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アロッタファジャイナ『被告人~裁判記録より~』事実を踏み台に溢れだすもの

2013年8月27日ソワレでアロッタファジャイナ『被告人~裁判記録より~』を観ました。

会場は渋谷ギャラリーLe Deco4.

古今東西の裁判記録から切り出された5編の風景たち。濃密な空間に事実を入口に様々に浮かび上がるあからさまな肌触りや事実のありように、深く取り込まれました。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意ください)

初日を観ました。

会場に足を踏み入れてちょっと驚く。 役者達が演じるスペースは横6×縦5の椅子で囲まれて、とてもタイトに感じる。 最前列の幾つかの椅子には 養生テープで×が記されていて。 2列に並べられた椅子の外側にさらにもう一列。さらに、ルデコ4Fならではの鉄骨で組まれたスペースにもう一列客説がしつらえられ、演者と観客の距離が極めて近く濃密ななかでドラマが織り上げられていきます。

実験という言葉を当日パンフレットで使っていて確かに題材の切り出し方に作品を超えての作劇の様々な意欲的な意図を感じられましたが、作品に織り込まれたインパクトや世界の広がりや役者達がロールが抱えるものを実直に演じあげる姿は、奇を衒うことなく観る側とガップリ四つに組むような作劇に感じられました。

脚本・演出 : 松枝佳紀

(1)秋葉原無差別殺人事件

 
出演:笹岡征矢 内田明


多分、弁護人が情状酌量を勝ち取るための、被告への尋問を行った部分を切り出しているのですが、そこから引き出される被告の育った環境がそのまま観る側をぐいぐいと惹き付けていきます。

ひとつずつ確認される事実から晒されていくそこにはいない被告両親の風貌に息を呑む。
すこしデフォルメされた弁護人の熱の帯び方にも力があって、被告に解けていく戯曲が表現しようとするものにさらなる陰影を与えて。

会話のリズムもとてもよく、役者達の感情もよくコントロールされていて、被告を演じた笹岡征矢の凶行とは裏腹の想いの淡々とした部分や、内田明がその演技から醸し出すロールの弁護人としての力量が戯曲の企みを端正に伝えていきます。
ただ、その会話が揺らぎなくスムーズすぎて、被疑者が抱く想いや躊躇の現れ方が、すこし単調で表層的な印象を作ってしまったのがちょっと惜しい。

  (2)連続不審死事件(被告人:木嶋佳苗)

出演 : ナカヤマミチコ 於保佐代子

公判時の被害者家族の証言を元にしているのでしょうか。

この事件も記憶に新しいし、最終判決もまだ確定していなかったと思うのですが、事件の全体像に加えて、その時のもうひとつの印象に週刊誌や新聞、ワイドショーなどで語られる事実が、どうにもぴんとこなかったというのがあります。
なぜ、男たちが写真やテレビでみる女性の毒牙にかかったのか山ほどになされる報道を観ていても感覚的に理解できなかったのです。

でも、舞台の役者達は何かが欠落した、禍々しく、生々しい女性の姿を舞台にしなやかに解きはなち、会場全体を取り込み、事件のありようを観る側に得心させてしまう。この、このどうにも言葉に表し得ない女性のありようを戯曲に切り取った作り手の手腕も鮮やかでしたが、なにより舞台上にそれを解いたナカヤマミチコの圧倒的な表現力に舌を巻く。

被害者の娘役を演じた於保佐代子も、その怪物によく立ち向かっていました。ある意味、いろんな演じ方ができるであろう難しさをもったロールかと思う。私が観た回はとまどいよりも憎しみの切っ先がやや強めに演じられていて。それは、作り手によって選択されたひとつトーンとして受け取りうるのですが、個人的にはやや作品の趣には硬質な感じもして、その演技に客席も含めた空気感を束ねるようなシーンごとのフレキシブルなベクトルが加わりバランスが作られると、更なる豊かさが作品に生まれるようにも感じました。

(3)日本社会党委員長刺殺事件(被告人:山口二矢)

出演 : 塩顕治 宇野愛海

昭和30年代中盤に起こった事件、写真や映像で見るその瞬間は、今でも衝撃的です。

戯曲は、留置されている被疑者と面会の少女の会話を切り取っていきます。
その、被疑者の言葉と少女の表情の交わる部分と交わらない部分の一様にならない編みあがり方がとてもよいのですよ。
静かなたたずまいの中での被疑者の言葉が、 少女の受応えや、なによりも一瞬の表情に理解されうるものとされえないものに振り分けられ、その彼女に伝わらないことが次第に彼が抱く思いを溢れさせることの動機づけとなり、場にやがて満ちる男の感情に理が生まれる。

