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リュカ「天使たち」構造が醸し出す不思議な現実感

2012年5月4日ソワレにてリュカ「天使たち」を観ました。
会場は王子小劇場。

役者さんたちのクレジットではリュカという劇団名を何度も拝見していたのですが、
彼らの本拠地の公演をみるのは初めて。
劇団自体が5年ぶりの公演とのこと。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

脚本・演出 : 渡邉一功 

開演の少し前から
舞台には役者現れ、外側の世界が形作られて。

やがて、その場所にドアベルが響き
来訪者が現れて舞台が始まります。
どうやら自宅(か仕事場)に訪れた編集者と小説家の
風景らしい。
ちょっとコミカルでわちゃわちゃした感じに
観る側も自然に取り込まれて・・・。
で、そこでやり取りされる原稿に描かれた、
とても自然にコアの物語へと導かれる。

その場所に新しい住人がやってくるという冒頭、
観る側に、しなやかに物語の前提が開示されていきます。
オーナーである「おばさん」が醸す雰囲気と
登場人物との重なりが
小説を読む態をその場の実存感に塗り替えて。
一方で編集者が小説を読む態が見る側の意識に残っているから、
天使の存在、さらには天使たちの世界が
ごく当たり前にその場にあることに違和感がなく
観る側がすいっと惹きつけられていきます。

小説家、カメラマン、バイクレーサー、
それぞれのキャラクターが次第にくっきりとした
色を発し始める・。
人間を演じる役者たちのお芝居からは、
キャラクターの想いのナチュラルな質感が
精度と密度を持ったお芝居から
よどむことなく伝わってきます。
そして、その姿に呼応するように、
天使たちの様々な想いや揺らぎが
幾重にも場に満ちていく。
やがて、 天使たちそれぞれの姿が、
天使自体の存在への俯瞰となって、
観る側を彼らの世界に浸して・・。
想いがあふれやがて人へと堕ちた天使、
誰に宿ろうがずっと迷い続けている天使、
夢をかなえさせようと一歩を踏み出してしまう天使、
さらには、
人の夢の終息に、やがて消えて行く天使・・・。
役者達の演技が強くしなやかなテンションを舞台に重ねるなか、
人の歩みの奥にある、
ステレオタイプではない天使たちそれぞれの姿に、
そして才能と夢をより合わせていく中での天使の存在感に
次第に心を奪われていくのです。

物語の展開にも工夫があって。
シーンを支える見栄えの美しさ、
小説のコンテンツであることが時に物語を隠し、
あるいは外側の世界からの語りの態で
物語を運ぶ。

役者達もそれぞれのシーンをとても大切に描き出していて。
ゲストハウスの住人達には
天使に選ばれた理が明確に描かれていく。、
池田ヒロユキには、穏やかさのなかに絶妙な想いの出し入れがあって、
それが物語のイニシャルなトーンを生みだしていく。
内心の満ちたものと表層の想いがそれぞれにあり、
でも一つの色として伝わってくる。
小寺悠介からはアスリートとしての力感と頑な部分が伝わってくる。
天使との関わり合いの中で無茶をする心の染まり方も
とても自然に演じられていて。
レーサーの雰囲気も高い画素で編み上がっている。
サキヒナタ、には
才を与えれた人間の輝きと影を観る側に伝えきる強さがあって。
キャラクターの想いの光と影のそれぞれに密度を醸し、
見る側をしなやかに取り込んでいく。
想いや感情に瞬発力と色の貫きを作れる役者さんで
彼女が演じることによって際立つ女性の想いや決断があって。
そのパワーが物語にふくらみを与えていくのです。

天使たちを演じた役者たちも、
秀逸な演技でそれぞれの姿を観る側にさらけ出していきます。
こいけけいこは渾身の演技で、
キャラクターの想いの強さや不器用さを
観る側の痛みにまで置き換えていく。
また、人に至ってから少しずつその姿に慣れていく時間の演技にも、
強く心惹かれる踏み込みがありました。
倉田大輔は淡々とした風貌のキャラクターの想いを、
滅失させることなく細微な色の濃淡に落として演じきって。
たたずむように舞台上にある、
そのミザンスが浸透力をもって観る側に置かれて、場のトーンを組み上げていく。
増戸香織が演じる天使のためらいには
あいまいさの向こう側にキャラクターの揺らぎがしなやかに込められていて。
また、その揺らぎが傾きに変わっていくなかでの想いの質感の変化も
ぼやけずにビビッドに伝わってくる。
それが終盤、サキヒナタとの熱と透明感をもった
美しいシーンに結実していきます。
佐藤祐香には、キャラクターのなかに達観を作りだす着実な表現力があって。
ナチュラルで実直な肌触りのなかに、
自らのシチュエーションを描きだすにとどまらず
その先に観る側の天使の世界に対する
俯瞰を創り出していきます。
際立った派手さがあるロールではないのですが、
物語全体の奥行きをぶれなく担う
着実で秀逸な演技だったと思います。

ゲストハウスのオーナーを演じた境宏子
内部のシーンたちの要となるロール、
物語のトーンを維持するための変わらなさと
シーンの色を背負うしたたかな変化を
鮮やかに両立させてみせました。
舞台の色というか観る側の印象を自在にコントロールしていく演技の奥行きに
がっつりとやられる。

小説の世界に対して外側を構成した二人の役者も
その力を発揮して物語を包み込みます。
中田顕史郎は、キャラクターの色にしたたかな外連を織り込み、
コアの世界を際立たせて。
とても緻密なラフさ加減で小説の世界の出入り口を作り、
それが小説全体の色を固定せず
豊かで深い広がりへと導いていく。
冒頭も最後も観る側の目を舞台からはずさせないのです。
奥田ワレタには舞台の色や匂いへの
天性とも思えるバランス感覚や雰囲気の作り方があって。
冒頭は中田の演技をあざとさに染めない雰囲気を醸し、
本当に自然に中田の演技に絶妙なずらしや重なりをつくりながら
自らを小説を読む視座の位置に導いていく。
また、外側の構図が小説の登場人物の閉塞と重なりあう中盤も
読む側の感情に偏らず、
一方で読み進める温度をしっかりと持って
小説部分の屋台骨にしっかりとメリハリをつけて
展開を橋渡ししていきます。
さらには終盤の小説家のぶきっちょな想いに対しての
観る側をもときめかせる絶妙な距離感も秀逸。
物語に収束のための質感を導き出して。

ちなみに声だけの出演の三澤さき も、
現実の時間にビビットな彩りを与えておりました。

観終わって・・・
良質な小説に何度も読み返すページがあるがごとく、
印象に強く思い返すシーンがいくつもあって。
ラストシーンに描かれた、
物語の外側の人間たちの不器用さに心を解かれながら、
単に物語の顛末を追うだけではない
小説の登場人物のさまざまな印象たちに
深く心満ちていることに思い当たって。

べたな言い回しですが
リュカの世界と、それを支えた役者たちの秀逸が
ほんとうにしっかりとまっすぐに心に残る作品でありました。

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