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Theatre des Annales『従軍中の若き哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(略)・・』タイトルなどでは描きえない、内と外の双方向から織り上がる世界

2013年3月29日ソワレにてTheatre des Annales Vol.2
『従軍中の若き哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインがブルシーロフ攻勢の夜に弾丸の雨降り注ぐ哨戒塔の上で辿り着いた最後の一行“──およそ語り得るものについては明晰に語られ得る/しかし語り得ぬことについて人は沈黙せねばならない”という言葉により何を殺し何を生きようと祈ったのか? という語り得ずただ示されるのみの事実にまつわる物語』
を観ました。

最初にこの舞台のチラシを観たとき、大きくタイトルのみが書かれているにも関わらず、そのタイトルをタイトルの中から必死に探すという笑い話のようなことをしでかしたりもしたのですが・・・。
作品を観て、これほどに秀逸で、しかも至らないタイトルはないように思えた。

なんというか、舞台の、タイトルなどではどうにも収まりきれない世界に、圧倒されました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

脚本・演出 : 谷賢一

ドラマトゥルク : 野村政之

出演 : 伊勢谷能宣、井上裕朗、榊原毅、西村壮悟、山崎彬

開演から暫くは、
ただ、舞台の風景と言葉を追いかけているだけ・・・。

友人への手紙、戦争の風景、キャラクターたちの印象・・・。
そこにはあるがごとくに乱雑な戦場と、
どこかなじみきれないような主人公の姿がそのままに伝わってくるだけ。
でも、舞台の空気には、
役者達の、その場にあるだけで観る側を繋ぎとめる引力があって。
パンとソーセージで作られた戦場の地形から、
若き哲学者の気付きが語られると、
世界が複層的に広がり、一気に惹き込まれる。
知りうることは、パンとソーセージと吸殻とボタンにとどまらず、
その空間から概念にまで広がっても
表現となる・・・。
自らの中に存在することは
なにかに置き換えうること、
そうして言葉は自らの知りうることを表現できること。
さらには知らないことは表現しえないこと・・。
思索は舫をはずされ、
前線のその部屋に描かれる事象と、
主人公が見出すことが溢れるように舞台を満たし、
思索のさらなる在り様へと歩みを進めていく。

やがて思索は内なるものにとどまらず、
戦場の刹那を染め、ニュアンスを与えていきます。
哨戒塔への志願や弾道計算の技術、
くじ引きを強いる隊長、
塹壕や、闇の感触・・・。
表層の、戦場のどこか殺伐とした雰囲気の裏側に
繋がれた真理が更なる真理を呼び込み、
思索は熱やグルーブ感すらもって広がっていく。

戦場の出来事が思索を導くベクトルと、
思索がそれらの記憶を蘇らせていくベクトルが幾重にも交差し、
表裏すら曖昧になり、坩堝となり、静寂となり、
哲学者が友人に・・・、
というよりも、もうひとりの自分への語りかけに
包括されていくのです。

役者のそれぞれに、
編み上げる個性の秀逸に加えて、
キャラクターそのものの風貌と
編みこまれたロジックや寓意として降りてくるものを
乖離させず表裏の如く演じ貫く演技の奥行きがあって。

舞台から導かれる感覚は決して難解なものではなく、
むしろ、観る側に憑依し、
あたかも自らに浮かぶが如くに、
思索をたどる感覚すら与えてくれる。

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの哲学なんて
知識はほとんどなかったし、
当たり前ですが、
このお芝居を観たから理解できたというものでもない。
でも、この舞台には、多分シード(種)であろうものが天啓の如く現れ、
組みあがり、時に足を止め、再び歩みだす若き哲学者の思索の肌触りが、
表層ではない、乾いていない(うまい表現がみあたらないのですが、何かを育むウェットさというような意味)
思索の片鱗から生まれる、
舞台の熱量と覚醒の先にしなやかに置かれていて。

観終わって、舞台に描かれた世界に圧倒され、
深い部分の高揚はすぐには収まらず
やがて心地よい疲労感がゆっくりと降りてきました。
このタイトルだから、なんとか包括したような態を作れた、
でも実は、タイトルなどでは決して表現しえない舞台の空気に凌駕され、
でもタフな感じてはなく、
この表現のクオリティだから描きうるであろう
一呼吸をおいて沁みこんでくるような実に繊細な感覚に捉えられて・・・。
自らの無意識の部分までが
言葉にした刹那に質感を失うような、
作品に編まれた思索の肌触りにがっつり染められておりました。

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