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先月の補遺、(NODA・MAP「THE BEE」、ナイロン100℃「百年の秘密」、オフィス3○○「月に濡れた手」)

5月も結構お芝居を見たのですが、その中でも印象が強すぎて、アップできなかった作品の
少し遅れての感想をいくつか・・。

一ヶ月たって、なんとなく少し自分の中で整理できてきたので、
メモしていた印象をもまとめておきたいと思います。

(ここから先はネタばれ部分がありますので、ご留意の上お読みください。)

1.NODA・MAP 「THE BEE」

原作:筒井康降「毟りあい」(新潮社)より
共同脚本:野田秀樹&Colin Teevan
演出・出演 :野田秀樹
出演 :宮沢りえ 近藤良平 池田成志

2012年5月2日ソワレにて観劇。(@水天宮ピット)

この作品、2007年版を観ています。
で、チケットが発売になったとき、行こうかどうかずいぶん迷った作品。
なにせ、初演のときにも強い衝撃を受けましたから・・・。
トラウマというほどのことはないにしても、
作品をみてしばらくは、
鉛筆をしばらく持ったり見たりするだけでも、
鈍い心的な重さがやってきたりしていた。
今回の作品についても、
作品のコアは初演時と変わっていませんでした。
鉛筆もさることながら、終盤の次第に淡々としていく空気に、
同じように呆然とし、閉じ込められ、目を閉じることもできず、
次第に胸を締め付けられ、意思とかかわりなく涙が溢れた。

でも、一方で、
役者が一部変わったことや
たぶん舞台の演出の変化によるであろう印象の違いはあって・・・。
たとえば、舞台上の「妻」のニュアンスから
生活の翳りは若干薄くなって、
繰り返される男女の営みの生々しさが増したりとか、
後半の日々のルーティンから疲弊感が若干薄く感じられたりとか・・。
作り手は、同じ構造のなかに
映像の使い方を含めた演出で
時代の変化をしなやかに織り入れているようにも思えて。
後半の狂気の切っ先がルーティン化され滅失していく姿も
今回の映像との組み合わせからは、
葛藤の部分や苦悩が心持ち薄められ
そのシステムがより必然性をもって淡々と機能している印象が強くなり、
また、ルーティンを受け入れる女性の行き着く先も、
諦観までの時間の苦悩よりも
受容のニュアンスの中でも失せずに残る艶かしさのようなものを
より強く感じたり・・・。

初見の時にくらべて、
舞台上に剥ぎ出される狂気のコアも
観る側にとっての御しがたい驚愕からややカジュアルになり、
描かれる舞台上の当事者たちからも、
驚きや戸惑いを薄くして、
その狂気に支配されることの必然を
際立たせた印象があって。

その変化は、前回を観た者へ
別の空恐ろしさを導いたりも。
戯曲が削ぎだす狂気の普遍性はそのままでありつつ
作り手のさじ加減から、
狂気の在りようやクオリティの変化を感じ
そのことが、たとえば昨今の社会面の記事やニュースの積み重なりの
薄っぺらい記憶とともに、
まっすぐに観る側の腑に落ちて。
ふっと、
昨今の現実が虚構として置かれた世界に重なり始めているようにも感じて
慄然としたことでした

2・ナイロン100℃「100年の秘密」

作・演出 : ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演 :犬山イヌコ 峯村リエ みのすけ 大倉孝二 松永玲子 村岡希美 長田奈麻 廣川三憲 安澤千草 藤田秀世 水野小論 猪俣三四郎 小園茉奈 木乃江祐希 伊与勢我無 萩原聖人 近藤フク 田島ゆみか 山西 惇

5月12日 ソワレにて観劇 (@下北沢本多劇場)

本多劇場でみるナイロン100℃の映像効果は毎回凄いなぁ・・・。
舞台と一体化すること自体が驚きなのですが、
それだけにとどまらない
この表現でなければ表しえない
心を揺らし、あるいは共振させるなにかを観る側から引き出していて。
意思を持った木の揺らぎや
虚実の中間にあるような記憶の質感、
それらはまるで役者のごとく
観る側に物語るものの感覚を流し込んでいく。

