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殿様ランチ「ねずみの夜」、切れのあるコメディ

7月29日,初日ソワレにて殿様ランチ「ねずみの夜」を観ました。この劇団は初見です。坂本龍馬が暗殺された夜の隣の家での話という怪しさについつい惹かれて・・・。。

で、失礼な言い方ですが、これが期待を大きく裏切るおもしろさでありまして、正直びっくりしました。

(ここからネタばれがあります。公演期間中でもあり、特にこれから作品をご覧になる方は十分にご留意をお願いいたします)

舞台はまるで郷土資料館のような趣き、蓑や笠、水甕などが説明パネルつきで展示されていたり。そこにあらわれたさして興味のない観光客と職員の絶妙に温度差の違う会話が始まります。すでにこの段階で、笑いのクオリティにただものではないと感じるだけのよい雰囲気がただよってくる。しかも、伏線をしっかりと残して、したたかに幕末のお芝居につながれていくのです。

坂本龍馬が暗殺されたという近江屋の隣の家が、義賊のアジトという設定。そこに現れる様々な人々。龍馬暗殺をちらつかせて、その緊張感をスパイスに義賊たちの内幕劇をだれさせない。侍が迷い込んでくるあたりから物語にどんどんと膨らみが生まれて。

笑いの質がすごくよいのです。キレがよいというか、直球や変化球のコンビネーションが自在にツボにはいりこんでくる感じ。さらっと回想シーンを織り交ぜたり、小技をいろいろと入れ込んだり・・・。ディテールをつつくようなネタの瞬発力、時代の垣根をはずしたり、おおきく物語の作りで笑わせるものまで、バランスよく織り込まれていく。さらっとしていて、でも上っ面にならない密度が舞台にしっかりと構築されていて。なんというか、センスがすごくよいのです。

劇中にさらっと挿入される「大政奉還になったって」という言葉のものすごさに思わず吹いた。「動体視力のネタの展開に目を見張ったり。

伏線の張り方などもすごく巧みで、ベタなものから斬新なものまで長短いろいろであきさせない。作り込む限りはがっつりやるみたいな空気が舞台にあって。なにか、昔の東京サンシャインボーイズのテイストを感じたり。

中盤にごくわずかだけ、間が埋められないというか中だるみを感じたのも事実なのですが、それは初日故のことかも。公演期間の後半には解消されていくような感じもします。逆に、流暢に流れていく中での小さなよどみが気になるほどに、舞台上のテンションがしっかりと取られているわけで。

タイトルの「ねずみ」の掛り方も鮮やかに、ラストまで伏線がしっかりと生きて、こういう折り目のちゃんとあるコメディは観ていてすごく気持ちがよいのです。

役者にも凛としたハリと切れがあり、一人ずつの個性がしっかりと描かれているのがよい。ちゃんと個々の役者に常ならぬ個性をつくって舞台を広げていく。だから、「日本を変えるような大事」のすかし方が舞台をしらけさせずに生きるのです。

そうそう、きもの姿の女優陣、所作が凜としてすごくきれいで、そちらにも好感が持てました。

上演時間も「もう少し見たい」と思うほどにちょうどよく・・・。

作・演出:出演:板垣雄亮

出演:

杉岡阿希子・平塚正信・南あゆ美・藤堂敦・小久保剛志・板垣雄亮・小笠原佳秀・相樂孝仁・鈴木じゅん・最所裕樹・柳さおり・服部弘敏

是非にお勧めの、上物エンターティメント。もしかしたら、今公演を観たことが、10年後には自慢になるかもしれません。

R-Club

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ロロと文化村のイベントは画廊繋がり

予想をはるかに超えて心を惹かれたるものを二つばかり。

ひとつはロロの公演。すこし前になりますが21日に観てきました。ここは前回の15MINUTES MADEで観て、既存の感性をすっとのりこえたところに惹かれた劇団。

もうひとつはBUNKAMURA Galleryで開催されている「real Osaka」というイベントのなかのギャラリートークショー。絵をみたりするのは好きなのですが、美術の業界ってまったくわからなくて・・・。でも、そんな私にもこれはおもしろかったです。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意ください)

・いつだっておかしいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校

前述のとおりロロは前回の「15MINUTES MADE」で拝見して、興味を惹かれた劇団です。で、今回の公演、あちらこちらの評判を読んだり聞いたりして、是非に観たくなりあわてて予約。

決して広いとは言えない新宿眼科画廊は当日満席、けっこうぎゅうぎゅう詰め。まあ、1時間程度の上演時間ですから、それも味のうちかと・・・。

内容はといえば、本当に小学生の世界でした。ただ、そこにはかなり大胆な切り口があって、観客から見るとギュッと絞ってそのころの感覚が抽出されている感じ。女の子が提示する小芝居の不思議な理不尽さや、ギターを抱えた少年の歌が変わっていくあたりから、子供からしだい脱皮していく姿がすごく瑞々しく伝わってくるのです。好きという感情が、ただわき起こって相手にぶつけられていくところから、相手の具体的な感性への憧憬に変わっていくような部分に惹きつけられたり。風変りな転校生に見えるものが次第に少年に共有されていく姿がすごくよいのです。

大人になるといろいろと美化してしまうような記憶なのですが、そのヴェールをさらっとはぎとってくれるような力が舞台からやってきて・・・。

知らず知らずのうちに変わっていく少年だけでなく、同級生たちのキャラクターやその温度差にすごい実存感があって息をのむ。先生のデフォルメのされ方もすごく秀逸。

クラスの内側と外側がライティングで切り分けられているところも、物語の枠をしっかり醸成していて、舞台をぎゅっと締めていたようにおもいます。

若干の荒さがあるとはいえ、役者の切れもすごくよかったです。コンサバティブなバレエの動きを取り入れたような先生の動きに感心。しっかりと歌える役者のいる座組のメリットも十分に生かされていました。終幕ちかく、「卒業写真」とプチパンクな歌が重なりながら場内を満たしていくのが圧巻。ベタな盛り上がりではなく、そこに先生や生徒たち個々の姿が切り取られているところにこの劇団の力量を感じたことでした。

脚本・演出 :三浦直之

出演:亀島一徳 北川麗 小橋れな 望月綾乃 長澤英知 崎浜純 池田野歩 椙山聡美

彼らの作り出すものをもっともっと見たくなりました。12月の王子小劇場が今から楽しみです。

・REAL OSAKA‐大阪発12人の提供でお送りします‐

渋谷文化村 Bunkamura Galleryにて開催中の「REAL OSAKA」と銘打った展示を観てきました。大阪の3ギャラリーが共催して、それぞれが押す12人の若手アーティストの作品を展示しています。

で、7月26日に半ば偶然に足を踏み入れたところ、おかけんた氏のギャラリートークを聴くことができました。これがすごくおもしろかった。出典をしているギャラリーのオーナー達とトークをしながら、それぞれの画廊の特徴や視点を浮き彫りにして、さらにはアーティストたちを紹介していくという試み。「大阪的、売り手 作り手 買い手の手の内みせましょか?」とのトークタイトルどおり、三つのギャラリーの個性を見事に抽出しながら、各アーティストの作品が持つテイストを開示していきます。オーナーとの師弟関係のなかで、自らの審美眼を磨き感性を開花させていったという展覧舎の山本啓介氏、3代目としてノウハウをしっかりと受け継ぎながら、自らの感性をそこに展開していったというフクダ画廊の福田晋也氏、事務機器のNo.1セールスから、自らに合う仕事へと転身しその感性を解き放ったという帝塚山画廊の松尾良一氏・・・。

おかけんた氏は、彼らのビジネスとしてのアートへのかかわりあいを隠し立てすることもなく、一方で彼ら個人のアートとのかかわり合いの歴史や想いを実に巧みに引き出していきます。画廊を舞台にしたドラマがしなやかに浮かび上がってくる感じ・・・。

