« Dull-Colored Pop 「プルーフ/証明」才能が裏打ちする演劇表現 | トップページ | 仏団観音開き「レ・ミゼラブルーシート」がっつり作り込まれて生まれるペーソスの力強さ »

Dull-Colored Pop 「心が目を覚ます瞬間」わからないけれど響き、居座る

Dull-Colored Pop「心が目を覚ます瞬間~4.48サイコシスより~を観ました。2009年10月10日、ソワレにて。場所はサンモールスタジオ。Dull-Colored Pop休止前公演のひとつ、「Proof」との日替わり上演です.

正直言って、その内容を及第点まで理解できたという自信はまったくありません。でも舞台からやってくるものには、圧倒的な吸引力があって、目を閉じるのも疎ましいほどに見入ってしまいました。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

作:サラ・ケイン 翻訳・演出:谷賢一

客入れ時のすでに二人の役者はベットにいます。ビートルズ。女は眠ったまま。男はウィスキーをラッパ呑みしたり、ベットの脇のノートをめくったり何かを書き込んだり。ビートルズがフラットっぽい部屋の雰囲気をより強くしていきます。開演前の説明をしている女性の真後ろに立って、遊び心に溢れた仕草をしてみたり。

ベットの上でお互いに愛の言葉を交わす冒頭シーン。出かける男・・・・。ラブストーリーのワンシーン???でも、そこからは、想像もできない展開に翻弄されることになります。

舞台奥に大きく映し出されるのは男がオペレーションするパソコンの画像。音楽とリンクしたメディアプレーヤーのイメージ。打ち入れられる短い文章。示唆や概念の断片のような・・・。

さらに、男が白衣をまとったことから次第に心を病む女性と医師の関係が浮かび上がってきます。

100から7を引いていくことによって自らの正気というか判断能力を確かめる。正しい時もあれば明らかな間違いもあって。観る者にそれが彼女の素の時間なのか、あるいは彼女の内側に展開する時間なのかが示されているようにも思えて・・・。

何度かけても留守電になる電話。閉ざされた対人関係。人との接し方、自己嫌悪や被害妄想、大量に投与される薬、増減する体重・・・。拒食や過食、睡眠や記憶の障害。それが、たぶん医師が彼女に施した物理的な治療の履歴。薬がばらまかれる音、冷徹にも思える白衣の医師のレポート。

一方でその時間に覚醒した彼女の心が次々と具象化されていきます。彼女の揺らぎや医師の精神的治療に起因するとみられる患者のさまざまなイメージが演劇的な表現を駆使して次々に現れてくる・・・。

ベットの上に築かれた自分の言葉を離す(ボイスレコーダーを頭に見立てた)不安定な人形。

ジャニス・ジョップリンがバックに流れるかりそめの信頼。彼女が求めるものと医師が保とうとする距離・・・。書きこまれた紙を互いに拾って読む時・・・。時に彼女が書いたはずのメモは医師の思いに感じられて。また彼女が読み上げる、医師から渡されたレターサイズの紙には彼女の想いとも思える言葉が書きこまれていたり。それは互いの理解と無理解の暗示にも思えて。

自分の顕示と自分の拒絶。

死のボーダーがすごく軽い。オーバードース。リストカットのイメージ。死への誘いの説得力。

想いをふくらまされた風船がライターの火で破裂したり。なんどかのボールのやり取りがいつしか彼女によって拒絶されたり・・・。

モラルや目標のようなことひとつずつを我慢大会のように着こんでいく姿・・・。それらのモラルによって線引きされ確立された他人が入れない空間・・・。それが治療の一つの完成形なのかも。そしてまた、その時間はやってきて。覚醒の中で求める物は治療では満たされることのない、なにかのようにも思えて。

抱きしめられるような愛なのか、消え行ってしまうことなのか、あるいはその両方なのか・・・。

最後のカーテンコールは女性だけ。それは誰の物語かの作り手からの提示にも思えて。

役者のこと、堀奈津美はお芝居の強さでキャラクターの立ち位置を観客に伝え続けました。それが狂気の中であっても、覚醒したひと時であっても、彼女の存在自体が揺らいでは成り立たない舞台。舞台の色との対比が常に求められる中で、しっかり貫き通すその力に、堀ならではの力量を感じて・・・。この人だからこそ作れるニュアンスというか、堀だからこそ表現しうる世界があることを再認識しました。

役者としての谷賢一は、豊かなフレキシビリティをもってキャラクターの色を舞台に編み込んでいました。冷徹に思える部分、軽薄なに感じる部分、支配、インテリジェンス、愛情、苦悩、・・・。堀との距離をしっかり伝える切れもあり、絶対的な存在を作る力もあって。で、なによりも、堀をしっかりと見せるのです。

観終わって、心のなかに残っていたのは少なくとも絶望ではなかったです。もっと捉えようがなく醒めた、持ち重みのするなにか。

で、片づけ場所がわからない感じ・・・。

4.48からの72分にやってくる、仮の服を着せられたままのような自分の感覚が舞台から渡されて、ずっと居座っていて・・・。

演劇的な創意や表現が恐ろしいほど研がれているからこそ、伝わってきた何かだとは思うのですが・・・。帰り道もその感覚がずっと抜けませんでした。

作り手側の意図と全然見当違いの解釈をしているような気もするのですが、そんなこととは関係なく、感覚が抜けていかないのです。

R-Club ■□■

|

« Dull-Colored Pop 「プルーフ/証明」才能が裏打ちする演劇表現 | トップページ | 仏団観音開き「レ・ミゼラブルーシート」がっつり作り込まれて生まれるペーソスの力強さ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Dull-Colored Pop 「心が目を覚ます瞬間」わからないけれど響き、居座る:

« Dull-Colored Pop 「プルーフ/証明」才能が裏打ちする演劇表現 | トップページ | 仏団観音開き「レ・ミゼラブルーシート」がっつり作り込まれて生まれるペーソスの力強さ »