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あひるなんちゃら関村と味わい堂々浅野の二人芝居「コーヒー、キライ」緻密なラフさが醸し出す可笑しさ

2011年9月24日ソワレにて
あひるなんちゃら関村と味わい堂々浅野の二人芝居「コーヒー、キライ」を観ました。

会場はJR駒込駅から歩いて5分ほどの(地下鉄だともっと近い)ギャラリー ラ・グロット。

二人の個性がしなやかに調和したコメディをさくっと堪能することができました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください

作・演出・出演:関村俊介
出演:浅野千鶴

40分強のシンプルな会話劇。

25歳で突然アイドルを目指す妹というのは
ちょっぴり唐突な設定ではあるのですが、
そこにのせられてしまう兄を含めて
びっくりするような外連があるわけでもない。

でも、細かいジャブのようにやってくる
キャラクター間のいろんなズレのようなものが、
いろんな距離をもった笑いとなってじわじわと効いてくる。

のっけから、アイドルのキャラクターを作るために
兄に死んでくれという妹の感覚。
最初は突き放しながらも、
次第にはまりこんで会社をやめてしまう兄の入り込み方。
ベースに置かれた可笑しさに
役者のガチな演技が空気感を与えていきます。

刹那の笑い、
場面の可笑しさ、
シーンを跨いで張られた伏線や、繰り返しの作りこみ。
さまざまなリーチをもった仕掛けの編み込みが
観る側をじわじわと取り込んでいく。
兄妹に設定された二人の空気に安定感があるから、
観る側が、
いろいろなはずされ方やかみ合わなさを
とまどいではなく、
したたかに醸されたウィットとして受け取ることができる。

物語が進む中での
シチュエーションや
それぞれのキャラクターの貫きと変化のバランスが絶妙。
決してタイトさを感じる密度ではないのですが
よどみやゆるみがないので、
ここちよくしっかりと舞台の流れにのせられてしまう。
演技の真摯さや秀逸が担保する、
コンテンツの自由度のようなものがあって、
観る側を拘束しないラフさがありながら
一方で興味をそらさない吸引力をもった時間が生まれていく。


関村作劇の職人技が随所に仕込まれて、
浅野もキャラクターの空気をきっちりと空間に広げて。

なんだろ、上手く表現できないのですが、
ある種の完成度というか粋に近いものが
舞台上にしっかりとあって・・・。
こういうお芝居って、はまる。

ラストに必要なものがきちんと回収されて
後味もすっきり。
作品のクオリティをしっかり感じ、
良質な作品を観た後のほくほくするような感覚とともに
劇場をあとにすることができました

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