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カムヰヤッセン『新説・とりかへばや物語』語りの新境地

2013年12月13日ソワレにてカムヰヤッセン『新説・とりかへばや物語』を観ました。

その語り口のしなやかさにしっかりと取り込まれる。  

作り手の新境地を観た想いがしました。  

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

脚本・演出 北川大輔

小島明之、辻貴大、太田宏(青年団)、工藤さや、小林樹、ししどともこ、橋本博人、笠井里美(アマヤドリ)、川本ナオト、北川竜二、さとうみみ

昔話というか古典を、
伝統芸能である落語の世界に落とし込んで、風情をそのままに
どこかコミカルに、でも芯をしっかりとつくって描き出していきます。

原典、落語の世界の時代、その歴史と、創作の重なりが、
ひとつのトーンにしたたかにまとめられていて、
観る側も、さして戸惑いを感じることなく
幾つものシーンを渡っていくことができるし、
そのひとつずつの世界に、役者達それぞれの醸し出す味わいがあって、
観ているうちに、自然にシーンたちが入り込み、観る側に重なっていく。
しかも、そのベースには下敷きの2冊の物語から落語を紡ぐ態があるから、
その展開がバラけることがなく、歩み広がっていくのです。

物語のつくりも役者の出来も本当によかった。
原典のコアの部分を受け継いで、師匠の春日亭雉楽(北川竜二)を説き伏せようと
噺家の春日亭鶯二(小林樹)と古本屋の権蔵(辻貴大)が組みあげていく噺には、
舞台に流れだけではなく物語の強度を作り上げていく力があって。
噺の展開から、突飛さや奇想天外な感じが薄れ、
遊び心が顔を出しても
金さんや有名女子大創立者出生の秘密までが差し入れられても、
それが場の肥やしにともなり、やがては繋がって、
さらなる物語の広がりと歩みに編みあがっていく。
物語のなかを作る役者にも観る側をしっかりと舞台に繋ぐ表現力があって。
父(太田宏)のロールに、ぶれがなく肌触りがあって、
ジェンダーを取り替へられる兄妹(小島明之・ししどともこ)それぞれに、
いくつもの引き出しで紡がれるロールの育ちがある。
女師匠(笠井里美)には、その風情に芸の確かさを信じさせる空気があって出色の出来。、
お女郎さん(工藤さや)にも観る側が引き込まれるに十分な華と汚れと醒めた感じがあって。、
女席亭(さとうみみ)の貫禄や雰囲気が舞台の密度を織り上げて。
学友の津田(川本ナオト)にしても、北町奉行(橋本博人)にしても、物語の勘所にしっかりと刺さる。

そうして、内外を行き来しつつ舞台に紡がれた顛末が、
ジェンダーや人が授かった才能などに対しての
既存の価値観や禁忌を解ほどき、
さらに新たな表現を歩みだしていく姿に
観る側はボリューム感をもった充足を感じ、どっぷりと心を浸され、掴まれてしまうのです。。

舞台美術や音にもぞくっとくるようなセンスと冴があり、
さらにはそれらの使い方もよく研がれているし、
舞台全体としても、初日から硬さもあまりなく、完成度も高い。
観終わってなにかとても満ちた感覚が訪れたことでした。

しかも、この舞台、更に進化するような余白を感じたりもして。
それは、舞台に未完成な部分があるということではなく、
完成の先にさらなるものがやってきそうな予感がするというか、
なんだろ、作り手が、この作品において役者達とともに至った物語る手法のようなものが
公演中、さらに洗練されていく感じがする。
作り手の舞台に従前からあった作品の骨格の安定と
前回公演あたりから生まれてきた、
物語を追わせるのではなく物語が観る側に入り込んでくるような感覚は、
初日から訪れているのですが
公演期間中にも、そして次回公演以降にも
さらに研がれていく予感がしたことでした。

今後の作り手の作品も楽しみでなりません。

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