物語も、前半は、
観ていて、カレンダーどおりの時系列で進まないことへの
戸惑いがあるのだけれど、
個々のシーンのエピソードに惹きつけられて目が離せなくなる。
そしてシーンの置かれ方や語の重なり方が
その家を眺めつづける狂言回し(召使い)の
記憶のほどけ方であることに気づいた瞬間、
舞台の抱えきれないほどの広がりを感じ、
ひとつのシーンの作りこみだけではなく、
物語全体からつたわってくるものの豊かさに
ぐいぐいと圧倒されていくのです。

3時間をゆうに越える上演時間も、
長いといえば長いのですが、
でもこの語り部の記憶を解ききり、
舞台におかれた感覚を共有するためには
極めて必要不可欠な時間だったようにも思える。

織り込まれたさまざまな因果や秘密はもちろんのこと、
しらっと語られる池に投げ捨てられたコインの顛末に
観る側が座席に座って見つめた時間に収まりきれない
木の存在の悠久を感じ、
さらには、今を生きることの座標や重さ、
歌にもあった大樹のごとき時間の重なりを実感し
さらに幾重にも重なった人生の上でさらに
積み上げられていくさまざまな人生に想ひを馳せて。

終演後も、呆然と大きな流れに浸りこんだまま、カーテンコールを眺め、
しばらくしてから、舞台のスケール感動が渦巻くように訪れてきたことでした。

3.3○○プロデュース「月に濡れた手」

作・出演  : 渡辺えり
演出 :  鵜山仁
出演 :金内喜久夫 神保共子 木野花 平岩紙 小椋毅 藤谷みき 加藤亜依 小出奈央 川口龍 佐藤友紀 醍醐直弘

冒頭から暫くは、ゆっくりと焦らずに、
場面が組み立てられていく。
小さな遊び心や外連が所々に編み込まれていて
観ていて飽く事はないのですが、
正直なところ、前半の芝居の語り口には
少々古風な感じもあって。
でも、役者たちは焦ることなく実直に、
時にはロールを跨ぎながら
その場に作られるべき自らの色を組み立てていく。

役者たちのひとりずつに
観る側を自在に手のひらに乗せていく感じがあって、
べたな言い方だけれどうまいなぁとおもう。
舞台上全面に終始前のめりになるような引力があるわけではないのだけれど、
ナチュラルなテンションがつねに舞台のどこかで観る側を招いていて
観ていて、広い座・高円寺の空間の
どこに視線をもっていくのかに迷いがない。
刹那ごとに、丁寧なお芝居を
舞台に逆らわずに観続けていると、
高村光太郎という人物の記憶や心情が
さまざまなベクトルで観る側に移り住みふくらんでくる。
それも一色で染めきるのではなく、
たとえばパリの風景にしても、
戦争に対する責任のことにしても、
あたかもあるがごとくの心情として
主人公の心に去来するものに組み上がっていく。

そして、その中に現れる
真紅のセーターの高村智恵子の
なんてビビッドなこと。
平岩紙という女優の底力を見せつけられた気がしました。
赤い衣裳とともに一気に立ちあがる
キャラクターの風貌には
観る側が息を呑むほどの実存感と輝きがあって。
まるで、この瞬間を描くために、
演出も役者達も舞台をにび色の濃淡に染めつづけていたようにすら思えて。
光太郎が彼女に惹かれる気持ちが、
強い実感としてやってくる。
キャラクターの輝きが
バランスを崩し狂気へと至る姿も
光太郎の視座から痛いほどクリアに描きこまれ、
観る側を浸潤していくのです。

終わってみれば光太郎の晩年の心風景が
様々な記憶の去来の質感とともに残って・・・・

ひとつずつのシーンにとどまらない
作品全体としての表現のメリハリに
深く心満たされたことでした。

 

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