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さいたまゴールドシアター 「アンドゥ家の一夜」の唯一無二

2009年6月29日、会社の有給取得奨励月間の趣旨に従ってお休み・・・。で、半分あきらめてかけていた「さいたまゴールドシアター:アンドゥ家の一夜」を観てまいりました。

会場はさいたま芸術劇場。与野本町はうちの最寄駅から電車でわずか15分ほど。意外と近いのです。まあ、駅からなだらかな坂を7~8分上がるのですけれどね・・・。

作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ 演出:蜷川幸雄

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

場内に入ると公開稽古場のような雰囲気にまず圧倒されます。

さまざまなシーンを繰り返し練習する老人たちの群れ。そして、それをサポートしていく若いスタッフたち。よく見ると蜷川幸雄氏もあちらこちらを回りながら一生懸命役者たちを指導している。

それは、とても「小」とは思えないスケールをもったさいたま芸術劇場小ホールの空間を十分に満たして余りある風景・・・・。セットもすごくしっかり立てこんであるのですが、役者たちの熱気がそれをなかなか気付かせてくれない。蜷川氏の魔術にその時点で翻弄されていたのかもしれません。

やがて、潮が引くように役者たちが下がって物語が始まります。

役者たちの演技に多少優劣が観られるのは事実。でも、演じることへの真摯さが観客になにかを伝えようという変な力みやあざとさに変わっていないのがすごくよい。観客にそれぞれが演じるキャラクターがまっすぐに観客に降りてきて、エピソードが積み重なっていきます。物語が棒状に語られるのではなく空間が重なり合っていく感触がちゃんとある・・・。プロンプターが一応ついてはいるのですが、よしんば台詞が飛んだとしても、それが大したことではないと思わせるほどの空気の醸成が舞台上にあるのです。

ケラ氏が紡いだ物語も、なんというかカードの切り方が絶妙で・・・。老人が演じるお芝居という遠慮などほとんどないがごとく、大ネタ小ネタ、飛び道具的なエピソードも盛り込んではあるのですが、たとえばナイロン100℃の公演などのように、シュールネタはすっと押さえて。すごくマイルドで理になかったシーンの積み重ねに観客もすっと舞台に入り込める。役者も観客もアクロバティックな離れ業でポイントを押し上げていくピンボールのような高揚ではなく、絶妙に設計されたコルフコースを一つずつ難易度を楽しみながら征服していくような充実感に満たされていきます。

前半登場人物の姿が実直に演じられているから、次第に個々がもつコアの姿が浮き彫りになっていく後半の展開にも無理がなく、ケラ氏ならではとも思えるさまざまな伏線も着実に花開き物語を広げていく。

たまたま、私の席が馬蹄形の席の一番下手側、しかも前から2列目だったもので、舞台をサポートする蜷川氏の姿も近くで拝見できたのですが、台詞を舞台に声掛けしたのは一度だけ。それも立ち往生をなんとかするという感じではなく、ここ一番の部分をがっちり支えるための応援のようなサポートでした。プロンプターというよりはむしろコンダクターといった感じ。

舞台は主人公の人生を俯瞰するような終盤に至ります。そこで、役者たちの年齢がしっかりと武器になって生きてくる。そりゃ、ナイロンの役者たちが演じればもっと鋭いお芝居がクリアに物語を表現してくれるのでしょうけれど、でもこの役者の、あるいはこの座組でなければ絶対に伝わってこないであろう色が舞台には間違いなくあって・・・。それは唯一無二の世界で。

3回のカーテンコールをした観客の拍手、決してご祝儀心なんかではなかったように思います。

これだけのキャラクターを書き分け物語を生みだしたケラリーノ・サンドロヴィッチの評判も、それを舞台に描きだした蜷川幸雄の名声も、そしてこれだけの空間を満たしきった役者たちの年齢の重みも、それぞれに伊達じゃないことを強く感じたことでした。

役者は以下のとおり、40名以上いらっしゃるのですが、この舞台を務められたことへの敬意と拝見させていただいたことへの感謝をこめて:

中野富吉・益田ひろ子・田内一子・小川喬也・高橋清・佐藤禮子・ちの弘子・倉澤誠一・遠山陽一・葛西弘・宅嶋渓・大串三和子・加藤素子・石井菖子・小渕光世・吉久智恵子・竹居正武・美坂公子・北澤雅章・田村律子・関根敏博・宇畑稔・林田恵子・小林允子・徳納敬子・石川佳代・滝沢多江・宮田道代・重本恵津子・森下竜一・竹居正武・神尾冨美子・高田誠治郎・中村絹江・小林博・百元夏繪・谷川美枝・都村敏子・上村正子・渡邉杏奴・西尾嘉十

蜷川幸雄氏の当日パンフレットの中のごあいさつからの引用ですが「優れたプロフェッショナルな演劇人との仕事はもちろん楽しいけれど、それとは別に奇妙なリアルが存在するこの舞台もまた演劇なのだ、と思ってくださるとうれしいです。少々病んではいますが---.。」とのこと。でも、「思ってくださるとうれしい」も何も、私が見たものはまごうことなき演劇の世界。それどころか私は、駅までの帰り道、そぼふる雨の中でなにが観客をこの3時間を超える物語に閉じ込め魅了したのかをずっと考えていたり・・・。

自分でも気がつかなかったのですが、強いインパクトをこのお芝居から与えられていたのだと思います。

「さいたまゴールドシアターのお芝居作り」、ゆっくりと、でもしっかりと、これからも続けていただきたいものです。

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