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劇団ひるやすみ『キートン!』日本語の馴染まなさを凌駕する「感覚訳」での語り口

2013年9月29日マチネ(12:00の回)で劇団ひるやすみ『キートン!』を観ました。
会場は池袋のシアターグリーンベースシアター。

たまたま、前日に突然予定がキャンセルになってしまい、
急遽決めた観劇。生のバンド演奏付きに惹かれて、ぎりぎりの時間に予約して。

1930年代のアメリカを舞台として、その時代をとてもナチュラルなオーソドックスさで
味わうことができた上質のエンターティメント。
たっぷりと楽しんで、気がつけば、その自然さを織り上げる新たな表現の仕掛けたちに
わくわくとしておりました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

脚本・演出 : オギハルカ

出演     : 上坂チユ、嶋田広野、鈴木弥生子、ハニ、馮年、鎌田珠里亜、木下昌洋、福島賢樹、前畑葉月、吉川瑛紀、
Piano:上田凛子、Violin:上津原早紀、Flute:池田若菜、Bass,Cello:飯島奏人、Drums:松尾啓史、
小林駿、オギハルカ


冒頭のシーンから物語のやってきかたがとても洒脱に思えた。

そのシチュエーションや物語の背景が、台詞だけに頼らず舞台全体の動きから編み出されていく。
生バンドの音が、単に音楽を奏でるだけではなく効果音として、さらには空間を染める色としてもしなやかに機能していて。

しかも、オンステージのバンドが奏でるからこそ紡ぎうるメリハリのようなものが舞台にあって、それほど複雑ではない物語の骨組にもかかわらず観る側がそのテンポで舞台の細微な呼吸に巻き込まれていく。

役者達の独特な台詞回しや所作について、最初こそちょっと違和感があるのですが、
でも、すぐにそれが、バンドの音や舞台のミザンスが紡ぐ世界に対してとんでもなく絡みがよいことに気づく。
ロールたちの台詞に織り込まれたちょっとした大仰さや、強めのメリハリや、どこか紋切り型な表現や、ステレオタイプな人物造形が、日本語とともに舞台に置かれるやいなや、物語の世界に原点の色を醸し、キャラクターたちを場に馴染ませ、シーンごとの起伏となり、物語の顛末へと重なり観る側を心地よく閉じ込めていく。
キーボード、フルート、バイオリン、チェロ、ドラム。
音は、時に舞台全体を満たし、刹那のテンションとも、ロールたちの思いの息遣いともなり、ひとつずつの場ごとの心地よい厚みとともに観る側を舞台の世界に浸しこんでくれて。
複雑な物語でも、息を呑むほどに細微な想いが描きこまれているわけでもないけれど、言葉だけに縛られない舞台全体で運ばれるような展開や、空間に醸される上質なウィットがとても普段着で、さりげなく、魅力的に思える。

この舞台、作品として、進化する余白はたくさんあるとは思うのです。
細かい部分、たとえば役者達のダンスにはあと半歩の踏み出しが欲しいし、小道具の使い方もこじゃれていてて良い気がする。
また、役者の動線だってもっと綺麗になるはず。

でも、そうであったとしても、作り手が日本語で綴ったこの舞台は、これまでになかった、たとえばオフオフブロードウェイ風の音楽劇のテイストを窮屈な雰囲気の模倣や言い回しの移植ではなく「感覚訳」ともいえるやり方で導き、観る側が既成の鎧をはずして感じうるような魅力を生み出していて。
その先には翻訳物のミュージカルや音楽劇はもちろんのこと、たとえば海外の風習や文化をとりこんだ「あちら風」の味わいを持った日本語の舞台を、言語的な感覚のずれや胡散臭さを凌駕して表現していくための新たな可能性を感じる。

能や歌舞伎の中での日本語のリズムや抑揚があるように、音楽劇を組み上げるための日本語のリズムや抑揚がこの作品には作り出されていて、そのやり方は、ひとつ間違えば奇妙で冗長で陳腐なものにもなりかねないのだけれど、生きたバンドの息遣いとともに舞台に置かれると、これまで多くの作品で乖離していた、言語と雰囲気の乖離が魔法のように霧散させ、観客を、言語を越えとても肌に馴染む1930年代のアメリカのテイストに満たしてくれるのです。

観終わって、作品自体の醸し出す高揚感に加えて、このメソッドが、そしてこの作り手が今後織り上げうるいろんな作品を想像してわくわくとなりました。
実は、作り手が毎回、同じような作風で公演が行われるのかすらわからないですけれど、よしんば同じメソッドが使われなくても、この表現を編み上げた作り手のセンスや支えるパフォーマーたちの力量は、きっとさらに新しい踏み出しを持った世界を観る側に供してくれる予感がしたことでした。

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