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桃尻犬「乳首鎹」独自の踏み出し感覚にやられる

2012年1月22日マチネ(大楽)にて桃尻犬「乳首鎹」を観ました。
会場は王子小劇場。

初見の劇団、ちょっと大胆なフライヤーなどで、どんなお芝居をやるのか気になっていた公演。
終わってみれば、想像だにできない踏み出しにがっつりとやられておりました。

(ここからねたばれがあります。十分にご留意ください。)

脚本・演出・出演:野田慈伸

出演:成瀬正太郎 /糸山和則(ひょっとこ乱舞) /渡邉晋 /前原駿哉 /我那覇ひろの(ミツヤプロジェクト) /中野のぞみ /堂本佳代(メインキャストプロダクション) 
 


第3回公演とのこと。
とはいうものの、私は初見で予備知識な皆無なものだから、
Webなどで作品の説明なども読んで、
どこか耽美な世界を想像して客席についたのですが・・・。
具象と異物が混在した舞台のどこかシュールな見栄えにとまどいつつ、
始まって10分で、
これは思っていた世界と違うと思い
さらに10分で恐ろしい切っ先を持った
コメディであることを確信・・・。

場面ごとに、
想像を超えた展開というか踏み出しがあって、
でも、そこには、
物語との舫があるので
観る側が置いてきぼりにならない。

そもそも、開場時に舞台前方にどんとおかれた
良くできたカブトムシの着ぐるみが置いてあった時点で
常ならぬ舞台であったのですが、
きちんと具象された舞台に
そのカブトムシを取り込んでしまう強さのようなものが
作品全体に貫かれていて・・・。

だから、カブトムシの角で乳首を押されて悶えようが、
国籍のよくわからないカタコトの坊主が現れようが
(彼の過去を歌い上げた替え歌に爆笑)、
エロかろうが、常軌を逸した展開になろうが、
観る側がどっしりと腰を据えてついていけてしまう。
まあ、安全ベルトを締めているような感覚というか、
揺れようが、ぶっ飛ぼうが、
舞台から心が乖離することなく
見続けてしまうのです。

そうなると、作り手のやりたい放題が
いちいちおもしろい。
坊さんの同性愛にしても、
ルーズなお金の管理にしても、
乳首への偏愛にしても
山ほどのカブトムシにしても
白けたり、逆にべたになったりせず
手が届くぎりぎりの逸脱となって
観る側をひっぱりまわしてくれる・・・。
中盤の展開も、
かなり無茶をしているのですが、
観る側の物語を追う気持ちをしたたかに引っ張っていたし
終盤への繋ぎもそれなりにあって。
ラスト近くになると、
さすがに物語としての精度は多少乱れてきますが、
それを凌駕する表現が観る側を掴んで離さない。
あのカントリー・ローズは何だったのだろうと思いつつ
やられた感に浸されるし
露骨に出されたマイクで歌われる「カブトムシ」の
突き抜けたべたさに嵌る。
極めつけはラストに改造乳首からしたたる樹液、
何とも言えない、
不気味さとエロさと滑稽さとSMチックな感情がシェイクされて
観る側をがっつり持っていってしまう・・・。

装置の処理をしてからの
カーテンコールの力尽き感もご愛敬、
舞台から捌けるなかで足を滑らせかける役者も御愛嬌。
それでも観劇後の空気が壊れず薄まらない・・・。
むしろ、作品の底力を感じるというか
これ、結構すごいかもと思う。

用意された武器自体のクオリティと
それを観る側に突き刺す仕掛けの上手さに
かなり強烈に魅入られて・・・。
これらがさらなる精度を手に入れ
有機的に観る側を揺さぶっていけば、
観る側を巻き込んで狂わせるような
とんでもない作品が生まれるのではとも思うのです。

この劇団、暫くの間
こそっと、見続けたいと
感じたことでした。

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