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コマツ企画「よわいもんいじめ」雰囲気と構造のしたたかさ

2010年9月10日、三鷹芸術センター星のホールにて、コマツ企画「よわいもんいじめ」を観ました。

作り手の力量が、しっかりと舞台の広さに生きて、ウィットと見応えのある舞台となりました。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意ください)

作・演出:小松美睦瑠

ベースには昭和の風俗史にも登場する「イエスの方舟」事件があります。

この事件の表層的な質感を知っているというとそれだけで歳がばれてしまうのですが、あの時代が持つ、なにかが薄められたような、どこか行き場を失ったような感覚のリアリティにしっかりと取り込まれました。

事件を描くという手腕に加えて怪作「動転」のようにフレームの外側というか時代まで含めたバックヤードを描くやりかたが本当にしたたかで・・・。

舞台下のお芝居であっという間に物語がフレームの外側にまで運び出してしまう。べたな比喩にがっつりと踏み込んでべたに表現する凄さ。薄っぺらさをあざ笑うように舞台に現出させる一方で「死ぬと言って死んだ奴はいない」ものをあっさりと冥界に持っていったり、バカ旦那をあざとくデフォルメしたりとちょっと枠を超えたような踏み込みに独特のウィットを醸し、醒めた深いニュアンスを生み出すその表現力に目を見開く・・・。

結婚破棄で自らを仕立てあげる女性の、会場を巻き込んだ表現にもぞくっとくる。その結婚を放り出して集団に戻る女性の表し方も絶品・・・。お店のママが語る水商売の蘊蓄も凄かった。こうなると、もう、お芝居の一シーンを超えて至芸の世界。

その集団に集う女性たちの心理も、夜の街に集う男女たちや当時のメディアが持つ雰囲気も、作り手がツボを見極めて独特のテイストで表現する様々なうすっぺらさや欠落感のなかに、すっと浮かび上がってくるのです。

しかも、時代の質感を醸成しながらも、キャラクターたちを塗りつぶさずに描き切っていくところが作り手の真骨頂で・・・。

行き場のないという3人組の女性たちにしても、その中の一人の妹にしても、ステレオタイプな家出娘の色とは別に、それぞれの個性をきっちりと作りこんでいく。彼女たちのどこか軽質な部分もただ塗りこめて描かれるのではなく一人ずつが抱える重さのなかに表されていくのです。オヤジから滲み出てくる人間臭さやその妻の達観の解像度もがっつりとやってくる。キャバレーの男女も同じこと。レッテルは貼るのですが、そこで投げっぱにしないというか、奥行きを丁寧に構築していく。

それを支えうる実力派の役者だちが個々のシーンをがっつりと作りあげておりました。キャスティングの秀逸に目を瞠る。どこかでコミカルにすら思えても真理というか人間のコアにあるものがぞくっとするような解像度で見る側に流し込まれて残るのです。

劇団員のふたりは、それぞれの演じるキャラクターに存在感を作り上げていました。本井博之は店長役にしてもバカ旦那役にしても、舞台の空気を良い意味で留める力がありました。空気への絡みがとてもよいお芝居。川島潤哉が醸し出す教祖の雰囲気には組織を形成するに足りる説得力がありました。ある意味、舞台全体の屋台骨を背負うキャラクターなのですが、その中に、ぞくっとくるような人間くささが込められていて。どこか手放してしまったような感じすらが物語を動かす原動力になっていく。

満間昂平の女性役は作り手の意図を受け止めてニュアンスを実直に作り出していました・佐野功は八面六臂の大活躍でしたが、その中でも、キャラクターを緻密に演じ分けて見せました。黒子を演じるときの仕切り感は凛と舞台に観客を運んでくれるし、一方でこの人が演じるレズのホステスには水商売の美と怠惰さがしなやかに同居していて。東谷英人が作り出す慇懃でどこかぬめっとした感じが物語の質感をしなやかにふくよかにしていきます。一筋縄ではいかない丁寧さのような感じがすごくよい。玉置玲央のお芝居の解像度がもたらすものもたくさんありました。この人のお芝居から舞台にしっかりとしたメリハリや陰影が生まれていきます。

女優陣は、個々の力がしっかりと引き出されたお芝居で・・・。斎藤加奈子は、物語の一翼というか狂言回し的な部分をこの人ならではのトーンで背負い切りました。醸し出されるキャラクターの安定感がすごくよい。中川鳶にも観る側が委ねることのできるキャラクターのコアがしっかりと作られていたように思います。宍戸香那恵のお芝居からはキャラクターの持つ硬質な部分としたたかさがまっすぐに伝わってきました。

近藤美月は抜群の存在感、窓から飛び降りる風情にもすっと観る側を捉えるの切れがあって、その印象を教祖のトラウマの体できちんと舞台に保ち続ける力加減も絶妙。表にでる出番がそれほどなくても、舞台のトーンをしっかりと守り続ける切っ先を持った印象がありました。幸田尚子には刹那に舞台をさらう力があって、ここ一番というところでのがっつりと舞台全体の武器になっていました。ただ鋭利にキャラクターを貫くだけではなく、場を彼女のリズムに染め変えてしまうパワーに瞠目。今回のような広めの舞台をもコントロールする手練が頼もしく感じられたり。

柿丸美智恵のお芝居にはただ舌を巻くばかり。前述の水商売を語るくだりだけでも、もう値千金というか・・・。教祖の妻の達観にしても、ただそこにいるだけで教団の空気が彩られる凄さ。こういう人が舞台にいると舞台の空気が散らない。三鷹の大きめの舞台が、むしろ世界を支えるような体になる。

役者たちの秀逸の先には、その時代の個性にとどまらず、人の生きざまに編み込まれた普遍性をすいっと俯瞰するような感覚までが生まれて・・・。

ここ数作は、遊び心のなかにもどこか息をつめたような質感があった小松作品ですが、今回はその縛めをやや恣意的にはずした印象。でも、それだけで間口の広い劇場の舞台にとどまらず舞台の下のスペースや劇場全体を満たしてしまうほどに表現の大きさを広げる作り手の才能が生きる。

2時間ほどの比較的尺の長い作品でしたが観る側も飽きることはまったくなく、作り手の世界に遊ぶことができました。

肩が凝らない、でも、実はシニカルに突き抜けたコマツワールドにしっかりと引き込まれてしまいました。

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