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ミナモザ「国民の生活」表層を切り取って開くもの

2011年8月1日ソワレにてミナモザ「国民の生活」を観ました。

会場は地下鉄新宿三丁目駅からほど近い、Space雑遊。

作り手の切り取る社会の一コマから垣間見えやがて広がる世界に目を奪われました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

作・演出 :瀬戸山美咲

出演 : 外山弥生 西山宏幸(ブルドッキングヘッドロック)  西尾友樹 (劇団チョコレートケーキ) 藤原慎祐 志水衿子 (ろりえ) 石田迪子 首藤健祐(東京ハートブレイカーズ) 

初日を拝見。

3方を客席に囲まれた舞台、
主宰の家財道具の一部が並べられて、
演劇と現実のボーダーがあいまいにされて・・・。

その中に置かれた4つの物語に浮かび上がる風景には
どこか「今」のカタログ的な風合いがあって、
でも、それぞれの物語に足を踏み入れると
その表見からはうかがい知れない奥行きが用意されていて。

営業の勧誘に躊躇して、さらに躊躇して、
でもいったん縛めが緩むと
疑似FXにのめり込みコントロールを失っていくサラリーマンの姿、

一夜の出来事の対価にお金を渡す男と、
それを受け取らない女。
女がしなやかに組み上げるロジックに目を瞠っているつもりが
そこを足場にした男の価値観や抱くものが
さらに鮮やかに浮かび上がってくる。

自称詩人と同棲する女
その滑稽さを現実が次第に侵食していくなかで、
社会的なセーフティネットやモラルにまで話が至り、
でも、その先には、それらでは満ちることのない
普遍的な女性の内心が削ぎ出され舞台に漂う。

その女性と、
隣り合ってデモの始まりを待つもう一人の女性。
それぞれのライフスタイルは違うけれど、
そこには共通する領域が生まれ、
でもそれは、デモ本来のベクトルとは
異なる肌触りを持ったもので・・・。

あからさまに一つずつの物語のテーマを
鮮やかに切り取る切っ先が舞台にはあって、
でも、描かれるのは、
そのテーマの内側にありながら異なる姿を持った、
最初に観る側に浮かぶ概念とどこか乖離した現実であったり空気感であったりする。
そこに生まれる厚みのようなものに、
観る側が初めて可視できる今の別の姿が浮かび上がってくるのです。

役者たちにも骨格をつくる演技の安定のなかに、刹那の想いの立ち上がりや揺らぎ、さらには貫く想いまでもを一つの流れの中に織り上げる表現力があって。
観る側に入口の肌触りを与えつつ、しっかりとその内側に導きいれる。

社会派というレッテルを貼られることが多い作り手ですが、
社会の枠にとどまらない、
その中を形成する人の生々しさを描き出す力量にも
目を奪われて。
重なった作品から浮かび上がってくる作り手のスタンスや
質感をとても豊かに感じたことでした。

今回は4作品でしたが、このような作品の積み重ねは、
個々の作品からやってくるものに加えて
別の今に対する俯瞰を作り上げてくれて・・・。
今後、彼女がさらに積み上げていく世界から表れるものを
是非に観たいと思いました。

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