あとで二人とも10代の役者と知って驚愕。
塩顕治が演じる被疑者のお芝居も、刹那のテンションのつけ方や尺の中でのメリハリを含めて よく練られたものだったとおもいます。
宇野愛美には、その表情が生み出すニュアンスや想いに天賦の才を感じたりも。初日の舞台ということでしょうか、わずかではありますが台詞がロールが抱くためらいに至らず単調に感じられたり、 立ち上がった時の所作がややニュアンスを手放す一瞬もあったりはしたのですが、一方ではそれをリカバリーさせるに十分な演技の貫きを目を瞠る部分もあって。15歳と極めて若い役者さんなのですが、この人、 この舞台でも楽日に向かってひと化け、そして、今後踏み重ねていく舞台ではさらに大化けする何かを秘めているように感じました。

終わってみれば、二人が醸し出す異なる想いの色に、被疑者が殉じるものと少女が抱くものベクトルの異なりがしっかりと印象に残ったことでした。

(4)226事件(被告人:磯部浅一)

出演 : 平子哲充 大森勇一

2.26事件については歴史の教科書で学んだ程度、不勉強で登場人物の名前も知りませんでした。
でも二人の男のガチ芝居は、それぞれの登場人物に骨の通った存在感を与えていきます。

平子哲充が演じる被疑者が、自らの思想を語る場がしたたかに作りこまれていて、
彼がその理想に傾倒していく顛末も、説明ではなく心情の表現の中で
しっかりと組みあがっていく。
予審尋問を行う被疑者の後輩の陸軍法務官役を演じた大森勇一も、 感情を抑制し被告の理想に反論していくロールの理性と心情のせめぎあいを実によく描き出していて。
クロスする先輩後輩の立場と被疑者と法務官の関係から乖離することなく、理論のぶつかり合いが会場のタイトな空間に編み上げられ、観る側も、良い意味で逃げ場を失い、舞台の二人の男の熱に取りこまれてしまう。

作品は、 やがて自らの理想が受け入れられなかった被疑者から溢れだす、自らの国を想う志があだ花として葬り去れるであろう絶望と無念のありようを鮮やかに描き上げておりました。

(5)異端審問裁判(被告人:ジャンヌ・ダルク)

出演 : 縄田智子 石原尚大

ジャンヌ・ダルクが自らの裁判の中で、一旦神との対話を否定する文書に署名をした後に、神からの啓示を受けて叛意したその刹那を切り出した作品。

闇が支配する空間に燭台と水桶が置かれ、それらを挟んで、主人公の想いと神に対する翻意を諌める声が重なっていきます。

一本の蝋燭に照らされたジャンヌダルクは、ベタな言い方ですが、息を呑むほどに美しかったです。その一方で、女性というよりはどこか少年に近いトーンでの語り口が、ロール自体を徒に美化せず、想いの揺らぎにリアリティを与え、世界はその耽美さに奥行きを失うことなく、、主人公の葛藤を細微に間で伝えていく。
言葉が想いを導き、想いがロールの中で咀嚼されて新たな言葉を紡ぎだす。そのリズムもとてもよくて。
やがて、心を翻し、署名した紙に火がつけられ、彼女の表情には身を賭して神の啓示に自らをゆだねることの静かな高揚が浮かんで。その表情が強く印象に焼付いたことでした。また、石原尚大の諌める側の台詞の響きや強さが見事に制御されていて、そこには紡がれた一呼吸ごとに観る側を取り込む力もよく作りこまれていたと思う。

ジャンヌダルクを演じた縄田智子の演技にも、観るものを捉えて離さない圧倒的なテンションが裏打ちされていて見応えがありました。ただ、しいて言えば、会話の中で、主人公の台詞に込められた想いの温度が、一つずつのやりとりごとに細微に変化はしていたのですが、一行の台詞のなかでのさらなる変化はあまりなく、台詞ごとに均一に作りこまれていたのが少しだけ残念に思えて。なんだろ、想いの生地が広げられるときにその図柄が、均質に織られた布地に、滲みなく、とても精緻に、鮮やかに描かれている感じ。それは、物語の構造を明確にしてはくれるのですが、でも、舞台とのあの距離で醸し出される空気の中では、よしんば風合いがざらついたり色が混ざりあい端正さを失ったとしても、一ライン単位、もっといえばひとつずつの言葉が生々しく持つ色で観たいなぁと思ったりも。作品に描き出すもの自体は十分な精度を持って作りこまれていたので、よしんばそのことで会話の質感がばらついたとしても、空間はその耽美さを失うことなく、崩れることはなく、観る側をより凌駕するものに育つ予感がしたことでした。

*** *** 

初日の観劇で、公演を重ねるごとにきっと伸びるであろう余白を感じる些細な点もなくはなかったのですが、裁判の記録を枠組みにし、しかもそのフレームに過度に捉われすぎることなく生かし、物語を切り取るアイデアと、そこから導き出されるものと、編み上げられた戯曲に喰らいついていく役者たちの演じる志には、しなやかな力感があって。また、
作り手が今回「実験」したメソッドというか作劇は、役者たちが紡ぐ様々な物語への新しい切り口として観る側を満たし、更なる果実を期待させるものだったように思う。

帰りのエレベーターの中で、ぜひとも、作り手のこの方法での更なる作品を観たいなぁと思ったことでした

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