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マコンドープロデュース「東京の空に」空を見上げたくなるような物語の束ね方

2011年4月2日にマコンドープロデュース「東京の空に」を観ました。場所は王子小劇場。

受付で整理券替わりの大きなトランプを渡されて開場を待ちます。
初日の柔らかな高揚と緊張に包まれたロビー。なんか良い雰囲気。

場内に入ればちょっとタイトに高く組まれた座席。
初日はそこに鈴なりの観客、大盛況でした。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

脚本:遠山浩司
演出:倉本朋幸

八百屋舞台に線で区切られた3つの部屋、
その中に置かれた3人の女性たちの生きる姿や心情が
ひとつずつ物語の枠の中にはめ込まれていきます。

狂言回しのピザ屋さんが物語を導き、
そこからひとりずつ女性たちの心情が現わされていく。
どこかコミカルでラフな部分と
ビビットで繊細な内心の表現が
絶妙なバランスで舞台に広がっていく。

語り口、そして個々の想いの現れ方が、様々に異なっていて、
でも、それ故に3つの部屋が並ぶマンション(?)の雰囲気に
不思議な都会の実存感が生まれる。
男女の距離感やつながりも、
東京の日々の個々の事情の範疇のなかで
繊細に切り取られて、
孤立し、やがてとてもゆるやかにつながって行きます。

かなり大胆にデフォルメされている部分があったり
刹那の感情が鮮やかに浮かび上がったり、
都会に暮らすことの陽の部分と影の部分が
ひとつのトーンに縛られることなく描かれていく感じ。
それらが重なりあって、
個々のエピソードがひとつの空の下に束ねられていくと
3つの部屋の女性たちの物語は、
東京に暮らし続ける感覚へと醸成され、広がり、
でも、ひとつの感慨となって観る側を染めていくのです。

役者たちも様々なロールの色を
しっかりと踏み込んだお芝居で作り上げていて、
まとめる感じではなく、膨らませる力でのお芝居が
しっかりと功を奏していて。

居酒屋さんや先輩のカップル、
刑事さんも含めたそれぞれの生活や時間が
まるで街の細胞のようになって
ひとつの世界に取り込まれていきます。

役者にも個性と魅力がありました。
岡田あがさ には想いの強さと不器用さをあからさまに伝える強さがあって。
それが一つの側面ではなくいくつもの細かい感情のつながりとして観る側にやってくる。
内なる想いがステレオタイプにならず、もっと内にあるキャラクターの自分を手放してしまうような心情も
繊細に観る側に渡されていきます。
その幼馴染であり居酒屋の主人を演じた後藤剛範は、
しっかりと時間を背負い
想いの存在や揺れを物語に編み込んでいく。
風貌と異なるキャラクターの繊細さが彼の演技だと違和感にならない。
十分に作りこんだ空気と心の色が
彼の演じる朴訥な男性にしっかりと縫いつけられておりました。

その居酒屋の店員で狂言回しの一端を担った
神戸アキコのお芝居にはエッジの効いた踏み出しがありました。
色を一杯作れる上に物語を動かしていくパワーがあって、
観る側をしっかりと捕まえていて。こういう役者が座組にいると舞台がよどまなない。

梅舟惟永には都会で働く女性の自然体の感覚が醸し出されていて。
空き巣に入られた時の心情や先輩の家での感覚や想いもとてもナチュラルに伝わってくる。
雨の中を落ち込んで歩く時間の作り方も秀逸。
さらには立ち直っていくなかでの心情の変化の
しなやかな表現にも惹かれました。
先輩の家で3人で就寝するあたりの仕草にもウィットがありました。
彼女の先輩を演じた亜矢乃には心の奥ゆきと色を
静のお芝居で浮かび上がらせる力があって。
想いのみせる部分と隠す部分が絹のように繊細で滑らかで、
観る側を魅了していきます。
永島敬三の演技も雰囲気をしっかりと押さえて
その空間でのトーンをプレーンに織り上げていて好演でした。

和希沙也の演じるキャラクターには重さをもった繊細さがあって、
引きこもりの雰囲気がきちんと観る側に伝わってくる。
仕草に感情がしっかりと乗ったお芝居、
部屋の中のポジション取りというか居場所にあわせた心の作り方や微細な表情の変化が
観る側にとってまっすぐで・・・。
その彼女を救い出そうとする
松永大輔には和希の芝居をまっすぐに引き出す力があって。
ちょっと大仰なお芝居も、ちゃんと想いが観る側に残る。

竹本健嗣鹿野浩明は縁の下の力持ち的なお芝居でしたが、
それぞれに仕事がきっちりできているというか安定感があって。
居酒屋の風情の作り方でも張り込みの仕方でも
観る側をその場にすっと引き込んでいく。

金原直史には台詞回しの間に献身的なデフォルメがありました。
存在感が必要でありながら目立つことができないという
難しい立場のキャラクターだと思うのですが、まさに頃合いの力加減で演じていたと思います。
兼多利明はシーンをつなぐ役回りでしたが、
お芝居全体に対するしっかりとしたバランス感覚を持ってお芝居をまとめて見せました。
終盤の金原とのシーンにはなんとも言えないペーソスがあって、
ラストには東京のひとつの絵姿として纏め上げる空気を作り上げておりました。

終盤にマンション3人の住人たちが
互いに「はじめまして」と挨拶するシーンが
なんかとても良い。
そこには都会で暮らす距離感のリアリティと
居心地やぬくもりがしなやかに現わされていて。

初日で多少の硬さを感じる部分があったとはいえ、
時間を感じることなく。
暮らし、ピザの空箱、パソコン、熊のぬいぐるみ、
夜の街、砂の嵐のような雨の音、届く想いと届かぬ想い。
シリアスで、コミカルで、幼くて、満ちて。
様々なものが置かれた終幕の舞台上の街に訪れた
季節の感触にたっぷりと浸ることができました。

終わってみれば、
一つずつのシーンのテイストとはまた別の
ふっと桜咲くその季節の青空を見上げたくなるような
作品としての質感にしたたかに染められておりました。

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