也(Ort-d.d)

舞台にはいくつかの空間があって、
橋でつながれた空間はそれ全体が一つの家のようにも思える。
舞台は小さくも大きくも場の広さを作り出していきます。
正直にいうと、
初日はまだ、役者たちが舞台の広さに対して
折り合いをつけきれていないように部分もありました。
特に、いくつかの時間が平行して進む場面では
舞台全体のテンションにムラを感じ部分があったのも事実。
でも、それは、上演を重ね役者たちの舞台上での呼吸が馴染めば
きっと逆に膨らみに変わっていくような余白にも思え、
一歩ずつ紡がれる時間の流れに取り込まれていく。

どこかシームレスに、流れるように、時間が組みあがる。
その中で、役者達の一人ずつが、単に物語を紡ぐのではなく、
常に刹那毎のロールの息遣いで刹那を織り上げていて。
だから、時間の歩みを、登場人物たちの呼吸が息づいた
その家の肌触りとして感じることができて。
もちろん、外を流れる時間も垣間見えるのですが、
観る側は、あくまでも、その家の出来事の質感として
時代の変化やその家の変容を感じ続けていくことができるのです。

華やかな時代、やがて凋落していく感覚、それぞれの想いと矜持。
広さにぶれることなく、繊細さを滅失させることのない
役者たちのロールの貫きが、
一つずつの空間に実存感を与え、その歩みを混濁させることなく
淡々と、クリアで、どこか鈍色に染まった、
その時間の感触に観る側を閉じ込めてしまう。

始まりと終わり、物語の両端が結ばれたとき、
その時代を生き抜いた冒頭の3人の歩みと
彼らとともにその日々を歩んだ登場人物たちの記憶が
不用意な重さのない、どこか達観した、
でも、思えば、どこまでも尽きることのないボリューム感とともに
深く見る側に染み込んでくる。

冒頭に口ずさまれたこの歌が、
この舞台には本当に馴染むのですよ。
観る側に渡された物語の質量をしっかりと抱きつつ、
ちょっと下世話な歌が不思議に染まりあった舞台上の「今」の感慨が
終演後も霧散せず、ずっと残る。

なんだろ、観終わって、
生きて、歩み続けて、
その日々の軽質さと積もったものの重さが、
同じものとして感じられる不思議さ、
この作り手ならではの、舞台の感触に
いつまでも心を奪われておりました。

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