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ロ字ック「死と再生のテクノに」貫かれる人物描写の秀逸

2012年4月5日ソワレにてロ字ック番外公演「死と再生のテクノニ」を観ました。
会場は渋谷Le Deco5.

冒頭の会場のお祭りのような雰囲気から次第に浮かび上がる
人物たちの内心の質感に心を奪われてしまいました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

作・演出:山田佳奈

出演 : 石黒淳士(ぬいぐるみハンター)、えみりーゆうな(世田谷シルク)、大竹沙絵子(国分寺大人倶楽部)
堂本佳世、β(WAHAHA本舗)、前田昂一(劇団コーヒーカップオーケストラ)
糸魚川慎一、白石量子、蛸谷歩美(蛻皮表演)、轟もよ子、
中井萌(劇団東京ペンギン)、星秀美

場内に入ると、場はすでにお祭り騒ぎで、目にとまるものがいっぱい。
ほとんどコスプレパーティに近い様相で
役者たちが闊歩し、飲み物を売り、
写真を撮らせてくれる。

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だから、観る側にも演劇を観るという緊張よりも
なにかショーを楽しむというような感覚が生まれて・・・。
ちょっと物語に対して身構える気持ちが薄れた感じで開演。

柔らかいエッジで始まる舞台に
そこがどこかを求める。
で、キャラクターの輪郭が現れるに従って
そこに生まれるものがなにかを追い始める。
そして、不確定にでも、
その場所が観る側のイメージとして降りるのと同じ質感で
場に置かれたキャラクターたちが観る側に入り込んでくるのです。
なんだろ、それぞれが観る側に刷り込んでいくものが
概念というより感覚からやってくる感じがあって。
でも、それが舞台の完成形ということではなく
役者たちは
一旦観る側に入り込んだキャラクターに
切っ先を持たせてしっかりと刺さりこんでくる。

大竹沙絵子が客入れから終演までを尺を貫いて作りこんだ
想いの質感や揺らぎが圧倒的、
堂本佳世が表層の雰囲気の内側に晒す
キャラクターの質量のようなものがしっかりと残る。
えみりーゆうなが組み上げる、
恣意的なうざさで囲った空洞のようなものにも
βが垣間見せる刹那の裏地のようなものにも
他の役者たちが組み上げ彩る場自体にも、
観る側に受け身を取らせずに
そのまま流れこんでいってしまうような
浸透力があって。

言葉にすることが難しいのですが
タグをつけて納めることができないような、
それぞれから滲みだしてくる想いの生々しさ、
色分けされるのではなく、
均一ではなく
浮き沈みやコントラストまでが
ありのままに置き去りにされるような感覚が残る。

終演後もしばらく呆然・・・。
作り手の他の作品を観た時にもぼんやり感じてはいたのですが、
強く惹かれてしまう
この物語の踏み込み感(というか観る側にとっても踏み込まれ感)は
何なのだろうと思う。

嵌ってしまったといえばそれまでなのですが、
通常の惹かれ方とは異なる感覚が作品にあって・・・。

次の作品もとても楽しみになりました。

(写真について:掲載に問題があれば対応いたしますのでご連絡を頂戴できれば幸いです。
使用カメラ: RICOH CX6 通常モード フラッシュ禁止で撮影しました)

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