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DART'S #001 「IN THE PLAYROOM」さらに突き抜ける

2009年12月3日 Le Deco4にてDART’s #1「IN THE PLAYROOM」を観ました。

ワンドリンク付き。一杯飲んでリラックスしてお芝居を観てくださいという作り手側の配慮が感じられて・・・。平日の20時開演というのも時間にゆとりがあってすごくうれしい。

場内は舞台を囲む3方に座席があって座る場所にかなり迷う。当初は中央に席を取っていたのですが、その後奥側の前方席に移動・・・。

わくわくしながら開演を待ちます。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

プロデューサー:池田智哉

作・演出   :広瀬格

導入の部分がまず秀逸。

連作の推理小説の最新刊を常連読者たちが手に入れていきます。待ちきれないような感覚、読みすすんでいく情景の描写がすごくうまい・・・。舞台に一気に密度が生まれます。

で、読みふける読者たちメッセージがはさみこまれていて。次の作品の物語を一緒に作りませんかという招待状が・・・。

一度でも時間を忘れて物語を追ったことがある人ならば、参加したくなるその気持、本当によくわかる。導入部の扉がしなやかに違和感なく開かれます。集められた読者たち、ゲームのルールが明らかになっていくときのわくわく感に始まって、そのゲームと現実のリンクの緻密さ、さらに物語が現実を食べ始めるような緊張感が観る者をぐいぐいと釘づけにしていきます。ベストセラーの推理小説という前提が鮮やかに具現化されて、当日パンフの言葉に偽りなし、気がつけば観客が「この、ストーリーから、逃げることは、許されない・・・」状態になっている。

観客に配られた地図、緻密で流動的で有無を言わせない物語展開、閉塞したその場所に凝縮される、街全体に広がった恐怖。ルールは必ず守るという部分が底辺をかため限られた外枠の時間と、移動の距離や所要時間のリアリティが物語に捉われた観る側のグルーブ感をしたたかに膨らませていきます。役者たちの手練の演技に、手に汗を握るような時間が現出する。冷徹な物語の展開に息が止まる。やがてゲームの勝者が明らかにされて・・・。

しかも、そこまでだけでも十分に出色の展開なのに、物語が現実を食べつくしても舞台は終わらないのです。突き抜けた先に、物語の外郭が次第に晒され舞台上での「死」の意味が明らかにされていきます。伏線がしなやかに機能し、疾走の中で観客に生まれた物語の澱を見事に一掃する、なにもかもが腑に落ちるところまで妥協なく物語が突っ張り通されていきます。

終わりの世界観がじわっと観る側を包み込んで・・・。ここちよい脱力感すらやってくる。この戯曲、すごい。

役者たちも本当によくて、個々のキャラクターが強く深く観る側に伝わってきます。

編集者を演じた島田雅之が持つ演技の奥行きが舞台全体を支えます。舞台を流していくしなやかさに、終盤は舞台を背負いきる足腰の強さもあって。そのお芝居が物語をばらけさせずにベクトルを定める力になっていく。作家を演じた服部紘二の切れも印象に残りました。シチュエーションを定めていく語り口の鋭さに物語が切れをうしなうことなく進んでいく。どことなく得体の知れないような知性の表現がそのまま劇場の雰囲気を常ならぬものにしていく感じ。この二人に研がれるように他の役者の演技の切っ先がどんどんと鋭くなっていきます。

プロデューサーでもある池田智哉が演じる某IT企業の元社長がまず秀逸。基になるイメージを丁寧に生かして物語に縫い込んでいく。キャラクターが持つプライドと行動力に加えてかすかな脆さの表現、そのバランスが絶妙なのです。OLを演じた中村貴子はOLが持つ普通さというかちょっと下世話な感覚を巧みにデフォルメしてみせました。密度の濃淡がくっきりした演技に理性を少しだけ超えるような感情の表現がすごくナチュラルに感じられる。たとえば交差点を渡ろうとするときの一瞬で必然を醸すその演技など、物語を貫く危機感やテンションに細かい質感を作り出す極上の隠し味になっていたように思います。

女医を演じた鈴木麻美の丁寧なお芝居も舞台をしっかりと支えていました。キャラクターが持つ熱をもった冷静さのようなもので舞台の色をしたたかにコントロールしていく。この人の演技には常ならぬ解像度があって見る側が安心して身をゆだねられるのです。冒頭の読書シーンでの観客を引き込む力も凄かったし、死の諦観が生まれるシーンでの感情の立ち上がりと収束の切れにも観客を一瞬にそめるような力がありました。無職の女性を演じた細井里佳が醸し出す繊細さと奥に隠されたスイッチが入った時の一途さにも瞠目。弱い部分を演じていても色がきちんと舞台にある一方で、狂気が露出した時のぶれのなさと圧力もすごい。観客を一瞬で捕まえた上で、キャラクターのもつ硬質さと繊細さの端境を絶妙に出し入れして、観る側に彼女自身にとどまらず物語自体の色の変化を実感させていく・・・。

長谷川太郎は、狂気のなかでの常なる感覚を貫きとおして見せました。キャラクターが持つ優越感と劣等感がアラベスクのように表現されて、その中に彼の人間としてのまっとうさを浮かび上がってくる。どちらかといえば地味な役回りなのですが、彼のお芝居にはアスリートであったキャラクターへの不思議な実感があって、単に物語のパーツというに留まらず、他のキャラクターの個性までもを浮かび上がらせるような力を感じるのです。國重直也のお芝居には度量があってキャラクターの持つ芯の太さが強くくっきりと伝わってきました。その懐に抱える伏線がきちんと収まるようなお芝居の厚みがあって。他のキャラクターたちを生かしながらきちんと仕事をして、その成果で物語をみごとにゴールにまで導いてみせました。

最後に舞台に登場する川田希は、フィクションと実在の二つの匂いを見事に束ねてみせました。ひとつのキャラクターには本来重ならないようなリアリティがこの人のお芝居だとすっと収まる。定められたキャラクターを表現する硬質なお芝居のなかに、血の温かさやしなやかさが絶妙に織り込まれて彼女の世界が生まれていく。物語の切り札的な部分を演じても舞台に存在するボリューム感をさらに広げていく豊かな存在感があるのです。

それぞれの個性が観客に体感的に伝わることで物語の展開から淀みが消えていく。しかも、舞台にグルーブ感が醸しだされても、いたずらに走らせることなくその感覚を広げていく着実さがあって・・・。、だから、観る側はぶっちぎられることなく最後まで物語に寄り添っていける。

観終わって、走り抜けたような感覚に満たされて。極上の推理小説を一気に読み上げて、すべてが腑に落ちたような満足感。なかなかこんな舞台に巡り合えるものではありません。

ちょいと奇跡のような、極上のエンタティメントに巡り合った感じ。がっつりと楽しませていただきました。

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