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劇団チョコレートケーキ「裁きの日」・「十二人の怒れる男」空間を凌駕する厚みと熱

少し遅くなりましたが
劇団チョコレートケーキの2作品、
「裁きの日」を2011年5月26日ソワレにて、
「十二人の怒れる男」を2011年5月30日マチネにて観ました。
会場は渋谷ル・デコ5。

それぞれの作品の常ならぬ見応えに
がっつりとやられてしまいました。

劇団チョコレートケーキの2本立て。

ともに死刑がらみの裁判を扱った作品です。
そして、日米の違い、あるいは裁判員と陪審員という違いはあるのですが、
市民が裁判に参加し、密室でその審議をするという
共通点を持った物語でもある。

ルデコ5の閉塞した空間をその場に仕立て、
中央のテーブルを挟んで対面する客席。
その中で全く質感の異なる二つのドラマが演じ上げられていきます。

・「裁きの日」

作  :古川健
演出 :日澤雄介


出演:岡本篤 菅野佐知子 古川健
(以上、劇団チョコレートケーキ)

島田雅之(
DART'S/ダブルスチール) 西尾友樹 蒻崎今日子(JACROW
浜野隆之(
下井草演劇研究舎) 山森信太郎(髭亀鶴) 吉川亜紀子(テアトル・エコー

初日を観劇。

日本の裁判員裁判が舞台になっています。
冒頭に裁判員たちの考え方が、大胆にくっきりと示される。
そのベースが沈められたまま事件に対する審理がすすんでいきます。

事件の全容が詳細に語られるわけではない。
罪状の整理がなされ
さらには量刑の決定がなされる。
事件と裁判の関わりについては
必要なことが必要なだけ盛り込まれている感じ・・・。

でも、舞台が淡白かというとそんなことはまったくなく、
むしろ重苦しい濃密な空気に場内は包まれる。
そのなかで、裁判を構成するもの、
裁判員制度や
死刑制度についての様々なアスペクトが
舞台に織り込まれていきます。
感情的にならず
しなやかで理性的な語り口でで提示されていく、
それらのことが
独立したものとならず演劇の構成要素として舞台を作り上げていく。
舞台のかたり口によく制御された秀逸なものを感じる。

ただし、そのことが舞台上で進行している裁判までも
作り手の裁判に対する
知識や理性の中に埋め込んでしまったような感じがあって。
秀逸な役者たちのお芝居によって、
死刑のあり方についての
裁判員たちの理解の度合いや、
感覚あるいは心情はしっかりと描きつくされているのですが、
逆にそうであるからこそ、死刑に反対であった裁判員が
翻意していく部分が観る側に広がった世界とどこか乖離しているような
部分も感じてしまう。
裁判長の経験から導き出された死刑のビジョンのようなものを
他の裁判官や裁判員が納得する感じに
足跡がしっかりと見えないというか、
そうなりうるための必然というか楔のようなものが
他の要素と比べていまひとつ釈然としないというか
どこかその密度だけが、
作品の他の質感やクオリティと異なるように感じられてしまうのです。

がっつりとした印象の舞台であったからだとは思うのですが、
終演後、満たされた中に微妙な違和感が残りました。

・「十二人の怒れる男」

作  :レジナルド・ローズ
演出 :日澤雄介

出演:岡本篤 古川健 日澤雄介
 (以上、劇団チョコレートケーキ)


東谷英人 大塚秀記 小笠原佳秀(殿様ランチ) 菅野貴夫(時間堂) 菊池豪 北川竜二(TriggerLine) 立浪伸一(はらぺこペンギン!) 塚越健一 根津茂尚(あひるなんちゃら) 山田隆史

物語自体は、昔東京サンシャインボーイズがこの作品のパロディをやった時、
(「十二人の優しい日本人」再々演位を観たのだと思う)、興味を抱き、オリジナルの映画版をビデオを借りて観たりもしたので知っていました。

それから、上演団体や場所は忘れてしまったのですが、やはりはるか昔に比較的大きな劇場で舞台での上演観た覚えもあります。

でも、ルデコ5の狭い空間で、同じ温度を感じながら観るのは、
また格別なもので・・・。
密室劇というのは、空気によって表現される要素が高いお芝居だとおもうのですが、
その空気が役者たちによって腰を据えてしたたかにつくられていく。
物語を知っているわけですから、
台詞が語られる前に内容がわかっていたりもするのですが、
そこに役者たちの熱が一緒に伝わってくると、
よしんばそれが、熱いだけではなく冷たかったり生ぬるかったりしても、
台詞にさらなる息吹が生まれ
観る側をしっかりと捉えていくのです。

観客は、
少しずつ現わされていく客観的な事実が
先入観念や思い込みを剥ぎ取っていく姿に
取り込まれていくのですが、
この舞台にはその物語を紡ぐにとどまらない
もっと弾力性と太さを持った質感での生きた感情の交錯があって、
それとは別腹で観る側を圧倒していく。
気が付けばかつての物語の記憶なんてなぞってはいない。
その場の分厚く息苦しいような苛立ちや想いや空気だけに
だけにひたすら捉われている・・・。

密室劇の金字塔とさえいわれている名戯曲でもあり、
そういうお芝居だと言ってしまえばそれだけのことなのかもしれません。
でも、そういうお芝居であることだけでは感じ得ない
さらなる満ち方がこの舞台にはあったように思うのです。

とにかく呆然とするほどにがっつりと
結末まで持っていかれました。
面白かったです。

二作とも、裁くという同じテーマでありながら、
しかもともに重厚な部分がありながら、
これだけ雰囲気が異なるのも面白い。

それぞれの作品の面白さに加えて、
同じ場所のほぼ同じセットで観た作品の違いにも
味わいを感じたことでした。

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