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風琴工房「葬送の教室」出色の舞台

2010年10月9日、風琴工房「葬送の教室」を観ました。会場は下北沢すずなり。

淡々と静かに深く圧倒されました。

(ここからはネタばれがあります。十分にご留意の上お読みください)

作・演出 : 詩森ろば

場内にはいると、舞台の立体感にまず惹かれます。フレームと綱で作られたその世界は森にも飛行機の機体の一部にも感じられる。清廉とした空気のただよう客席で、用語解説集などに目を通しながら開演を待ちます。

冒頭の安全啓蒙センター開設の日のひとこまが
シンプルに物語に観客を引き入れ、
道標を観る側に置いて。

シーンが移り、枠組みの内側の物語がゆっくり立ち上がっていく。
会議を準備するその場に人が集うごとに
急ぐことなく、でも冗長になることもなく
的確に、人々のページが開かれ、その場の空気が醸成されていきます。

遺族、航空会社の関係者、当時の検察医、新聞記者・・・、
それぞれに現れていく想いがあって。
理性で抑制された想いも
理性から溢れだした想いも
不要なバイアスがかけられることなく
秀逸な解像度で描き出されていきます。
役者達から伝わってくる想いに
観る側が信じることができるだけの
実存間があるのです。

立場は違っても、
その修羅場に立会った心情や
その事故で失われた命に対する
それぞれの想いの真摯さがしっかりと伝わってくるから
交錯し、
躊躇が生まれ、
貫かれ、
揺らぐ姿にも曇りがない。
それぞれのキャラクターが、
あの日の修羅に立会い
失われた命を抱えて過ごした姿が、
解け出し、いくつもの質感を伴って冷徹なほどクリアに伝わってくる。

その重さが、個々の立場に絡み合って、
様々な軋轢が舞台を満たしていきます。
纏うものと事故の修羅の間に挟まれて
キャラクターたちから滲み出して来る
それぞれの想いが
怒りや苛立ちや痛みとともに
観る側を巻き込んでいくのです。

その中でも歩みを進め、
冷徹に事故の再発へと向かう娘を失った男の姿に
息を呑む。
ひとりずつの事故への思いに加えて
感傷でも美談でも括られることのない
背負った命の重さに支えられたような
執念のあからさまさに
強く心を打たれる。

舞台上にステレオタイプの正しさなどはなくて
それでも、その場の人々は、
その男の歩みに連れられるように
それぞれの一歩を踏み出していきます。
検察医も新聞記者も、
殉職した姉を持つ女性も
個々の遺族たちも、
・・・そして航空会社の職員たちも
それぞれの形で歩みを進める。

男の歩みはやがて、冒頭のシーンに行き着く。
それは、物語の場面から
長い時間をかけての
達成の姿なのだと思う。
でも、2度目のそのシーンからは
冒頭とは異なった、
単なる達成感に留まらない
修羅の時に身を置いたものたちへの
深い鎮魂の思いを感じて。

そこには残されたもの、
そしてその事故を背負いつづけたものたちの
質感がしっかりと宿っていました。

観終わってから、時間がたっても
舞台の印象がさらに様々に解けて
心を満たす。

出演:山口雅義・佐藤誓・岡森諦・根津茂尚・松木美路子・津田湘子・清水穂奈美・五十嵐勇・浅倉洋介・多門勝・岡本篤

作劇のすばらしさに加えて
役者達の安定感や作り出す圧倒的な密度に支えられ
舞台美術や照明にも
しっかりと捉えられて。

この舞台、
再見するというよりは、
時間を置いて再び観たいと思う・・・。

本当に秀逸な舞台だったと思います。

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