その上で紹介されるアーティスト達のトークからは、表現者としての側面だけではなく、それが画廊によってどのように評価されて観る者に提示されているのかも伝わってきて。

1時間30分、立ち疲れることもなく、おかけんた氏の話芸と彼のセンス(べたな言い方ですが)が作り出す世界に取り込まれてしまいました。

***  ***

そのあと、ゆっくりと展示を拝見。心をがっつり掴まれるような作品が何点もあって・・・

中でも、特に印象に残った作品といえば・・・。

‐倉澤梓 「マチボウケ」

こちらで出展された展現舎画廊のHPを観ることができます。(リンクに問題があるようでしたら削除しますのでご指導ください。

http://tengensya.jp/artists.html#artists07

赤を基調とした駅の風景に、擬人化したうさぎがひとり階段に座り込んでいます。。駅のファシリティがきっちりと描かれていて、なおかつ駅の表示などをみると異国かパラレルワールドのような感じもして。

でも、その世界のうさぎだからこそ、「マチボウケ」の純化された孤独が観る者を強く浸潤していくのです。無機質とも思えるその場所が、うさぎの心情をすっと浮かびあがらせていく。眺めているうちにうさぎの行き場のない切なさに次第に心が同化していく感じ。それはいままで体験したことがなかったような不思議な力で・・・。

しばらく絵の前から離れられませんでした。

倉澤氏の作品は他もすごくキャッチーでした。擬人化されたものに、ふくらみを持った心情を伝える魔法が隠されているよう。「HUMAN EXPRESSION」に英語の動物名がつく一連の作品もそうだし、「コノヤロー!!」という絵のビルを蹴とばす擬人化されたねこにも、ふっと共感を覚えたことでした。

・添野郁 「或る風景Ⅱ」

展示会のHPにこの絵が掲載されています。(リンクに問題があるようでしたら削除いたしますのでご指導ください

http://www.bunkamura.co.jp/gallery/090725osaka/index.html

その吸い込まれるような力にやられました。眺めているうちにある種のトリップ感というか疑似世界の瑞々しい空気の感触がやってくるような・・・。街の音が聞こえてきそうな気がする。その世界の空気に次第に包まれていくのです。

ふっと絵の中の世界に現が取り込まれてしまったような気がする。その世界の、あるはずのない記憶の存在感すら感じる。

ゆっくりと深呼吸してその世界から抜け出しても、帰る場所のない記憶が心のどこかを支配しているように思えたことでした。

添野氏の別の作品、3連作となる「ouraiⅢ・Ⅰ・Ⅱ」には別の力がありました。風景がなく人の往来だけが描かれた作品。人の流れのリアリティに観る者の記憶が風景として絡めとられていくような・・。

こちらの作品にももしばらくその場から立ち去ることを拒むような、力がありました。

なお、今回の展覧会に展示されている作家は以下の通り。

阿部岳史・小沢団子・国本泰英・倉澤梓・小松孝英・添野郁・高橋淳・Chapuri・寺村利規・向井正一・momo・森田存

他の作家の作品も、すごく刺激的で・・・。8月2日までの開催とのことで、渋谷にいかれることがあれば是非にお勧めです。心も体もふっと暑さから解放されるかもしれません。

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JACROW「明けない夜」サスペンスの向こうにみえるもの

2009年7月19日ソワレにてJACROW「明けない夜」を観ました。場所はシアターサンモール。

JACROWのお芝居ってそんなに昔から観ているわけではないのですが、観たお芝居すべてか惹かれるものがあって・・・。今回も当然という感じで観てまいりました。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意ください)

