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RONNIE ROCKET Reading 「ともだちのそうしき」同じ戯曲に異なる役者たちが染める色②

2012年4月8日にRONNIE ROCKET Reading 「ともだちのそうしき」を観ました。

会場は小田急線東北沢駅から歩いて10分ほどの大吉カフェ。
外から観るとただの民家のような建物・・・。
畳張り、民家の居室を二部屋ぶち抜いた会場での
その雰囲気を借景にしてのリーディング。

パフォーマンスたちが醸す空気には
明らかに異なる質感があって
しかも、二つの色を観たことで
戯曲に内包されるものの豊かさを
一層深く感じることができました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

脚本・演出 仗桐安

「ともだちのそうしき」という作品自体は、
お芝居として何度か観たことがあって、
ストーリーの骨格も知っていたのですが、
リーディングとして作品に触れると
また違った面白さがあって・・・・。
役者それぞれからやってくる会話の呼吸が
よりくっきりと伝わってくる。

そして、2バージョンのそれぞれそれぞれにも
異なった感触が育まれていきます。

17:00の回 
蒻崎今日子 中山智香子

冒頭のキャラクターの寝ている風情から
ちょっとした遊び心が感じられて・・・。
リーディングといいながらも、
役者たちには脚本を基準線として
そこからニュアンスを広げていこうとする
気概のようなもんが感じられて・・・・。

実は突然譜面台がするすると下がってしまったり、
ハプニングやライブ感溢れる出来事もあったのですが
でも、そのことへの対応が、
役者たちをさらに解き放っていく。

台詞を大切にしつつ、
それだけには縛られないような、
フリージャズ的な場の空気が
二人の距離感の変化を
観る側の体感として伝えてくれる。
その踏み込み感から
互いに隠していた実像が
ある種のグルーブ感とともに晒されていくのです。

そして、二人が一つのリズムに溶け合う中で
物語の骨組みである
それぞれにとっての逝った友人の姿がとてもビビッドに
観る側に浮かんでくる

蒻崎今日子には、
物語のベースの部分を
しっかりと安定させる
熟達した力に加えて、
ちょっとした変化球をからめて場を豊かに広げていく
表現の豊かさもあって。
中山智香子は、その変化球にたじろぐことなく
実直で、でも柔軟で、なおかつ繊細さを忘れない表現を重ねて。
物語をくみ上げつつ
場の空気にさらなるメリハリを施していくようなお芝居力もあって・。

なんだろ、互いに組み合う呼吸がそれぞれを縛るのではなく
相手のキャラクターの自由な足取りを
支え合っているようにも思えて。

見知った物語にもかかわらず、
その新しい味わいに
次第に前のめりにさせられて。
物語の最後に流れた涙も
とても自然で瑞々しく思えたことでした。

20:00の回 
渡辺詩子 村井美樹

最初は空気に若干の硬さが感じられたのですが、
むしろそのことで、見知らぬ二人の空気が生まれ
物語のベースとなって・・・。
そこから語られる言葉がひとつずつしっかりと
観る側に置かれていきます。
二人の表現にぶれや無理がなく、
台詞がよく制御された強弱とともに
観る側にやってくる。

舞台の空気が解けていく感じにも
焦りがなく着実。
その感触は
物語上の二つのキャラクターの距離感の消失の
具現にもなっていて。
そして次第に弾み始める会話が
語られる亡くなった人物の風貌を
次第に観る側に組み上げていく。
観る側に咀嚼されていた言葉たちが
やがて舞台上の密度や肌触りとして
観る側を捉え始める。

二人の会話の間も絶妙なのですよ。
脚本の行間が、
互いの表現の重なりとなり
そこにエッジを持った色が生まれる。
気が付けば、
二人の言葉が編みあげる意味に心を開いていたのが
そこに生まれる空気にそのまま染められるような感覚に変わっている。
キャラクターたちどうしの距離感が消えていくことで
次第に晒されていく二人それぞれの実像に
しっかりとした温度が生まれ
その会話の端々から
彼女たちが歩んだ現実を得心させる空気が生まれていく。

渡辺詩子には舞台にペースを与え、
空気の密度をコントロールする
しなやかなお芝居力があって、
物語の広がりに観る側をうまく囲い込んでいく。
村井美樹にはひとつずつの台詞に
ナチュラルに彩られたニュアンスを織り込む
表現の切っ先があって
渡辺の作ったフィールドに抗うことなく
シーンごとの起伏をしたたかに作り上げていく。

二人が会話をくみ上げる中に差し込む間が
とても自然で安定していて、
言葉たちのかさなりに、
観る側もそのままに身をゆだねうる
空気がうまれていることも
物語の肌触りをスムーズにして。
最後に二人の感情がすっと崩れる部分も
それまでの物語の描きこみに
しっかりと裏打ちされて。
こちらにも、これまで見た「ともだちのそうしき」とは一味違う感覚があって
深く浸潤されたことでした。

*** ****

二つの上演台本は、出てくるあだ名や道具だてに若干の違いが作られているものの
基本的には同じフォーマット。
でも、その旅程も終演後に残った感覚にも、
かなりの違いがあって・・・。
東京ネジの公演などでもそうだったのですが
どちらが良いということではなく、
二つの作品の独立したテイストに浸潤されるにも関わらず、
重なりあうことでそれぞれが他の作品の良さを照らし出すような側面もあって。

同じ週末に観た東京ネジの公演にしてもそうなのですが、
よいフォーマットの作品には
古典落語をいろんな演者で聴きたいと思うのと同じように
バリエーションが生まれることでの魅力があることを
改めて実感したことでした。、

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