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カムヰヤッセン「トラベリング・オン・ザ・シャーレ」骨太な繊細さ

2009年9月3日ソワレにてカムヰヤッセン「トラベリング・オン・ザ・シャーレ」を観てきました。場所は池袋シアターグリーン、ベースシアター。

(ここからねたばれがあります。十分にご留意ください)

作・演出:北川大輔

開場と同時に舞台ではお芝居が始まっています。舞台下手で面接のようなものが行われていて、上手側では順番待ちの人がいる。

前方にいても、内容はところどころしか聞こえないのですが、舞台の時間はしっかりと動いています。

そしてあわててやってきた最後の面接者の部分で客電が消えて本編が始まる。その時点で滑走を終えて物語が飛び立つ感じ。

過去への旅立ちまでの時間、主人公の医師やその周りの人々のためらいや葛藤がスピード感を持って描かれていきます。

すっと主人公のキャラクターや物語の設定が入ってきます。脚本が本当にしたたかで・・・。タイムトラベルという題材はPPTで柴氏がおっしゃっていたように矛盾が生じやすい、舞台としてはハードルの高い題材なのでしょうけれどそれを感じさせない流れにすっと乗せられて・・。

主人公が着いた,遡った時間での病院の雰囲気もしっかりと作られていて。

かつて強い偏見を持たれていた伝染病を借景にして、当日パンフレットの言葉どおり人が切り捨てたものや選んだもの、さらにはその選択の中で生きていく姿が軽重の彩を醸しながら透明感をもって描かれていきます。

命の重さに殉じることと引き換えに主人公が失ったものや、そこから変わっていく姿に息を呑む。その姿に不要な甘さがないから、でも、ビターであっても人が持つ想いをゆがみなく表しているから、主人公が「古事不干渉」から解き放たれて、自らが選択した世界で生きていくことや主人公によって変わっていく周囲にあざとさがないのです。

決して心やさしい物語ではないのですが、生きるぬくもりのものが瑞々しく伝わってくる。舞台に溢れだしてくる「人が生きること」が、切なさや諦観だけではなく貫く意志との繊細な綾織であることにじわっと心が熱くなりました。

役者のこと、主人公を演じた甘粕阿紗子には走り抜ける力強さがありました。キャラクターがもつ明るさがまっすぐに演じられていて、舞台をぐいぐいと引っ張っていく。それもまとめての力技という感じではなく、一歩ずつていねいさの積み重ねでなされていく感じ。観客が無理なく感情移入をして彼女に連れて行ってもらえるのです。タイムトラベルの出発点で彼女とかかわる金沢啓太小林史緒も、勢いを持った着実なお芝居で主人公が元々持つ性格をうまく浮き立たせて見せました。金沢の残された想いのちょっと内側に折り込むような感じが効果的。小林もお芝居にゆとりがあって、うまく残された側の空気を作り上げていたと思います。

トラベル先の患者や周辺の人々も、様々な個性に彩られていて。食品会社の社長を演じた松澤孝彦には生きる意志が感じられました。秘書役の野上真友美が病院との「場違いの女」感のなかでしたたかに同族企業の雰囲気を作り上げていて。単なる情婦的な色香ではなく、セリフ回しの流暢さに知性を持たせて松澤のキャラクターが持つバックボーンを照らしだしていきます。

遠藤友香理は演技にボリューム感をもった繊細さがあって。あっけんからんとしたキャラクターの質感の先に、底知れない闇の広がりを垣間見せていきます。キリンバズウカの「スメル」に客演した時の彼女にも感じた、場の雰囲気を固める力とお芝居の奥行きの深さが今回もしっかりと生きていました。宗教にはまったキャラクターを演じた荒川大にも存在感がありました。信じることへの揺らぎとそれを打ち消す意志のバランスがよく、失笑を買うようなキャラクターでありながら妙にその場にちゃんと足をつけている感じがするのです。それが、さいとう篤史が演じる教祖のキャラクターをも活かしていく。ちょっと飛び道具的に使われたさいとうでしたが、こちらはキャラクターのけれんをたっぷりと演じてみせました。このひとのお芝居には良い意味での力のはみ出し感があって、観る者の目を引きつけます。伊坂共史は寡黙な役を貫いて・・。でも、想いを発し続けたことが、終盤の舞台の空気に色をつけるような一言につながる。まるでベースのパートを奏でるようなとても地道で献身的な演技でありました。田口ともみは正攻法の演技できちんとキャラクターの心情を表現、けれんのないまっすぐなお芝居で舞台を支えました。下野友也はお芝居にリズムがあって、舞台の密度を損なわないルーズさをうまく作り上げて病院に流れる時間に豊かさを与えていた感じ。

医師役の今城文恵は感情をそぎ落とすようなデフォルメをかけて、医師のどこか風化したような心をしたたかに表現しました。洗い晒したような質感のなかで、甘粕の演じるキャラクターに次第に変化していく想いが胸が詰まるほどに観客に伝わってくる。よく作り込まれた強い魅力を持ったお芝居だったと思います。野田裕貴のお芝居にはスムーズさがあって医療側の色をうまく醸し出していました。存在感の出し入れでそれぞれの場の雰囲気をコントロールする縁の下の力持ち的な役柄をこなしてもいて。菅原達也から伝わってくる人が根源的に持つ差別感情のようなものにはどきっとするほどのリアリティが内在していました。

小川貴大はインパクトでの勝負を強いられるような役柄でしたが、きっちりこなして舞台に緊張感を醸成してみせました。北川大輔はどこか人を喰ったような感じがすごくよい。役者としての引き出しもけっこうたくさん持っていらっしゃるような・・・。

金子裕紀が演じる老人は記憶を置換された不自然さが秀逸。終わってみれば物語の設定に説得力を与えていました。よくデザインされたお芝居だったとおもいます。いっぽう同じキャラクターの若い頃という役柄の小島明之は物語の時間軸の基になるキャラクターを気負いなく演じていました。さらっと深いその質感が舞台にとってはとても大切で、金子が演じる老人とつながる時間軸を概念から実感に変える力になっていきます。その時間軸が観客にあることで、甘粕やその時代を生きたキャラクターを演じた役者たちのお芝居がさらに深く残る・・・。

それぞれの時代に生きることや突然ふってくるような選択との邂逅。そのほろ苦い感覚に今の重さを感じて・・・。終演後どんどんとお芝居の余韻がひろがっていきます。

北川ワールドにどっぷりとつかってしまったことでした。

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