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DEFROSTERS「明るい家族、楽しいプロレス!」家庭を描く役者のずば抜けた描写力

2012年11月22月ソワレにてDEFROSTERS Vol.5「明るい家族、楽しいプロレス!~今日も息子がウィーと叫ぶ~」を観ました。会場は高田馬場RABINEST。

タイトル通りの内容の物語でありつつ、
役者たちの演技には舞台を凡庸なのクオリティの演劇に留め置かない力があって。

描かれるキャラクター達の個性の深さに目を奪われ続けました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

作・演出 : 松本哲也

食堂と居間の舞台、
テレビとビデオが下手におかれて・・。
そんなに貧しい感じもなく、
むしろどちらかといえば豊かな家庭なのだと思う。

物語としては、恣意的に複雑さを避け、
その家族と訪れる人々のその場での風景を
切り取って見せたような感じ。
でも、脚本の秀逸は、その風景のあるがごとくを描写する態で、
登場人物たちがの抱えるものや心情を鮮やかに描き出していきます。

そして、なによりも、
そこにロールを編み込んでいく役者たちの表現力に目を瞠る。

その家の姉弟たち、佐藤達が演じた弟の小学生には
子供の放埓さと無垢さが絶妙な力加減で編み込まれていて。
役者から伝わってくるもののすべてが、
まるで魔法のように一人の少年のものとして
観る側に刻み込まれていく。
内山ちひろが演じた姉の中学生の不機嫌さもしかり、
思春期の自らがコントロールしえないような感覚が、
少女の心情の細やかな表裏をまじえて組み上がってくる。
その揺らぎが、一瞬の表現ではなく、
舞台に常に醸し出されていて、
家庭の色というかトーンに色を与えていく。
異儀田夏葉が描き上げた母親の、母としての包容力と、
その年代の女性としての歳を重ねる心情には
観る側をふっと取り込むような奥行きがあって。
舞台全体を束ねる軸になりつつ、
この年代の女性の太っ腹で大らかな雰囲気に、
ロールの抱く内心を着実に編み込んで。
その深さがそのまま舞台全体の厚みへと変わっていく。
柴田薫が演じるその友人の女性も
そのキャラクターの表層の質感に加えて
子供を愛する心情を、
一人の女性の歩み続ける時間をしなやかに取り込みつつ
異儀田と共にしなやかに紡ぎ出して。

緑川陽介が演じた姉が恋心を描く同級生には、
少しだけ姉からの見え方を意識したようなデフォルメがあり、
観る側の印象を上手くコントロールしていました。
以前に観た非常に狭いスペースでのお芝居でも
想いの現し方に感心した役者さんですが、
今回のお芝居にも、 デフォルメの強かさから
思春期優等生男子の生々しさが絶妙に抽出されていて。
塙育大が演じる喘息持ちの親戚のおにいさんの突っ張り方にも
可笑しさに加えて、
ちゃんとロールの裏側を垣間見せるニュアンスがあり、
それゆえの印象が観る側に置かれて。
二人の演じるキャラクターから、
その年代の懐かしさとちょっぴりの嫌悪が置かれていくことにも感心。

野本光一郎が演じる父親には、
カリスマ的な表層の印象に加えて、
その内側に抱えるものの実存感があって。
親としてだけではなく、夫として、社長としての顔が
それぞれの態を見せつつ男としての今を編み上げていく。
しかも、その一つずつの姿に解像度と華があるのです。
妻が離婚を踏みとどまる心情なども、
このキャラクターなら説得力がある。
また、松本哲也が、したたかな力加減で演じる
父の友人の醸し出す、
胡散臭さにも、しっかりと実存感を与えて。
この男の不器用さの表現も
しっかりと笑いとなって舞台に生きる。

しかし、何よりも凄かったのは永山智啓が演じるお爺さんだよなぁ。
これまでも、いろんな舞台で、
彼のお芝居の秀逸さは見知っていましたが、
今回の演技は更に新たに突き抜けて藝術的ですらありました。
一瞬出落ちかと思わせるようなインパクトも下地に過ぎず、
そこに重ねていく老人の描写にこそ息を呑む。
視線の動かし方で老いを表現しつつキャラクターに流れる時間を紡ぎ、
言葉の枯れを存在感に変えて場の空気をすっと染める。
そこまでのリアリティでつぶやく
自転車の変速機ネタが てんどんでのせられていくのも、
たまらなくおかしいのですが、
その一方で、野本とともに紡ぎあげられていく祖父と父の距離感の細微さにも
息を呑みました。

で、役者たちの力が鮮やかに引きだされ、
解き放たれ、さらにそこから踏み込んで、
それが、ある時代の家庭の風景として
まるごときちんと観る側に収まっていくのです。
気が付けば、
その場にあって、その時代の当たり前の時間を過ごす、
家族とそれを取り巻く人々の一人ずつが
とてもいとおしく思えてくる。

美術や照明なども、とてもオーソドックスでシンプルなのですが、
織り込まれたプロレスネタやひょうきん族の音声などが
場をその時代に染めてくれる。
また、シンプルであるがゆえに、作りこまれた役者たちの演技が
リングのプロレスラーの如く映えたりもして。

観終わった刹那には、
良質の喜劇を観たような感触も残りつつ、
でも、劇場を出るころには、、
包み込まれた世界が霧散していく中での
もう一段深い部分のペーソスがあって
深く染められてしまいました。

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