脚本・演出 中村暢明

物語は昭和30年代後半、とある中小企業の社長宅。そこで起こった幼児誘拐事件の顛末を描いていきます。

舞台美術がすごくしっかりとしていて・・・。テレビやステレオが当時の富裕層の雰囲気をうまく醸し出している。また、舞台の下手側に見えない玄関や廊下、さらには階段が設えてあるようで、来訪者の気配や音が舞台に見事に反映する仕組みになっています。この音が観客に事件の緊迫感や現場の実存的な感覚を大きくひろげてくれる。

舞台上では二つの時間が流れていきます。事件後の捜査の進展と、事件に至る3か月前からの出来事と。時間をさかのぼる表現にはスクリーンが使われ捜査が進行する現在と時間を切り分けていく。警察の捜査と事件に至る数ヶ月前からのエピソードが、交互に重なって事件を浮かび上がらせていきます。家庭の事情、中小企業の現実、さらには警察内の事情が絡み合いその内側で翻弄される人々の姿がじわじわと観客に伝わってきます。

シーンごとの密度や切り方のセンスがすごくよいのですよ。観客が物語を見失うことのないように客観的な事実を漸次積み重ねながら、一方で役者たちの醸し出す心の動きをがっつりと感じることができるのです。

やがて、事件は小さな糸口から破綻を感じることもなくしっかりとした足取りで解決に向かうのですが、でも事件の真実が明らかにされることがこの物語の終焉とはならないのです。謎解きが終わっても、誘拐事件の顛末から垣間見える、人間たちの光と闇、あるいは希望と業のようなものから目を離すことができない。

どこにでもあったであろう小さな会社や家庭に内包された悲劇にいたる必然がしっかりと伝わってきて、鳥肌がたつような想いで終幕の暗転を迎えた事でした。

役者のこと、

刑事たちの熱をがっつり持ったお芝居にまず感心しました。本庁の若い刑事を演じた狩野和馬は目鼻立ちがしっかりした演技で舞台に高いテンションを与えていました。感情の揺れが切れ味よく演じられる一方で刑事としての冷静な判断に唐突さを感じさせない。人物像がすごく明確なのです。その上司役を演じた今里真が表現する、警察の利害と真実の追究の狭間に立ったキャラクターから漏れ出す冷徹さにも見ごたえがありました。所轄側の刑事を演じた祥野獣一には現場の実直さが織り込まれつつ警察組織が持つ雰囲気も醸し出して・・・。その上司を演じた立浪伸一の本庁との確執や警察の利害を押し出す演技には底力があってキャラクターの気持ちがよくにじみ出ていたと思います。

被害者となる社長夫婦のふたりの役作りも見事なものでした。仗桐安は二代目社長の視座から見えるものや価値観を力みなくしなやかに表現してみせました。キャラクターの内側の弱さと自己肯定からやってくる狡さの露出がしたたかに露出して物語を動かしていました。蒻崎今日子が表現する女性的な「業」には有無を言わせない力量がありました。ただ、強いだけではなく繊細に表現された感情にはぞくっとするような孤独のにおいや自制できないようないらだちが編み込まれていて・・・。好演だったと思います。その家のお手伝い役を演じた前田彩子は、夫婦との関係をうまく現しながら、キャラクターが持つ正直さを表現していました。単に従順な感じだけではなく、すこし頑固なほどの愚直さが小さな仕草や言葉から伝わってきました。

元従業員役を演じた田中まことには良い意味でのけれんがありました。シーンを跨いでの豹変ぶりには息を呑んだ・・・。でも豹変前の演技がきちんとできているから、その豹変を観客はすっと受け入れることができる。キャラクターの根の部分が揺らいでいないというか、彼女の変化は観客をきちんと道連れにしてくれるのです。

会社の従業員を演じたヤナカエイスケには存在感がありました。昭和の職人気質のようなものが丁寧に表現されている・・・。物語を回すだけでなく、時代の色もしっかりと作り上げていたと思います。岡本篤はやや盲目的な純朴さをうまくキャラクターに織り込んでいました。キャラクターがもつ一途さにかすかな小心さがうまく表現されていて・・・。

