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踊れ場『50Mガール』捉えきれないキャラクターの実存感

舞台は、駄弁と、
日々のありようと、
いろんな寓意と、その場所にあるまじき喧騒に満ちていて・・・。
それらの全てを受け取りきれたわけではないのですが、
にもかかわらず
いつしか、ロールたちの個性と、その重なりと、
こっけいさと、ルーズでチープな田舎の閉塞感が、
観る側にとっての既知の感覚となり、
その光景に浸され、空気に巻き込まれて・・・。

さらには、
説明にもある如く、
あるいはフライヤーの写真の如く・・・。
女性達の醸し出す空気の中での、
「あやかちゃん」の個性そのものの、
その捉えきれきれなさに、
しっかりと捉えられてしまいました。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意ください)

作・演出・出演 : 池亀三太

出演 : あやか、井上千裕、背能じゅん、山田麻子、キャサリン、中園紗緒里

毎夜、ファミレスに集う女性たち、
フライドポテトとドリンクバーで
時間を過ごす風情がよく作りこまれていて・・・。

最初はなんだこれはと思いながら観ているのですが、
役者達やウェイトレスの醸す空気に
気が付けば女性たちそれぞれの個性や、
そのファミレスを居場所にする感覚が
いろいろに可笑しく、
とてもなじみ深いもののように感じられて・・・。

そのなかでも異彩を放っていく「あやかちゃん」の個性が、
舞台上に作りこまれた彼女の雰囲気をいつしか踏み越えて、
観る側が自ら抱く感覚とともにさらに翼を広げ広がっていく。

初日ということで、舞台には若干の硬さもあったように思うし、
舞台から伝わってくるトーンのようなものが、
誰の感覚からやってくるものなのかが
ちょっとあいまいに感じられる部分もありはしたのですが
よしんばそうであっても、、
その明確にとらえきれないことへの浸され感や実存感は、
ロール達の、日々の駄弁の時間の質感と
一人の女性の印象をしっかりと導いてくれる。

女性をさらっていくドラゴンや皿しか登場しないカッパなどが担うものを
田舎町の風情にかさねて
なんとなく想像しつつも、
確信を持ってこの寓意とフォーカスを定めることは
できなかったのですが、
でも、明確に定義されることなく、
定まりきれないそれらの見え方は、
ちょっとおみそ的な存在の女性の
感覚そのものでもあるようにも思えて。

女性の想いの捉えきれなさが際立ち、
でも、だからこそ、
観る側の手の中に納まりきれないような
女性の個性の実存感が
その収まりきれなさを含めた印象として
深くしなやかに残ったことでした。

「あやかちゃん」にしても、
他の女性達やファミレスの店員をを背負う女優たちにしても、
過分にならない魅力や、弱さや、強さや、駄目さを、
それぞれの色に落とし込んで
刹那ごとに、したたかなバランスで織り上げていることに感心。
ファミレス従業員のその場の空気への刺さり方もうまいなぁと思う。

場の空気が、全体の色を持ちながらダマになっていないことで、
「あやかちゃん」の解き放たれ方にも、
なにか自然に持っていかれてしまって・・・。いろいろに可笑しくて、
でも、それだけではないどこか繊細で、あからさまで、
ルーズな閉塞感を観る側の記憶に残す、
作り手の舞台の編み方や色の作り方に
あらためて感心したことでした。

*** *** ***

おまけの短編、「世界を終わらせないための二人芝居」

作・演出 : 池亀三太

出演 : 川本直人×土田香織(私が観た回)

こちらは、10分1本勝負の短編、
物語がものすごわかりやすい。

骨組みがきっちりと作られ、
夫婦の交わらなさがくっきりと浮かび上がって。
内容は他愛のないものなのですが、
演技の立ち上がりにしても、
リズムにしても、よく作られていて、
要所で爆笑をさ、まるっと観てしまいました。

本編とは空気が全く異なる作品で、
おまけも本編も両方とも際立ってくれたりも・・・。
ほんと、面白かったです。

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