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空想組曲[組曲「空想」]満ち足りて再び味わたくなる、短篇集のようなもの。

2010年6月14日に空想組曲vol.6 組曲「空想」を観ました。会場は下北沢OFF・OFFシアター。

その表現の豊かさに圧倒されました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

作・演出 : ほさかよう

会場にはいると舞台やや下手側を中心に、やや小さめの舞台がしつらえてあります。

冒頭のシーンに観る側を舞台に惹きつける小粋さがあって。そこから、いくつもの短篇作品的なシーンがしなやかな語り口で綴られていきます。

それぞれの物語として切り取られた時間はヴィヴィッドで、あるいはコミカルで、もしくはひりひりするようなテンションや閉塞感を持ち、さらには深く、カジュアルで、心地よい。

ほほえましく甘酸っぱいエピソードに何気にときめき、抜けのよいウィットに心をほぐし、パズルが解けていく刹那に目を見張り、タフな感覚に息が止まり、ビターなテイストに取り込まれ切なさとぬくもりに浸される・・・。

作品の隠し味がひとつずつ異なった色に物語を染めて・・・・。その作品に満たされているのに、魔法のように次の作品にも満たされるのです。よしんば、同じ場所設定であっても、あるいは異なった世界が差し込まれても、しなやかな奥行きに裏打ちされた作品の連なりは観る側を飽きさせることなくむしろ貪欲にしていく・・。

さらに、物語が積み重なっていくうちにいくつかの作品をを束ねる糸が現れて、目にした色たちから醸し出されたさらなる彩りを見る側に注ぎ込んでいきます。奥深い宝石の色が、組み合わされることでさらに別の印象を生みだすように、個々の作品がもつテイストと、その重なりの質感が観る側をさらなる感覚で満たしていく・・・。

最後の作品で、いくつにも組み合わされた宝石たちが時間という糸で首飾りのように束ねられて・・。宝石たちの輝きと首飾りとしての美しさが一つの質感となって観る側に置かれるのです。

その余韻を味わいながら、冒頭のシーンと結ばれたエピローグの小粋さにさらに身をゆだねて。

同じ回を観た知り合いの方が、極上のフルコースを味わったようだと評されていましたがまさにその通り。奇をてらった食材ばかりを使うことなく、小難しい能書きがつくこともなく、でも、それぞれの皿の味付けには味わう側の手を止めさせないだけの洗練があり役者たちの仕事にもがっつりとうまみが込められていて・・・。

中田顕史郎は個々の物語を満たし全体の枠を定めるトーンをしっかりと築き上げていました。強いお芝居であってもすっと入り込むようなシーンであっても、観客の視座をしっかりと支える。狂言回しとしてある種のグルーブ感を物語に与える力もあって。ここ一番での演技の切れ味にも息を呑む。齋藤陽介には相手をしなやかに引き出す手連があって。相手の質感の中で自らのキャラクターを浮かび上がらせて、さらには相手の想いを照らしていくのです。島田雅之にはハードボイルドが似合います。物語にきっちり質量を与える。しかも重いトーンのお芝居の中に揺らぎを作り出していく底力があって、ぐいぐいと引き込まれました。大塚秀記には大人の懐がしっかりと作られていて。現れる感情や想いに大人の密度が醸し出され、観る側を引き込んでくれる。キャラクターが歩いた時間の軽重それぞれが和らぎを持った透明感とともに伝わってくるのです。西地修哉は脆さと強さの濃淡を舞台に残しておりました。良い意味で相手のトーンに影響されずキャラクターを貫く力があって、それが物語をステレオタイプにせずテイスト豊かなものにしていたように思います。

当日ゲストの狩野和馬も好演で、その作品を一日限りとするのが惜しいと思わせる。年齢差が伏線で折り込まれていくのですが、その伏線をキープするためのお芝居にあざとさがない。最後まで落ちの力をしっかりと維持して見せました。

ハマカワフミエは画素の大きなお芝居で観る側を瞠目させました。表層的な刹那に質感を与える力があり、深淵を伝える部分でも重さで塗り込めない表現が観る側をしなやかに捉えてくれるのです。いくつかの物語を演じる中での色の変え方と共通したトーンの作り方のバランスもとても良く、作品をしっかり支えて見せました。林田沙希絵のしなやかな感情の立ち上がりにも惹かれました。観る側を舞台のペースに引き込むリズムに心地よく乗せられてしまう。うまく言えないのですが、やってくる感情の立ち位置にあざとさがなく、デフォルメが浮かずにとても自然に思えてしまうのです。こいけけいこには、キャラクターが内包する自我を細やかに観る側に伝える力がありました。どこか大雑把な質感を醸して観る側の胸襟をひらき、そのまま細やかな内心を流しこんでしまう。こいけの世界が、受け身を取る間もなく観客を包み込み、独特の瑞々しさとなってしっかりと残るのです。個性的な印象がある役者さんですが、個性に縛られない表現のしなやかさに魅了される。川田希は、しなやかな理性とそれを凌駕する想いを研ぎ澄まされた切っ先をもって表現して見せました。齋藤と演じた「アクション、ヴェリテ」には本当にぞくぞくさせられた。物語を開示していくキャラクターの語り口が凄く良い。ゲームの進行とともに満ちてこぼれる想いの色に引き入れられ,派手さも強さもなく観る側を引きつけるその感覚に息を呑む。一番最後のシーンに中田と作り出す空気にも抜群のテイストがありました。保坂エマの芝居のフレキシビリティにも目を見張りました。大塚と作り上げる時間のビターな膨らみには、それまでの物語を包み込んであまりある奥行きがあって。また舞台に作り上げる質感にムラがない。大きさと繊細さが共存したこの人の作りだす空気が、舞台全体をしっかりと運び、それが終盤の作品舞台全体の包容力に繋がっていたように思います。

観る側を前のめりにする皿、軽やかな皿、がっつりとした皿、目を覚ますような皿、遊び心に満ちた皿、深い余韻を残す皿・・・。

エピローグの軽さが、エスプレッソの切れを持った苦みと重なって・・・。

たっぷりと満たされているのにまた食べたいと思う・・・。何度も味わいたいという欲求をがっつりと掻き立てられる。

稀有な魅力に囚われたまま、リピートを思いつつ劇場のエレベーターに足を運んだことでした。

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