堀奈津美からは想いの色や、その想いと現実の乖離に戸惑う気持ちが、時系列ごとにまっすぐにやってきました。回想シーンごとにあらわれる想いから、内なる瑞々しさが褪せて不安に変わっていく姿が少しずつ、でも細部まで確実に伝わってきて。その積み重ねがあるから、観客は最後のシーンの淡々とした部分に恐ろしく透明感のあるリアリティを感じることができるのです。吉水雪乃が演じる日常生活のなかのひとときが、堀の演じるすべてが瓦解した心に生じたひとときと交わる光景に、登場人物たちの「業」が重なり合ったドミノ倒しの終焉がすっと浮かびあがってきて・・・。ぞくっとしました。

橋本恵一郎は、粘り強い演技で物語の外側を括ってみせました。キャラクターが心に抱える宗教への盲従から、彼自身が経験したであろう苦悩がボディーブローのように観客に伝わってくる。物語の進行とともにぎこちないとさえ思える宗教の勧誘ぶりに、彼が逃げ込まざるを得なかった価値観が浮かび上がり、さらにはそうするしかなかったであろう彼自身の内心までが伝わってくるのです。その地味で秀逸な演技は、蒻崎が演じる社長夫人の逃げ場のない絶望と重なってラストシーンでしっかりと生かされました。

悲劇というのは、登場人物達の行動全てに必然がないといけないし、誰一人怠惰ではいけないのだと思います。それを満たし、「悲劇はくりかえされる」ことへの達観にまで至ったこの作品、まさにJACROW演劇の真骨頂かと・・・。

個々のキャラクターを別の角度から見せてくれるという外伝も是非にみたくなったことでした。

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村井美樹のmono*mono語りVol.1 新しいテイスト

7月20日ソワレにて村井美樹のmono*mono語りVol.1を観ました。場所は目白庭園内の赤鳥庵。

目白駅からちょっと入った場所にこんなところがあるなんて・・・、東京は懐が深い。豊島区立だそうですけれど、こういうところがしっかりメンテされるところが東京の都市力なのでしょうね・・・。ちょっと感心。

内容的には落語を一席と、太宰治作の小説のリーディング(パフォーマンス)でしたが、どちらの作品にもじわじわと観客を引き込んでいくような力があって・・・。

超満員の客席に雰囲気も整って、村井美樹ならではの世界を楽しむことができました。

演出:吉川敏詞。 落語については春風亭百栄師匠が監修をされています。

・金明竹

たっぷりの拍手に押されるように出囃子に乗って登場。枕も無難な感じ。春風亭百栄師匠にとんでもない名前をつけられたというくだりから、すっと噺に入ります。

前半のバカ小僧とのやりとりは、女性が演じるということで旦那の役回りがおかみさんに振りかえられているのですが、このおかみさんがすごくよい。いやみのない色香に加えて、ちょっとした感情の動きや、後半に垣間見せる小狡さにまでも不思議な実存感があるのです。演じるという部分での女優としての力量が生きているのでしょうね、むっとしたときの表情などに感情がしっかりと折り込まれていて。

一方の小僧も今様に仕立てられていて、それが加賀屋からのお使いの言い立てと不思議にマッチする・・。

その言い立ての部分が、大向こうを唸らせるほどに見事でした。くっきりした発声にあざとさを感じさせないイントネーションで、流れるように語られていく。3度の言い立ての早さもそれぞれに絶妙にコントローされていて。グルーブ感すら感じるほど・・・。これで客席が一気に暖まりました。そこからの旦那とおかみさんの珍妙な会話は彼女の手の内という感じ。ふくらみが高座にうまれて、落ちもすっと決まったことでした。

燈籠

太宰治の作品。

がらっとふすまが開き、ちょっと伝法に呟く思い・・・。冒頭のどこか投げやりな感情表現がさらっと観客を物語の世界に引き入れます。淡々とした前半の語りに主人公の日々の鬱屈がに折り込まれていて・・・。行き場のない気持ちが吹っ切れると、盗みから交番での開き直りの部分での主人公の箍の外れたような昂揚が一層鮮やかに演じられていきます。

