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猫の会 「水底の静観者」、舞台だからこそ現わしえるもの

2010年1月29日ソワレにて猫の会、「水底の静観者」を観ました。会場は下北沢劇小劇場。 演劇でしか表し得ない感覚に、しっかりと捉えられてしまいました。

(ここからはネタばれがあります。十分にご留意ください)

作:北村耕治  演出:澤唯(サマカト)

出演:浅野千鶴(味わい堂々) 小川拓哉 川崎桜 佐藤達(劇団桃唄309) 徳元直子(劇団ぐるぐる牛)
中村純壱郎(
トノチョ′) 野村沙月(のむらんぷ) 目黒大輔(TEAM JAPAN SPEC.) 力武修一(劇団リケチカ)

舞台は和室。
畳の部屋なのにどこか洒脱な空間・・・。
そのなかで物語が少しずつ醸し出されていきます。

小説家の血を受け継ぐ主人公と
姉弟たち、
ビジネスの世界で着実に歩みを進める弟。
その場所を守る姉・・・、
また、すでに文壇にデビューして成功を納めている兄がいるらしい。

さらには、弟の妻や
主人公の恋人、
小説家の全集を出そうという編集者、
さらには近所の幼馴染の夫婦や
主人公が関わる同人誌の後輩などもやってきて
物語を膨らませていきます。

とてもクリアで、でも必要なことはしっかりと丁寧な語り口、
どこか酒におぼれていく主人公の姿が
彼自身の描写にとどまらず
周囲の醸し出す雰囲気からもしなやかに伝わってくる。

兄の存在との確執や
元旅館だったというその場所に関わる諸問題、
変わっていく周囲と自らの歩みへの焦燥、
そして行き場のなさ・・・。

主人公には大仰な心情の吐露などなく、
むしろ、ただ、酒を飲んでちょっと控えめに話すだけ・・
でも、その居住まいや、酒に手をつける仕草に
しっかりとしたニュアンスがあって。、
役者たちの実直な演技の中で交わされる会話たちにも
主人公の存在が浮かずにしっかりと置かれて・・・。

中でも、編集者の存在がとても効果的。
何度も液体を浴びせられる彼に見えるものが
物語の大外の枠組みを観る側に築き上げていきます。、
たとえば、後輩の作品に目をとめる姿や
その場所の都市計画による取り壊し反対のビラの客観的評価など、
登場人物たちの心情に流されない貫きがそこにはあって
だから彼の評する
主人公の内面も
観る側にとって信じえる伏線として生きる。

そして、舞台がゆっくりと満ちていく中、
兄が事故にあったあとの
彼と恋人のシーンに目を見張る。
交わされるのは、
決して長い台詞ではないのですが、
そこまでに役者が演じてきた主人公の雰囲気や
立ち居振る舞いがすっと裏返って
彼が見つめる水底の風景が浮かぶ。
さらには恋人の想い、
役者が細微に作り上げてきた距離感の秀逸が
その場をさらにクリアに染め上げて・・・。
決して凡庸ではない彼だからこそ現れる
煩悩の奥にある
行き場をみつけることもできずに、
ただ見つめるだけの孤独の質感に息を呑む。

舞台上に兄の姿はない。
登場する小説たちが一行たりとも読み上げられることはない。
その孤独に関する饒舌な台詞すらもない。
でも、演劇だからこそ
もっといえばこの舞台だからこそ、
それらをすべて包括して伝わってくるものが
この刹那にはあるのです。

終盤、編集者が主人公に投げかける
「ゆっくりいきましょう」という台詞に
広がったものが再び彼の中にまとめられて・・・。
その孤独に向き合っていこうとする
彼の姿にも心を揺らされて・・・。

冷徹さに裏打ちされた
作り手のあたたかさもそのなかに込められて・・・。

終演時には
作り手の創意と
それらを具現化する役者や演出等、
それぞれの表現の秀逸に
ひたすら心を奪われておりました。

客電がついてふうっと息を吐く。
お芝居の力を目の当たりにしたような・・・。
主人公の想いがいつまでも霧散せずに残っておりました。

秀作だと思います。

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