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劇団競泳水着『許して欲しいの』作家脳と役者脳での紡ぎ方

2014年2月22日マチネと23日ソワレで劇団競泳水着『許して欲しいの』の2バージョンを観ました。

会場は高田馬場ラピネスト

劇団主宰として作演を手掛け、外部も含めて役者での活躍も著しい5人が演じる作家バージョン(22日)、役者としての確かな力が注目を集める5人が演じる俳優バージョン(23日)。

同じ作品が異なる色を帯び、観る側を取りこんでいく。

それぞれの舞台の空気に引き込まれつつ、訪れるものの違いも作品のふくよかさとして心に残りました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

脚本・演出 : 上野友之

作家バージョン:、名嘉友美(シンクロ少女)、根本宗子(月刊「根本宗子」)、糸井幸之介(FUKAIPRODUCE羽衣)、藤吉みわ(ズッキュン娘)、竜史(20歳の国)、
俳優バージョン:、とみやまあゆみ、佐藤睦、松下仁(アマヤドリ)、ぎぃ子、デジパ(劇想からまわりえっちゃん)

作家Ver.のキャストたちは手練れの作家・演出家でもあり、舞台で彼らが自らの作品を演じる姿は何度も観ていて演じ手としての秀逸さも十分承知していたし、加えて、戯曲には役者への当て書きを感じるような部分も随所にあり、作品の構造をその作・演脳でしっかりと掌に載せているなぁと感じる部分も随所にあって。

役者達は、要所でキャラクターたちへ絶妙なバイアスを掛け、物語の骨格を組み上げつつ表層のロールの変化を踏み台にして、次第にストーリーの中の作家や編集者たちの何かを創造し形にしていくことへのスタンスや苦悩や矜持を切り出していきます。
いろんな遊び心やウィットを差し挟みつつ、キャラクター達が抱くものは役者の戯曲に対する解釈の中できっちりと貫かれ、物語の顛末を踏み台にして描き出すものを支えて。
しかも、単に自らの演じ方を持ってくるだけではなく、その中で役者としての彼らが自身の作品の中では観せることのない質感の演技に挑み、新たな引き出しを引いているのも興味深い。上野作劇をしなやかに纏うために、役者たちがそれぞれの演じる力に更なるスイッチを入れたようにも思えて。
その重なりが生み出す世界は、「作家バージョン」というか人気劇団の主宰たちのお芝居というキャッチフレーズなどどうでもよくなるほど、お芝居自体の見応えに育っておりました。

一方の役者Ver.は、ひとつずつの刹那を実直に積み上げ物語の流れを作っていく感じ。刹那ごとの空気がとても繊細に編まれ、自然な肌触りをもって舞台を満たしていく。
シーンごとのロールの雰囲気の変化も、作家Ver.よりもゆっくりと広がりをもって伝わって来る感じがあり、作家Ver.では物語から切り出されていた何かを描き出すことへの動機や苦悩やプライドも、物語の内側にしなやかに織り入れられて、舞台の呼吸の一部として伝わってくるのです。
上野作劇ならではの、淡々とでも観る側を捉えて離さないビビッドな時間の感覚に満たされ、その中に主人公の姉妹やそれを取り巻く人々の歩みのナチュラルな鼓動が感慨とともに残る。役者脳での刹那の取り込み方や異なる視点からの描き方には、構成とか以前に、ひとつずつの刹那を演じ上げるセンスや、個々のシーンを演じ上げるための粘りのようなものを感じる。

舞台の時間に浸潤されつつ、実は決して簡単な戯曲ではないことにも思い当たりつつ、刹那を実直に演じ上げ、積み上げていく役者たちの力を肌で実感することができました。

両バージョンを観終えて、同じ戯曲からそれぞれのVer.が照らし出すものが全く違うことに驚き、やがてこの戯曲に隠された仕掛けのしたたかさにも舌を巻く。
複雑な骨組みの物語というわけでもないのですが、時間の経過に作り手独特の切れがあり、ロールたちの交わりやそれぞれに抱くものの変化が、観る側が身構えるまえにすっと降りてくるような展開にも心惹かれる。
物語の流れが少々淡白に思えても、会話や言葉には、観る側が受け取るべきロールたちの歩みへの気づきがさりげなく仕掛けられていて、それが役者達の個性や語り口と重なり生まれる風景や質感から、その役者だからこその時間への感触や俯瞰が訪れる。
なんだろ、作り手ならではの戯曲の間口というか、単にモチーフを描くだけではない、演じ手によって様々に描きうる得るキャパのようなものがあって、だからこそ、姉妹にシーンの歩みと共に現れるプロの作り手としての風貌や女性としての美しさも、編集者の奥にある想いの生々しさも、アシスタント志望が歩む日々の感覚も、訪れる女性の距離感も、役者達によって異なる瑞々しさとなり、観る側に入り込んでくる。

今回の二つのバージョンにも、一見単純な物語の顛末にそれぞれの座組みによる奥行きが生まれ、役者達にも、彼らを選びそれぞれの色を編み上げた作り手にも、その豊かな表現の力量と可能性を感じたことでした。

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