主人公が持ち合わせている性格のようなものが、語られる言葉を凌駕した空気として観客に伝わってくるのです。

だから、鬱屈した雰囲気を覆すような電球の光のエピソードにも沁み入るような力があるし、スノッブな手紙を投げ捨て窓を開け放って叫ぶシーンが鮮烈であっても唐突には感じない・・・。夏から秋にかけてのひととき、風鈴の音に目覚めた女性の、感情の抑揚がやわらかに余韻として観る者に残るのです。

役者の力量からすると、さらにひろがる余白はあるとおもうのですが、でも、作品に内包されている主人公のヴィヴィッドな感情は十分な密度で表現されていたように思います。

***  ***   ***

この企画、Vol.1とのことですが、継続されれば、興味深いものが生み出されていくように思います。村井美樹の持つ引出しはまだまだたくさんありそうで・・・。年に1度くらい、彼女のライフワークとして会を重ねていくことができれば、今回のテイストがいずれは独自の境地へと昇華していくような気がするのです。それは彼女にとっても、観客にとっても大きな財産となるのだろうし、彼女から溢れたみずみずしい才がこの一度の公演だけというのは、あまりにもったいない気がするのです。

R-Club

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カニクラ 「73&88」伝達の補助線が浮かび上がらせる現実の不自由さ

7月16日ソワレにて、カニクラ公演「73&88」を観てきました。会場は五反田のアトリエヘリコプター。

久しぶりに訪れてみるとマンションのモデルルームのような建物がお隣にできていてビックリ。

開演前から物販でメロンパンや水を販売していて・・・。メロンパンは終演後に購入して、自宅で夜食がわりに食しましたがどちらかというとお菓子テイストでとてもおいしかったです。

まあ、お芝居自体はもっとおいしかったですけれど・・・。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意くださいませ)

作・演出 柴幸男

舞台には気持ち良いほどなにもない。素舞台ってこういうのを言うのだという見本のよう。よく見ると下手奥にはラジカセが置いてあってそこから耳障りにならない程度の音楽が流れていて・・。

で、開演時間になると出演者がさりげなくラジカセをかたずけて、その流れて舞台の中央にやってきて。

役者の観客に対する素の挨拶があって、そのままシームレスに仮定の世界に入り込んでいきます。このながれの自然さに秘められた力があって、なんというか肩の力が抜けた無抵抗の状態でそのまま舞台の世界に引き込まれてしまいます。

女性同士のテレパシーでの会話、最初の困惑からやがてスムーズに心が広げられていく様がすごくヴィヴィド。ふたりの中にある違和感が氷解するなかでそれぞれの生活の息づかいまでが沁みこむように伝えられていく。

それにくらべて男性感のテレバシーのやりとりにはちょっとうざい感じもあって。でそれがある意味すごくリアルに思えるのです。やわらかな拒絶と依存が同居するような部分がなにかすごくわかる・・・。

それらのシーンに重ね合わされて演じられる電話や直接会話するシーン、特別なデフォルメもない会話の中から言葉をさまたげるようないろんな想いが浮かんできて、夫婦と姉弟がリアルな質感で話すなかでの、そこはかとない不器用さや不自由さがすごく自然に伝わってくるのです。

toiで柴氏が演出した公演を観た時にも感じたのですが、柴氏がリアリティにちょっと加えた補助線のような設定や仮定には現実をさらにクリアに見せる魔法のような力があって。その力は役者たちの「実」の入口から仮定の世界を導く誘導灯となり、さらには仮定の世界から「実」の世界を見つめる視座を観客にあたえていく。

