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柿喰う客「愉快犯」役者の力を解き放つ舞台で示すもの

2011年1月7日、柿喰う客「愉快犯」を観ました。

会場は東京芸術劇場小2。この作品は昨年末にWIPを観ていて、そこからどのように進化したかが楽しみだった作品。

本番の出来に瞠目するとともに、作り手がさらに加えたラストの秀逸に目を見開きました。

(ここからねたばれがあります。十分にご留意ください)

作・演出:中屋敷法仁

出演:七味まゆ味・コロ・玉置玲央・七味まゆ味・深谷由梨香・村上誠基

会場にはいると円錐形のカラフルな舞台。その正面にはめくりが置かれ、これから舞台で行われるであろう演目が提示されています。
やがて、そのめくりも取り去られ役者たちが現れる。

芝居は、歌舞伎のせりふ回しで、徘徊していたおばあさんを息子が連れ帰るところからはじまります。
この劇団特有の切れのよいしぐさとフレーズが舞台をじわじわと柿の世界に染めていく。

素でのごあいさつ的な部分が挿入されたりもするのですが、
お芝居の内側、紡がれ、次第に開示されていく家族の物語には
観る側を掴むだけの展開が骨格としてあって、
その肉付けのなかに役者たちが力量を発揮する場が形成されていきます。
創意と精度をもった仕草、動きの切れに息を呑む。
洗練された外連、擬音の多用や様々なフレーズや動作の繰返し、
さまざまなイメージのコラージュや言葉遊びが舞台に勢いをあたえ観る側をぐいぐいと引き入れていく。
歌舞伎を模したような部分も効果的。
せりふ回しや見栄を切る刹那に加えて
「柿喰う客」流に物語の地を語るリズムが
あたかも浄瑠璃で語られる如く
観る側に舞台上のシチュエーションを流し込んでいく。

ひとつずつの表現力に圧倒され、それらの重なりに獲り込まれ、
やがては役者が物語を演じるというという構造が裏返り、
物語が役者たちを生かし役者を見せるために組み上げられているようにすら感じられて。
それはたとえば歌舞伎の魅力が演目の筋立てにとどまらず、
むしろその物語を表現する役者たちの演技にあるのと同じこと。

その域まで舞台が昇華すると
役者たちの表現のひとつずつが
ますます映え、際立ち、瑞々しく、心地よく、豊かでおもしろい。
グルーブ感溢れる舞台上、物語の枠に繋がれるのではなく、
物語の上で生かされた役者達を観るのが本当に楽しい。

その「楽しさ」があるからこそ成り立つラストシーンが実に鮮烈。
家族の物語が満ちた舞台では5人の役者たちが舞台に並び
頭を下げ口上を述べます。
そして「お手を拝借」と観客を巻き込む態を作り、
観客たちが手を広げた刹那に暗転して舞台が幕を閉じるのです。
冒頭のめくり、劇中に挿入された御挨拶、そしてラストと仕込まれた
芝居の大外の枠組がくっきりと姿を現わし、
家族の物語が劇中劇の位置に置かれる。

この舞台は年頭を飾る、
そしてCo-Richで劇団が獲得した賞によるスポンサー公演にもなっていて。
そのけじめというわけでもないのかもしれせんが、
作・演出の中屋敷法仁がこの作品で表現しようとした、
そして5人の劇団員だけの公演だからこそ表現しえた
「柿喰う客」の演劇の志や本質が、
このラストからしっかりと伝わってきたことでした。

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