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水素74%『荒野の家』、とてつもないバイアスが掛かりつつナチュラル

2014年2月9日ソワレにて水素74%『荒野の家』を観ました。

会場はこまばアゴラ劇場。

昨年来、作り手の作品ひとつずつ、もっといえば舞台に置かれたロールのひとつずつに強い印象がのこっていて。

今回の公演もとても楽しみにしておりました。

(ここからねたバレがあります。十分にご留意ください)

脚本・演出 : 田川啓介

出演 : 永井秀樹(青年団)、高木珠里(劇団宝船)、吉田亮、高田郁恵(毛皮族)、近藤強(青年団)、石澤彩美、玉田真也(玉田企画)、野田慈伸(桃尻犬)

冒頭から三十路男の母への駄々を見せられるとちょっと戸惑ってしまうのですが、世界に父と嫁いだ娘が加わり、表層の家族の関係のなかに4人家族の態が置かれ、さらにそれぞれの抱えるものがあからさまになるころには、シーンたちがちゃんと居場所と理をもった日常の時間の断片であることに気付く。すると登場人物の一人ずつが自らが信じ自分を愛でるように語る台詞や、態度が舞台に貫かれることや、やがてその表裏がその舞台上に重なっていくことが、ぐいぐいと面白くなっていきます。

ひとつずつのロールに役者が組み上げていくものが強くデフォルメされ歪み突き抜けてはいるのですが、だからといって見失うほどに突飛ではなく、ありえる話のボーダーの内側にちゃんと収まり、さらには表層の家族の態にしっかりと繋がれていく。

やりたいことが定まらず、30歳になっても引きこもる息子や、
その息子を心配しつつも一方で依存している母、
仕事をして家族を養いながらも、家庭内ではなにもしようとしない父親や、
嫁いだ先の夫を従属させつつ実家に戻ると母の良い子になりたい娘。

様々な軋みを抱えながらも、その家族がいる家には屋根があり壁があり、時折風音の聞こえる中で家は建っている。
母を訪れ相談と称して、自分の義理の父の介護を当たり前のように頼みにくる隣人の理屈とそれが臆面もなく語られることも凄いなぁとおもうのですが、でも、その理不尽さも、家族とその家が隣人にも見えているからこそのことだと思うのです。

その状況が崩れていく後半は圧巻でした。
息子の引きこもりを快く思わない父が娘と共謀してスパルタ式の登山スクールに息子を預けようとする。そこからのドミノの倒れ方に息を呑む。塩焼きソバで母親を家から釣り出すというアイデアのチープさや、釣られかけても再び戻ってきてしまう母親の執着が凄い。
家を訪れた校長が押し付ける時代錯誤な価値観が父親の薄っぺらなプライドを引き出し、箍をはずし、積もっていたものを噴出させる刹那の身体を絶妙に使った演技には、凄みをもった切なくなるような可笑しさがあり、校長の生徒だったという男の従順の先の抑圧された感にも目を瞠る。
息子が登山スクールへ行くことを了承することの裏側での戻ってきて父親をぶっ殺すという感情がとてもナチュラルに感じられることにも驚愕。

役者達も、バイアスがかかったロールを、常態の感覚と常ならぬ踏み出しを繊細に織り交ぜながら演じ上げていきます。力技でキャラクターの価値観の貫いているわけではなく、家族としての繋がりや距離感も舞台に置きつつ、ここ一番ですっと踏み出す。
だから、息子がいなくなった状況できっぱりと離婚を決意する母親の決断にも、父親の当惑にも観る側を納得させうる構図が。娘と夫の関係性も、隣人のある意味の変わらなさや揺るがなさも、違和感を凌駕して当たり前の如くに訪れて。
その崩れた先には笑えなさを突き抜けてしまったような行き場のなさが残っておりました。

終演間近の吹きすさぶ風の音に「荒野の家」というタイトルを思い出し、なるほどなぁと思う。
かくて家族が崩れたあとの娘の姿を見ながら、デフォルメされた舞台の状況の不思議な現実味に捉えられる。
なにか、とてつもない、でもありふれた物語を観たような感覚から暫く抜け出すことができませんでした。
作り手の従前の舞台、三鷹で観た「半透明のオアシス」や前回のアゴラでの「謎の球体X」でも、ロール達への常ならぬ感覚が、バイアスがかかりつつそれぞれの理を持ってとても自然な成り行きとして訪れていたことを思い出し、再び作り手の魔法につかまってしまったことを悟ったことでした。

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