観客が身構えることもなく、ありがちな夫婦や家族(姉弟)の関係が透視図のように浮かび上がってくるのです。

役者のこと、カニクラの二人には素舞台でのお芝居を十分に支えうる表現力との安定感がありました。川田希のお芝居には生活のナチュラルさがありました。主婦としての毎日の生活感覚がきちんと演じ切れていたと思います。平凡を描く難しさって絶対あるとおもうのですよ。その部分をきちんと取り込んだ上で表現される生活の惰性とみずみずしさがすごくよくて。宝積有香には仕事をする部分での緊張感のようなものがありました。主婦とは違った背負うものが直接の表現だけではなく小さな仕草からも伝わってくるのです。

坂本爽が表現する男性が背負うものには、しっかりとした実存感がありました。個性ともいえる生真面目さがある種の暑苦しさとなって観客に入り込んでくる。妻との会話での不器用さには実直さが混在していて・・・。観客の心に入り込んでくるようななにかがありました。

玉置玲央はこれらの役者のなかでも演技の解像度が抜きん出ている感じ。たとえば姉に電話するシーンでのわずかな沈黙から心の揺れの振幅一つずつがくっきりと見えるのです。で、自らの演技を絶妙にコントロールして宝積のお芝居をきちんと生かしているところがすごい。このお芝居での唯一のけれんは玉置演じるキャラクターが事故を起こすシーンあたりなのですが、物語のトーンからはちょっと違和感を感じてもおかしくないはずなのに、彼の秀逸な表現力はそれをすっきりと舞台の流れに収めてしまうのです。逆立ちをしながらの彼の表現のしたたかさには舌を巻きました。

それにつけてもこの透明感と深さはなんなのでしょうね。すっと過ぎていく上演時間、別段の高揚もないのに、心の中にはいっぱい残されているものがあって・・・。その後味が深く湛えられた水のごとくすごく豊かなのです。

帰ってきてメロンパンを食べながら、お芝居の記憶が戻ってきて、その向こう側で自分がある人に本当に言いたいことってなにかを真剣に考えたり・・・。それがおいしいかどうかは別にして、ふっと自らの記憶までが別の色にそまったことでした

R-Club

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「向日葵と夕凪」「ギドクラッチ」たっぷりの見ごたえ

凶事のお話しからで申し訳ないのですが、実は金曜日が従兄弟のお葬式でした。某飲料メーカーに勤務して、健康診断で再検査の指示が何度も出ているのを無視して働き続けたとのことで、病院に行った時には非常に厳しい状態になっていたそうです。

人間、健康が一番だと痛感することしきり・・・。一方で、所詮人間の命には限りがあるのだから、自分のしたいことをしなければとも感じて。で、土曜日には偶々用事があっていったビックカメラでドラクエⅨを衝動買いしたり・・・。先週はお葬式と極上のお芝居、さらにはダーマの神殿での転職への迷い(ドラクエの話です)が混在した、ちょっと不思議な一週間になりました。

で、ドラクエⅨは死ぬほどWeb上を賑わせているしお葬式の話をここに書くのもなんなので、良質なお芝居のお話を・・・。

・「向日葵と夕凪」七里ガ浜オールスターズ

8日に観劇しました。

脚本 日々野克己 演出 瀧川英次

男優たちのしなやかなお芝居から醸し出される時間と女優たちのまっすぐに語られる心情の深さに取り込まれてしまいました。

とある海辺の街、一人の美術教師の死からゆっくりと何年もの時間が浮かび上がっていく。めぐり合わせの偶然と、めぐり合ったものから浮かび上がってくる想いの普遍性。それほど長いお芝居でもないし、物語も特に奇をてらったものではありません。でも、観客の手のひらにのせられたズの物語に詰まった登場人物たちの想いが深くしっかりとして驚かされる・・・。

