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カムヰヤッセン「バックギャモン・プレイヤード」定められたロジックの先

2012年2月9日ソワレにてカムヰヤッセン「バックギャモン・プレイヤード」を観ました。

会場は吉祥寺シアター。

切り取られ描かれた世界のありようと、
その移ろいに目を奪われつつ                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   
その先にこそ訪れるものの表裏それぞれの肌触りに
深くとらわれました。

東京公演は終わりましたが、
このあと京都での公演があるようです。(おすすめ!)

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

作・演出 : 北川大輔

出演   : 甘粕阿紗子 小島明之 北川大輔 / 安藤理樹(PLAT-formance) 伊比井香織 今城文恵(浮世企画)
大西智子(あなざーわーくす) 岡山誠(ブルドッキングヘッドロック) 尾倉ケント(アイサツ) 小玉久仁子(ホチキス)
齋藤陽介 辻貴大 西岡未央(悪い芝居) 埜本幸良(範宙遊泳) 森田祐吏(北京蝶々) 山脇唯(ヨーロッパ企画)

物語自体の流れはそれほど複雑なものではありません。
人物相関図が配られていましたが、
そのヘタウマなイラストがきちんと機能するようなフィールド。
でも、そこに描かれる小さな村の物語が
たとえばひとつの国の発展や、
その中での人々のありようを
見事に具象していきます。

風見鶏をまわしての物事の決め方から
とある国の物事を決める感覚がやってくる。
総意でないものが
そうなるしかなかったと決まっていく感触・・・。
知らないことを知っているという状態から
ものしりを受け入れること、
その結果として金融がうまれ、
効率や生産性が重視され
となり村との関係が築かれ社会は豊かになる一方で、
職業に貴賎の感覚が生まれ
社会に歪みが生まれていく必然。

役者たちは、切れを持った緻密な演技で
シーンごとのなりゆきにとどまらない
個々の心情や感覚のありようを浮かび上がらせていきます。
それは社会の変化の骨組みにとどまらず
ともに歩み、とまどい、あるいは抗う人々の感覚や思惑すらも
観る側にしなやかに伝えていく。

たとえばグローバリゼーションに巻き込まれていく姿、
貧富や優劣が生まれていく構造、
さらに社会の揺らぎや破綻の構図、
偶然から生まれたものとその先にさだまったもの、
立ち位置での思惑と崩れていくことの必然、
そして散らばっていく感覚までも・・・。

それは
それは戦後のこの国の歴史や
先進国と途上国の関係などが内包するもの、
あるいは新興国たちのありように対する
したたかで間口の広い具象にも思えて。
しかも、舞台自体に顛末を物語るしなやかな力が宿っていて
単に寓意を感じる以上に
しっかりと惹きこまれ見入ってしまう。

そして、終焉までを見届けたからこそ、
再びそこに集うことや生きようとすること、
さらには風見鶏が回る感覚、
知ることや定まることまでが
人がひとつの時代を生きることの
ありようとして感じられるのです。
タイトルのごとく
バックギャモンのロジックとサイコロの目の定まりのなかで
それでもフィールドを往き、とどまり、
さらに歩みつづける人の営みの感覚に
自らの立ち位置を重ね合わせて愕然とし、
でも単なる当惑や絶望とは少し異なる
醒めていても温度を失うことのない肌触りに
深くとらわれ続ける。

役者達のお芝居にも見ごたえがあって・・・。

「知らないことを知っている」というニュアンスも、
物語の端々に織り込まれたぞくっとくるような生々しい感情も、、
バックギャモンのロジックに定められたものへの達観と
その「達観」の先にある視座の感触までもしっかりと編み上げる。
演技の足腰と精緻さを持ち合わせてた役者たちが
しっかりとキャスティングされていて・・・。
初日ですこし硬さを感じる舞台ではありましたが、
そのことで回をかさねるごとに
シーンのニュアンスが大きくひろがる予感もやってきて。

観終わって、
受け取った肌触りがずっと残る。
今を生きる自らの立ち位置や
同じ時代の世界にまでも思いを馳せる帰り道でした。

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