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岡崎藝術座「ヘアカットさん」たとえようのない喪失感の醸成

2009年10月17日マチネにて岡崎藝術座「ヘアカットさん」を観ました。会場はこまばアゴラ劇場。

不思議な色の残るお芝居でありました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

開演前、舞台の後方には本棚が見えます。そこに女性が現れて・・・。紀伊國屋新宿南口店のインテリア雑誌売り場であるというその場所で、彼女は突然歌い出します。

興が乗ってくると観客に手拍子まで求めて。なにか自分のことを独白しているようでもあるのですが・・・。やがて、後方では男性が一緒に踊りだしていることにも気づいて。

冒頭のシーンに愕然としてどうなるのかとひと膝乗り出すのですが、その突飛さにだんだんと舞台がなじんでいく。語られていくのは、たぶん数か月の時間軸の話。事実だけを見るなら数行で語られてしまうような物語。カラオケをしたあとあっけなくバイクの事故で死んだ恋人・・・。

でも、そこから訪れるものには、物語にすっと押し込むことのできないような色や質感が醸し出されていくのです。

カラオケルームの室内の雰囲気が身体の動きや音楽で描きだされていきます。さらにはカラオケ屋に勤める女性と彼氏との最後のエピソードが織り込まれて。焦がしたベーコンとオクラのソテーを介しての想いのすれ違いが、さらにその時間の質量を変えていく。

髪を切り落としていくような感覚。昔通ったという「さいとう」理容店のイメージ。痛みもなくすっと離れていくものや落ちていくものの質感・・・。

作・演出の神里雄大が舞台に描き出すその色にとらわれてしまいました。やってくる感覚にたとえようがないのです。たとえば「喪失感」という言葉で括ったとしても、何かがはみ出してしまう。深いとか浅いというような区切りでも割り切れない。暖色でも寒色でもないその色はよしんば何千色のカラーサンプルがあったとしても合致しないような気がする。どんな言葉に落としても違和感を感じるような、オクラとベーコンのソテーから生まれるその色、髪を切り落とすような感覚でやってくる立体感、さらには付随するカラオケの空気。もっといえば、登場人物たちが東京で過ごした時間が放つ鈍っぽい空気。その残存感の強さと薄れていく感覚の頼りなさ。

理髪店に誘い込まれた女性に対して示されるクリスマスの特典によって、ヘアカットさんが具象化するものがすっと明確になって、冒頭のシーンへとつながっていきます。日頃接することのないヘアカットさんによって、閉じられたままの何かがすっと切り落とされて、心の時間が前に進みはじめる感じが伝わってくる。

最初に聴いた歌がリプライズされるとき、その内容から唐突さは消えていました。新宿南口側の紀伊國屋書店、その雑踏のなかでインテリア雑誌を探す女性の、瑞々しい心情のスケッチに、神里の描写力の卓越を思い知った事でした。

役者のこと、武谷公彦はキャラクターが持つある種の無頓着さをというか神経の太さをうまく表して見せました。バイクで骨折をして、それが治ったお祝いのカラオケというシチュエーションをうまく舞台上の雰囲気の色にする力あって。キャラクターの考え方のトレンドから人物像が逆引きのように浮かんでくるのです。坂井和哉にはある種の繊細さを具現化する力がありました。奥にいごこちのよさそうな優しさを内包する感じが次第に見る側にも伝わってくる。二人の友情というか関係の空気がしっかりと女友達からの目線で浮かび上がってくるところもすごいと思ったり。

冒頭で歌をうたってみせた坊薗初枝は目鼻立ちのくっきりとしたお芝居で女性の心情を明確に表現してみせました。冒頭のあけすけな歌によるキャラクターの想いの説明が、彼女のお芝居の積み重ねからだと、しっかり納得できるのです。描写の解像度が常ならぬというか・・・・。内田慈が演じるカラオケ店員からは普通の女性としての感覚がベースとして伝わってきて、そこにベーコンとオクラのソテーのエピソードを巧みにからまっていきます。キャラクターが持つナイーブな感じと彼氏に対するちょっとした甘えの余白が同じ時間の中にヴィヴィド編みあげられてやってくる。そのしなやかさが、彼にたいする想いのクオリティへとうまく引き継がれて、観る側に透明感のあるビターな感覚を残していきます。

折原アキラは理髪師を演じるというよりは、女性の内心の想いを演じるような役回り。表層にでてきたり内側にもぐったりといった存在の出し入れを巧みにこなしながら、彼氏を失った女性の心に残るものや、前に歩きだすときのちからのようなものを絶妙のテンションで具現化していきます。無形のものを具象化していく方法に無理がないというか、演技から伝わってくるニュアンスにしっかりとした形があって・・・。

今回の神里流の表現、これまでの彼の作品に感じた広がりに加えて、表現しようとするものの切り口の滑らかさと粒子の細かさを感じて・・・。

来年の鰰の公演もとても楽しみになったことでした。

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