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ブルーノプロデュース「ラクト」枠の滅失した空間を束ねる表現力

2012年8月14日マチネにて、ブルーノプロデュース「ラクト」を観ました。

会場は東中野レンタルスペース。

その、表現に今までに経験したことのない感触と、そこから導きだされるものがあって、
見入ってしまいました。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意ください。)

構成・演出 橋本清

駅前の会場なのに、ちょっと迷って開演時間少し前に入場。
ただ、部屋の周囲に座布団が並べられていて、
その一つに腰を下ろす。
汗が引いたころに役者が現われ、
でもそれが開演であるのかどうかも定かでないままに
観客への挨拶や自己紹介が始まります。

演者との距離の近さということでいえば、
昨今のお芝居には同様のものがけっこうあって、
カフェ公演などだと、
舞台と客席の端境に置かれたような本当に近い位置での
物語が展開していく。
でも、この公演には、
そんな物理的な距離による空間の一体感とともに
空間に置かれ支配する物語の枠の滅失があって。
明らかに舞台上の3人を観ているのですが、
それらを受け止め、観る側として対峙するための
物語としての枠や端境が降りてこない。
枠がないので、
空気は移ろい、色は日和見のごとく変化して
観る側も舞台空間にあるがごとくの色にそのまま流されていく。

でも、それが少しもバラけて感じられないのですよ。
演じる側に場にあるに足りる強さがあって
互いが互いの引力に委ねつつ
自らのロールを剥ぎだし空気を作り重ねていく。
その一瞬ごとがビビッドで重なりが混濁せずエッジを持ち、
観る側を虚実の端境に置き、
刹那達の細微な揺らぎに染めてしまうのです。
高揚に背景がなくても、そこに理が生まれ
沈黙に言葉がなくても、その質感が観る側の心を揺らしていく。
語ること、次第に溢れていくもの、互いにそれを受け取る姿、
そこには枠に頼ることなく(そもそも頼るものがきわめて希薄)、
役者たちの作る求心力をリードにして
観る側を場に繋ぎ、見つめ続けさせる強さがあって。

突然、場で演じられたことを嘘と言う。
後にして思えば、それが空間の流れに投じられた
救命浮輪だったのかも・・・。もし、その浮輪につかまることがなければ
虚実の端境から、抜け出せなかったかも。

役者たちそれぞれの想いに染まり、
時間の概念すら失なうなか、
ふっと空間に穴が開いたように役者たちが退出し、
流れがあっけなくその部屋を離れ、
終演となります。
一呼吸おいて、突然まわり始めたシーリングファンに
押し出されるように我に返る。

役者のこと、金谷奈緒にはロールの強さを歪みなく前に出す足腰があって、でもそれが勢いや荒っぽさではなく繊細さに裏付けされて編み上がった質感であることが染み入るように伝わってくる。場の全体を制御するセンスのようなものもこの人にはあって、舞台の吸引力をしっかり作り上げていたように思う。
吉川綾美は表層の愛らしさに隠されたタイトな想いの奥行きを、感情に襞を作りながら底深く表現していく。溢れる想いに質量をもった透明感があり、なおかつその感情の踏み出しのひとつずつにぶれることのない足取りの確かさがあって。またこの人には、ひとつのロールに単一でないいろんなベクトルを組み上げる表現の幅のようなものも感じる。
李そじん には、この人でなければ表しえないような想いの自由さへの表現があり、なおかつその裏側に、自らを遊ばせる糸の長さと自らを御していく意思をしなやかに表層に透かし織り上げていく。想いの立ち上がりに早さがある役者さんで、そこにはこの人独特のたおやかさと深さがしなやかに織り込まれ、観る側の目を奪う力となっていました。
三人三様の美しさや表現の秀逸があって、時間が進むほどにそれぞれの描き出す奥行きに演じ手としての異なる魅力がくっきりと際立っていく。

観終わって、これが何かと問われるならば、、
純然たる演劇なのだと思うのです。
でも、残る感覚というか、
記憶としておかれるものや、残る場所が
常なる舞台とは明らかに違っていて。
もっといえば、
残っているものは記憶とは別の、
感情側にダイレクトに差し込まれた何かのような気がして。

抱き続けた感覚が、
演じた役者たちの印象とともに、
終演後もずっと消えることがありませんでした。
表されるものの一つずつは秀逸であっても
驚くような外連はないと思うのです。
でも、その表し方には、これまでにない新しい試みがり、
その果実のテイストをしっかりと感じることができました。

この先、この作り手の企てがどのように展開していくのか・・・。
是非に観たい。

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