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劇団競泳水着「そして彼女はいなくなった」極上のエンターティメント

2010年2月11日と19日、劇団競泳水着第十二回公演「そして彼女はいなくなった」を観ました。会場はサンモールスタジオ。

観る側をしたたかに取り込み、揺さぶり、愕然とさせる見事な舞台でありました。。

(ここからはネタばれがあります。十分ご留意ください。作品のジャンルがサスペンスであることをご考慮いただき、必要に応じてお読みいただければ幸いです。)

脚本・演出 上野友之

間違いなくサスペンスです。それもぞくっとくる、上質な・・・。

観る側への物語の提示がフェア。必要なことは全て語られるのです。一度に見えない部分や傍系のエピソードなどもあるのですが、それらが孤立しているわけではなく、きちんとひとつの物語に繋がっていくのであざとさにならない。

登場人物たちの行動や言動にも理がしっかりとあってきちんと観るものを納得させてくれる。

冒頭のムーブメントからすっとフォーカスが絞られるように始まる物語。繰り返されるシーン。断片的なシーンの積み重ねに観客は次第に迷宮へと導かれていきます。ほんと、知らず知らずのうちに物語に引き込まれる。気がつけば物語にしっかりと閉じ込められていて。

中盤以降には、シーンの繋ぎの秀逸が、物語の展開にグルーブ感を与えていきます。物語の設定や仕掛けに加えて個々のシーンのはめ込み方や密度、語り口にもう釘付け。エピソードが重りあい、揺らぎ解けて・・・。いくつもの思惑が観る側に現れては消えて、やがて浮かんでくる時間がある。

そして、最後の最後に真実が晒されたとき、観る側のもやもやがすきっと抜けて極上の推理小説の最後のページを読み終わったような達成感がやってくるのです。終演後、余韻を楽しみながら物語を振り返るうちに登場人物が丁寧に描きこまれていることや、そこから醸し出される必然の秀逸さに気が付いて。

本当に良く出来た物語だと思うのですよ。一見傍系のように思われるエピソードにも、観る側が真実にたどりつくためのドミノ板が隠されていたり、なにげないシーンが作り上げるニュアンスがあったり・・・。また、物語の因果のなかで孤立したキャラクターが一つもない。それぞれのキャラクターに今を生きるスタイルや感性がしっかり表現されていて、なおかつどこかで一人の女性の時間と絡み合っている。

終わってみて、サスペンスなのに、まじでもう一度みたくなる(というか観てしまった)。登場人物をもっとながめたくなるというか・・・。ただ謎に遭遇し結末を追う一度目とは確実に違ったリピート時の面白さがこのお芝居には内在されているのです。これって凄い。

キャラクターたちの世界を支えきった役者達の力にも瞠目しました。岡田あがさのお芝居には間口の広さがあって。キャラクターのいくつもの表情が仕草の中ですっと一つの人物に納められて彼女の時間に立体感を与えていきます。舞台にずっと彼女の存在を意識させるだけのインパクトが残されて、それがしっかりと物語の柱となっておりました。辻沢綾香にはナチュラルな女性の情念がしっかり顕われていました。淡々としたお芝居のなかに滲みだしてくるものが、すっと観る側をとらえる。彼女だから醸し出せる自然体の質量のようなものがあって、それがキャラクターの性格にしたたかに乗せられていく。ハイテンションな役柄が多い女優さんですが、今回のような静かなお芝居にも彼女だから演じうる世界があって、その力に瞠目。

細野今日子には妹を裏切っても恋を貫く想いを表現するだけのテンションがありました。物語にからむ彼女のドラマが研ぎ澄まされた表現力で具現化されていきます。形容矛盾なのかもしれませんが、クリアにカオスを表現する力がこの人あって、妹との確執にいたる必然がまるで摂理のようにつたわってくる。情念の表現という点では堀川炎のお芝居からゆっくりと溢れだすような感覚にも目を奪われました。理性と感情の中間に色を醸し出してキャラクターの内なる熱や感覚を作り出していく。自らの想いに追われるように深い部分にまで足を踏み入れるような感覚が、彼女の醸し出す雰囲気から鮮やかに伝わってくる。彼女に潜む温度のリアリティのようなものが、彼女の行動に必然を与えて物語をしなやかに動かしていくのです。

松崎みゆきは普通の感覚を、心地よい力加減で演じて見せました。この人が太めの線で描く普通が、緩急をつけて物語にしっかりと絡んでいく。観る側にとって自然というか信じるに足りる感覚で、終盤の物語に現実感を作り出していくのですが、演技に強さと安定があるので、観る側がごく普通に彼女に寄りかかることができるのです。同じ普通の感覚を演じた伊坂沢は柔らかな包容力を醸し出していました。彼から流れる普通の時間が、終盤、川村の狂気をしなやかに浮かび上がらせていきます。

探偵役を演じた高見靖二は骨太な存在感で物語をしっかりとグリップしていました。探偵としての雰囲気の厚みや信頼感があるので、堀川との絡みで物語の鍵を開いていくことも凄く自然に受け入れられるのです。

荒井志郎は緻密なお芝居でキャラクターが抱える物をしたたかに表現していました。観客をして「ああ、そうなんだ」とうなずかせるものがお芝居に織り込まれていて・・・。東谷英人はいわゆる業界的なダークな色とキャラクターなりの仕事への真摯さを絶妙に編みあげていました。そのしなやかさが観る側にとってキャラクターへの実存感になっていく。観る側に危い感覚を与えながら明かされるエピソードの真実をしっかりと受け入れさせるのです。村上誠基はキャラクターの想いにきちんと存在感を作ってみせました。たとえば祈る刹那にしても、その動作の時間だけではなく、彼がかかえるものをまとめて観る側の腑に落とす力があって。しかも尖った空気ではなくやわらかい空気の密度で彼の物語に上質なふくらみを与えていく。。

永山智啓には自らの演じるものだけではなく、相手のキャラクターの陰影をも浮かび上がらせる力があって。キャラクターが内包するモラルハザード感というか狡さが、会話の中で相手の色を際立たせていく。建前と本音の狭間に湛えた空気からキャラクターの強さと弱さを一つの色にして伝える力にひたすら瞠目。

川村紗也は、キャラクターに狂気を少しずつ注ぎ込みながら、物語の屋台骨をがっつりと支えて見せました。その、どこか不安定な部分の表現から物語の質感が生まれ、次第に満ちていく想いへの囚われ感が観る側をしっかりと縛っていく。さらには感情の立ち上がりの鋭さ、押さえきれず溢れるような愛憎に目が離せなくなるのです。その力があるから物語の結末からやってくる驚愕に揺らぎがない。観る側が醒めることなくその結末を受け入れることができる。今回の川村には、一皮むけたというか、彼女のうちに眠っていた表現の力が覚醒した感があって。そのパワーには瞬発力だけでなく、積み上げて観客を取り込む持久力も含まれていて。彼女にとってもエポックメイキングになるような大好演だったと思います。

前述のとおり、初日を観て、結末を知ってももう一度観たくなって慌てて再予約。役者達がそれぞれに背負うキャラクターを、物語の流れに気を取られることなく、もっと丁寧にみたくなる・・。

上質なミステリーの構造や語り口に、上野の人を描く力とそれを具現化する役者の力が見事に噛み合って。2度観をしても足りないくらい。まさに極上のエンタティメントだったと思います。

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