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KAKUTA「ひとよ」観る側のなにかをしなやかなに揺らす時の解け方

2011年10月22日ソワレにてKAKUTA「ひとよ」を観ました。
会場は三軒茶屋、シアタートラム。

作り手が描く時間の肌触りに、そんなつもりはなかったのに、
落涙してしまう部分などもあって。

少なくとも、私にとっては、気づかない部分を、
言葉ではなく感覚で揺らしてくれるような舞台でありました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください。)

脚本・演出・出演:桑原裕子

出演:岡まゆみ 成清正紀 若狭勝也 原扶貴子 高山奈央子 馬場恒行 佐賀野雅和 ヨウラマキ 大山鎬則 寺田剛史 磯西真喜 まいど豊

舞台にはタクシー会社の事務所。家族経営の会社らしく、生活と仕事がどこか混じり合ったような雰囲気。情報にはタクシーのセットが置かれて。
開演前の、配車放送に模した案内が、場の雰囲気を作り上げていきます。

母親が「過失致死」を狙ってDVの父親を惹き殺したことを
淡々と子供たちに話す
冒頭の物語の展開には
若干驚かされてしまうのですが、
そこがくっきりと作りこまれていることで
物語全体がぶれることなく観る側に伝わってきます。
舞台となるタクシー会社の日常の描きこみや
家族たちの焦ることのない着実なキャラクターの組み上げが、
その唐突さをひとつのニュアンスに変える。

刑期を終え、約束した15年後に返ってきた母。
3人の子供や妹とその息子、
さらには従業員たちも含めて
それぞれの時間が少しずつ浮かび上がってきます。

家族の絆や従業員たちが抱くもの、
それらの解けかたは
作り手の作劇の力にしっかりと支えられていて、
15年の質感や、血のつながり、
愛憎などが舞台の肌触りに織り込まれ伝わってくる。
ウィットを織りんで紡ぎだされるエピソードが
観る側をしなやかに舞台の世界に導いてくれる・・・。
なんだろ、積み上がっていく観心地のようさのようなものがあって、
観る側が知らないうちに舞台の世界に胸襟を開いている感じ。

そして、この作品で一番惹かれるのが、
その空気感の満ち方を経て
終盤の物語から浮かび上がってくる
ふっと時が納められ、解けて受け入れられていくような感覚。
子供たちの母親を迎える表層から
さらに踏み込んだところにあるそれぞれの
感情の一つに染まりきらない生々しさに息を呑む。
母親が父親から救ってくれたことと、
一方で母親の犯罪が生み出した波紋の狭間での
子供たちそれぞれの心情。
母親にしても、
息子のエロ本を意地になって読み続ける姿もおかしいのですが、
一方で、そんな母親が自らの頑なさに気がつく刹那の
淡々とした感じに
人が生きることの潮目のようなものがすっと浮かび上がって。

飛行船のエピソードにもやられた。
なんどか伏線が張られた後、終盤にやってくるそのシーンでは
かつての父親の暴力で指がまっすぐにならなくなった兄が指差すものを
妹が、まっすぐに、どこを指しているか分からないと笑う。
積み重ねがなければ無神経にすら思える
その笑いのあけすけさは、
兄や妹が時をかけて受け入れてきたもの、
いわば、家族が過ごしてきた時間への俯瞰に裏打ちされていて・・・。
さりげない一シーンなのですが、
家族たちがそれぞれに抱いたものの
もつれがすっと解けるような変化に
心がゆっくりと深く震えて、落涙してしまう。

母子たちにとどまらず
ドライバーを裏の仕事の隠れ蓑にした男
愚直にまで息子を思う気持ちや、
母親の妹の義理の母への感情、
女性ドライバーの想いを寄せる人への感情・・・。
髪を切ることでふっと訪れた男の転機・・・。
それぞれが積み重ねた時間が解き放たれる感触には
大仰さもなく、時にコミカルですらあり、
ドラマティックさや目がくらむほどに際立った色もないのですが、
でも、出来事のひとつずつが
それぞれに積み上がった時間として、
塗りこめられることなく、
包み込むように観る側を揺らしてくれるのです。

役者たちの演技には
凝縮して作られる密度ではなく、
広がったり解けたりする中で
細部を描き出していくに十分すぎる解像度や精度があって、
キャラクターが抱いた時間の編み上げの精緻さや、
想いの色のうつろいが
ひと筆で描くようなラフさに似せた
精緻な細線の重なりで描き上げられていく。
そこから生まれる感触があるから
作り手の描き出すキャラクターひとつずつの想いが
トラムの大きな舞台であっても
ぼけたり大味になったりせずに
細密な肌触りとして観る側に伝わってくる。

シリアス一辺倒というわけではなく
息づまるように時間が流れるわけでもない。
描かれる世界のすべてが解け切るわけでもなく、
キャラクターたちの想いだって
(良い意味での)中途半端な変化だったりする。
でも、だからこそ、絶妙に編み込まれたウィットのなかに
時の繋がりや人が生きることの質感のうつろいが、
作り手の語り口とともにしなやかに沁み入ってきて・・・。
普段着を纏ったような余韻が
しっかりと残り、
作り手の生きることを描く深度のセンスというか感性に
舌を巻きつつ、浸潤されてしまったことでした。

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