« 柿喰う客「愉快犯」役者の力を解き放つ舞台で示すもの | トップページ | 劇団ガソリーナ「トードーの旗のもとに」枠組みを超えて溢れだす物語の圧倒 »

渡辺源四郎商店工藤支店Vol.2 東京新春公演「大きな豚はあとから来る」奥行きへの驚き

書き込みが遅れてしまいましたが、1月2日・3日に渡辺源四郎商店工藤支店Vol.2 東京新春公演「大きな豚はあとから来る」を観ました。会場はこまばアゴラ劇場。

ストーリーはそれほど複雑なものでないにもかかわらず、その舞台にはぞくっとくるような奥行きがありました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

作・演出:工藤千夏

冒頭、
どこかステレオタイプな
新婚とも思えるような夫婦の会話がくっきりと演じられて。
シンプルにまっすぐ物語に取り込まれる。

縁薄く過ごしてきた女性を取り込む
中近東の見知らぬ王国への
嫁入りの誘い・・・。
嘘に巧みに編み込まれたリアリティが
女性の心の隙間にすっと入り込み、
膨らみ満ちていく。
男の手練と女の当惑が
すっと噛み合うところで一気に引き込まれました。

すっと引き入れられるような感覚が伝わる
ほんの少しの踏み出しの刹那に
彼女のベクトルがそれまでの実直さから乖離していきます。
騙されたというより
より満ちたものに誘い込まれていく感覚が
しなやかに観る側に伝わってくる。

女は揺らぐし、疑う。
でも背を向けるのではなく、
むしろその手の中の刹那を手放そうとせず
守ろうとする彼女に
不思議な実存感が生まれて・・・。
男の言葉にうなずく女に対する
観る側の違和感までが
どこか滅失していくのです。

女を演じた工藤由佳子にはキャラクターの表層の秀逸な実存感を崩すことなく、
シーンをしっかりと見せてから
その刹那の後ろ姿で内心を観る側に植え付けるような力があって。
観る側にとっての常なる感覚への差異と得心の繰り返しが
まじりあったり曇ったりすることなく
戯曲のコアをしっかりと浮かび上がらせていく。

大林洋平の演じる男にも女の実存感に負けないだけの
存在のうさんくささとリアリティがあって。
したたかさや狡さが突出するのではなく
キャラクターの弱さや臆病さのなかに浸されて供される感じ、
そのテイストが女が踏み違えていく感覚を
観る側に納得させてしまうのです。

男に過去に騙された女性が現れて
見透かしたような口調で
女の歩む先を浮かび上がらせるシーンも秀逸。
2日・3日と異なる役者で演じられましたが
同じ立ち位置に置かれたキャラクターから
驚くほど異なるニュアンスが滲み出しておりました。
現実を突きつけるに留まらず
抜けられない女との対比のような達観が
それぞれのキャラクターの色でかもし出されていて。

2日の天明留理子のお芝居からは
結婚による女性としてのプライドの充足のようなニュアンスが浮かびます。
キャラクターが持つある種の賢さがしっかりと醸されていて、
それが男にとりいられることへの疑問とはならず理となって
観る側に伝わってくる。
3日の藤堂貴子のお芝居からは
結婚によって担保される愛情の行き先への憧憬のようなものが感じられて・・・。
女性が抱く自らの愛情への陶酔のようなものがベース音のように伝わってくる。
そのどちらもが、工藤の演じる女の一面としなやかに重なりあっていくのが凄い。
ワンシーンでその女性の背景の匂いまでがっつりと浮かび上がらせる
役者たちそれぞれの底力に目を見張り
一方で同じ戯曲の上に浮かぶものの色の違いに驚く。

さらには朴訥とつぶやくように歌われる
「月の砂漠」から伝わってくる
素にされた業のようなもの。
一人の女性が抱くコアの重さが圧倒的でした。
何度も立ち位置を変えて挿入される
ステレオタイプでどこか実態を喪失し形骸化した
冒頭からの家庭のシーンがボディブローのように効いて
観る側までが彼女自身の世界感に閉じ込められて。

今回は仕事は相応に出来るであろう銀行の女子社員という設定でしたが
初演の主人公の設定は異なったものであったといいます。
この戯曲、物語の芯にある女性に編み込まれた普遍性を
いろんなバリエーションで演じることができるしなやかさを秘めていて。
でも、一方でその芯から浮かび上がる女性像は、
役者たちの力量で大きく異なってくる気もして・・・。

観終わって、思い返し、さらには戯曲を読んで反芻し、
戯曲と役者の力量が噛み合った
秀逸な舞台だったともう一度感心したことでした。

|

« 柿喰う客「愉快犯」役者の力を解き放つ舞台で示すもの | トップページ | 劇団ガソリーナ「トードーの旗のもとに」枠組みを超えて溢れだす物語の圧倒 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 渡辺源四郎商店工藤支店Vol.2 東京新春公演「大きな豚はあとから来る」奥行きへの驚き:

« 柿喰う客「愉快犯」役者の力を解き放つ舞台で示すもの | トップページ | 劇団ガソリーナ「トードーの旗のもとに」枠組みを超えて溢れだす物語の圧倒 »