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elePHANTMoon「心の余白にわずかな涙を」耐えられない軽さの秀逸

2010年9月16日、elePHANTMoon 第六回公演、「心の余白にわずかな涙を」を観ました。場所は王子小劇場。

この公演は、以前一度公演が予定されていました。それが、一旦中止というか延期になって今回上演の運びとなったとのこと。また多くのすぐれた役者が参加する劇団の公演にもかかわらず、今回出演の劇団員がひとりということにもちょっと驚いたり・・・。

その事情を観客は知る由もありませんが、作品は演劇でなければ表現しえないようなニュアンスを湛えた、秀逸なもの磨き上げられていました。

その研ぎ澄まされた軽質に潜む繊細さに息を呑みました。

(ここからはネタばれがあります。十分にご留意ください)

作・演出 : マキタカズオミ

劇場に入って、古びた木の肌触りをもった美術に目を惹かれます。どこに座ろうかちょっと悩んでやや上手側に席を取る。

気がつけば客入れ中に次第に、天井を雨の効果音と、雷鳴が観る側を舞台の空気に閉じ込めていく。

そして訪れた闇が稲妻に裂かれ、秘めごとの質感が観る側に置かれます。

舞台は離島のキリスト教会。聖堂での会話からいくつもの人間模様が交差していっく。

方言が効果的。会話に微粒子のような閉塞があって、それぞれを縛っているもやいのようなものが次第に浮かびあがってくる。

それは、事故への償いに始まって、知的な障害を持った妹のことや、夫婦での不妊のこと・・・。それらは、登場人物たちそれぞれの人生にとって多くを占めること・・・。

でも、そこには、言葉では表しえないような行き場のない底の浅さと軽さが醸されて・・・。それらは、人間の本質から滲みだすようなある種の匂いとともに観る側に染み入ってきます。

軽い知的障害をもった女性の、抱えきれないものの溢れ方のリアリティが生々しくて、その姿がボディブローのようになり、個々がなにかを受け入れたり抱えきれなくなったりするその刹那に漂う、それぞれから溢れたものの耐えられない軽さと温度に、目をそむけることができずに見入ってしまう。

冒頭のシーンを伏線にとりこむ、終盤の牧師兄弟と両方の性を肉体に有した女性のそれぞれの姿にも目を見開きました。拒絶する弟と歩みをすすめる兄、その現実を受け入れる女性。結果はともあれ、弟とのいきがかりが解ける先には、さらに生きることへの強さと、ある種の洗い落とせないような生臭さのようなものがやってきて。

キャラクターたちに愚かさを感じるわけではないのです。それぞれの苦悩が浅いとも思わないし、韓国料理屋の不妊治療やその従業員の交通事故への償い、漁師の兄妹が閉塞から解かれる感じにしても良性具有の女性の想いの持ち方にしても、それぞれのなした選択はとても賢明なもののように思える。

ただ、その選択に潜んだある種、手放したような浮遊感に、人の弱さやコアにある欲望が発する、演劇でしか表現しえないような、観る側が拒絶できない腐臭が織り込まれていて・・・。この作り手にしか描きえないであろう、どこか耐えられないその質感の軽さに息を呑む。

ネガティブな物語ではないと思うのです。牧師にとって島から人がいなくなることの寂寥感はあっても、牧師当人を含めて登場人物たちは歩みを止めたりしているわけではない。物語のトーンにはある種のウィットすらあって、物語自体が重く感じられるわけでもない。

でも、それぞれが自らの歩みを進める中での、理性をこえたコアのような部分からにじみ出る想いの、微かであっても打ち消せない生臭い匂いが消えない。

出演:江ばら大介・石橋征太郎(ナルペクト)・立浪伸一(はらぺこペンギン)・信國輝彦・野田裕貴(バナナ学園純情乙女組)・上松頼子(風花水月)・菊池佳南(青年団)・根岸絵美(ひょっとこ乱舞)・松葉祥子・山田奈々子

役者たちは、それぞれに、キャラクターが内包したものを頑なまでに抱きかかえて見せました。そのぶれのなさが、観る側の内に微細な匂いをくっきりと浮かび上がらせてくれたように思います。

作者が表現したかったものを本当に受け取れていたかはわかりません。

でも、よしんば解釈が違っていたとしても、作り手の表すものに静かに強く打ちのめされてしまいました

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