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やまねこ企画 「授業」 唖然、愕然、突き抜けておもしろく、残る

2011年8月7日ソワレにて、やまねこ企画「授業」を観ました。
会場は茅場町のプレビト。
ちょっとレトロなビルを階段で5階まで上がっていきます。
これが、観る側を空間に慣らしてくれるような感じがあって
なかなか良いのですよ・・・。
日頃エレベーター馴れをした観客を励ますような
小さなメッセージが置かれていたりしてちょっと楽しい。

たどり着いた場所は、適度に広いスペースで
置かれているものはちょっと骨董屋の風情も。
三方の壁際に並べられた素敵に不ぞろいな椅子たちから、
一席を選んで開演を待ちます。

(ここからネタばれがあります。充分にご留意ください)

作 : イヨネスコ
構成・演出 :佐々木透

出演:尾原仁士 西山啓介 中村りえ 大田守信 緑茶麻悠

舞台の中央に椅子が3客と机が一つ。
そこに学ランをつけた女中が現れる・・・

その冒頭の女中のモノローグが
どう説明してよいかわからないような
常ならぬ表現で、
暫くはその場のルールがつかめずにいて。
ただひたすら、その成り行きを見つめていると
そこに生徒が現れ、先生が呼ばれて・・・。
女中の忠告に抗うように授業を始めます。

生徒のポケットからは銃にナイフにオレンジ。
それがなにを意味しているか
見当もつかないのにある種のニュアンスは漂う。
いろんな飾りやデフォルメはあっても
戯曲自体が取り崩されているわけではなく、
語られるべき台詞は骨組みとしてそこにあるので、
物語の流れや舞台上に表現されるものの意図が
次第に見えてくるようになります。
つくり手の企みがなんとなくわかってくると
役者達の表現の一つずつが
とんでもなく面白くなってくる。

全ての博士号を3週間で取ろうという
生徒の意気込みとは裏腹の四則演算の講義、
そこに、役者の身体の表現が加わることで
理解や無理解のニュアンスが豊かに誇張され
教師側の感情の昂ぶりが
とてつもなくくっきりと浮かび上がってきます。

比較言語学の教師の説明にいちいち貼り付けられた
音たちの秀逸。
教師の感情の色模様がしたたかに強調された音が
歯の痛みを訴える生徒に届くものの感覚と一致して伝わってくる。
教師の感覚と生徒の困惑が
複眼で戯曲を味わうようにすっと立体化して、
滑稽さが箍がはずれたように膨らみ広がる。

身体の表現にしても、かぶせられる音にしても、
観る側に澱みやずれを感じさせない洗練があって。
動きには、言葉をしっかり彩る力があるし、
音が台詞にのって生み出すニュアンスも
どこかあからさまでベタなのに、
ちゃんと切れをもっていて実に秀逸。
圧力をしっかり感じるクラシックのメロディーや
威圧感や驚愕をあたえる効果音、
不協和音や連続するメロディはもちろんのこと
すっとこどっこいな音であったにしても
そこには場をしっかりとデフォルメするに足りる
切れ味があるのです。
だから、あけすけな表現であったとしても
薄っぺらさには繋がらないし
戯曲に染み込んでいる不毛さも
留まらずに溢れ出し
やがては場にカオスと見紛うようなグルーブ感すら
醸し出していくのです。

状況が突き抜けていく先には、
あからさまな不条理があって、
だから思わず笑ってしまうのだけれど
そのなかには
研ぎ澄まされたシニカルな権威や教育への嘲笑が
したたかに封じ込まれていて、
観る側にきちんと心に残るものが生まれていく。

これ、とてつもなく面白い・・・。

ラストシーンも、戯曲から多少改変されてはいても
骨組みがくずされることはなく、
それゆえ観る側も、投げっぱにされずに
舞台の収束にしっかりと取り込まれていきます。
観終わって、暫くの間呆然。
なにげに物凄いものを観たような気がする。

出演者の方ともお話をさせていただくなかで
表現の持つ豊かさを知り、
このつくり手の作品を、
もっといろいろと見たくなりました。

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