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BASE PRODUCE「往復書簡3 ~十年後の卒業文集~」視座の重なりに引き込まれて・・

2012年5月1日ソワレにてBASE PRODUCE「往復書簡3~十年後の卒業文集~」を観ました。

会場は、渋谷区松濤のBar BASE。5月5日まで。

このシリーズはすでに2作を観て、そのたびにがっつりと物語に閉じ込められて・・・。
今回の公演も楽しみにいたしておりました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください。)

原作:湊かなえ/『往復書簡』(幻冬舎)
演出:黒川竹春


手紙のやり取りという枠組のなかで
まずはシチュエーションが観る側に置かれていく。
恣意的にでしょうが、(あるいは初日だったからかもしれませんが)、
冒頭の1~2シーンにあったかみ合わせのぎこちなさが、
ベースのトーンが形作られるなかで次第に薄れ、
やりとりのリズムが生まれて・・・。
バックの音(ピアニカ?やリコーダー)に
シーンが染められ、
次第に物語の核心が晒されていく。
シーンの刹那にキャラクターたちの内にあるものが
すっと差し込まれるたびに
観る側に新たな視野が生まれていきます。

手紙を交わす態のなかで
綴る側は言葉のうちにあるニュアンスをすっと紡ぎだし、
受け取る側がその佇まいの内に別の空気を編みあげていく。
同じ色で手紙の受け渡しをするのではなく、
一つのメッセージに質感の違いをかもし出していくことで、
物語に底辺や高さが生まれ
切っ先が差し込まれて・・・。
さらには、
演じるキャラクターが変わるごとに
役者から描き出される色がくっきりと鮮やかに変化して、
同じリーディング劇の内側に
ひとつ、またひとつと
新たな視座がつくりこまれ、重ねられていく。
観る側は描かれた時間の真実を求めて
その世界へと誘い込まれていくのです。

虚構の劇団の二人の女優には、
それぞれに、
ひとつの色を中間色にかもし出す集中力と
その色をにじませることなく染め替える
個性をもった表現の切れや豊かさがあって・・・。
高橋奈津季は明るさをもった語り口の中に
物語の質感につながるニュアンスの凹凸を
細微に、しなやかに、織り込み、
大杉さほり は心のトーン、特に闇に思える部分に
観る側が印象で受け取るより
さらに一段階細かなグレースケールを裏打ちして
キャラクターたちの想いに奥行きを醸し出していく。
所属劇団の公演で観る、
二人の強いエッジを持ったお芝居とは異なる
絹のようなしなやかさをもった表現に
物語が骨格ではなく
今と記憶の綾織りとして観る側に現れ、
物語の広がりや揺らぎも、
カオスや概念ではなくふくらみとして沁み入ってくるのです。
キャラクターたちの想いを
考えたり、身構えたり、咀嚼することなく
身を委ねるように自然体でうけとめて・・・。

物語の全貌が概ね示されるころには、
同じ時間をすごした女性たちの
異なる感覚が鮮やかに観る側に残り、
彼女たちがその出来事のあとに過ごした時間が
すっと観る側に満ちて・・・。
ある種の感慨に心を浸されて・・・、暗転。

ラストシーンには愕然としたし、
あまりにも見事にやられてちょっと悔しくすらあった。
でも、一呼吸おいて、
そこに生まれた物語の更なる広がりを受け取って、
ここまでに、物語に観る側を引き込んだ
二人の役者のビビッドな演技の秀逸に
改めて瞠目したことでした。

バー公演ということで、
場所的な制約を感じないといえば嘘になるのですが、
でもそのタイトさから引き出される
テイストのようなものもあって。
小粋で豊かなエンターティメントだなぁとも・・・。

それと、この二人のリーディングは
別の作品でも観たいなぁと思いました。
タイプの異なる役者たちなのですが、
だからこその相性のようなものがあって。
この二人での表現に
様々な可能性を感じたことでした。

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