男性たちの想いに若いころへのノスタルジーが薫るのと対照的に、女性たちが会話の中で明らかにしていく想いは内に深く根を張っていくような強さを感じて。

8つ離れたという設定のふたりの女性の会話は本当に見ごたえがありました。それぞれの学生時代に共通に経験した事象もさることながら、その先にある人を想う気持ちの普遍性を伝えきる二人の演技に息を呑んで。互いの想いの語り方には飾りがなく、むしろ朴訥な印象さえあるのですが、一方でやわらかく強く露出してくる内心にはぞくっとするような生々しさがあって。やがて、二人の会話から病院の前でたたずんでいるそれぞれの姿が風景のように現れ、さらにはその後二人が過ごしてきた時間が舞台の密度を支配します。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            一方男優が演じるキャラクターの想いの表層が経年変化していく姿は、どこか洗練を感じさせる語り口で表現されていきます。二人の役者に生まれたテンションに彼らに流れた時間が表現され、さらには彼らの心に残るものが透けて見える・・。同じ時間に対する男女間の対比、特に「想う心」の男性と女性の質感の違いが終盤の舞台に立体感を与えて。

物語の綾にも引き込まれ、もうひたすら見入ってしまいました。

役者のこと、山崎ルキノからやってくるヴィヴィドな想いの表現にまず瞠目。想いがこぼれはじめる時の表現がすごくナチュラルで、しかもそこからのお芝居にしっかりとしたボリューム感があるのです。緻密に重ねられていく表現に時間の尺を湛えた一人の女性の姿が浮かび上がっていきます。感情の揺れの瑞々しさに目を見張る。デリケートな心の動きがボリュームに負けないしなやかさをもって舞台に映える感じ。キャラクターのどこかにある依怙地さのようなものも、すっとその雰囲気に折り込まれて・・・。しかもその秀逸さは舞台を独り占めするのではなく共演者の演技をしっかりと生かしていく。

松本美香は初見ですが、彼女にしか出しえないであろう個性を感じて・・・。愚直ともおもえるまっすぐな台詞回しが観客に積みあがると、そこには常ならぬ感覚が醸成されていきます。どこか麻のようにさばさばとした雰囲気を持ちながら、昔の日々の熱が次第に増してきて、最後にはくぐもった炎の色が彼女の言葉の内側にはっきりと感じられるようになるのです。山崎の演技の秀逸さともしなやかに絡んであれよあれよという間に彼女の世界の取り込まれてしまいました。

山本佳希のお芝居には折り目正しさと滑らかさがあって、でも女性たちのお芝居に内側の色が変わっていくようなしなやかさを同時に感じました。自然体のお芝居のなかで松本の演技からやってくる密度の満ち干を内側に収める大きさをさりげなく舞台に作り出す。そのときの安定感がすごいのですよ。山本の演技がぶれないことで松本のお芝居から伝わってくるものが間違いなくあって・・・。夕凪を眺めるときの視線がとても印象的でもありました。

瀧川英次のお芝居には切れがありました。そして、山本が松本の演技にたいしてそうであったように、瀧川の演技も山崎のお芝居の行く先をしっかりと支えて見せました。軽い語り口のなかにどこか生真面目な部分があって、その生真面目さが物語のスパイスのようにもなっていて・・・。

向日葵の咲く公園に吹く風や夕凪に輝く海、海辺のいごこちのよさそうなバーに流れた時間。その味わいに心がゆすられたことでした。

・「キドクラッチ」ドリルチョコレート

作・演出 桜井智也

9日ソワレにて観劇。中野アクトレは初めて。不思議な居心地の良さがある劇場・・・。

物語はすこしさびれた海水浴場の海の家。そこの経営主のおばさんとバイトの男、さらには何人かの客が現れて・・・。

馴染みの男性客に初めてらしいカップル2組。

枠がどこかはずれた会話劇がとにかくおかしくて・・・。根本にあるのはボケと突っ込みだと思うのですが、女性たちの話のベクトルの歪め方や男性たちの諦観がかみ合わないはずの会話を絶妙に成立させていく。とにかく会話の中身の飛び方というか外し方が並はずれていてそれだけでもう十分魅了されてしまう・・。

というか、あの会話のかみ合わなさやものすごい切り返しは櫻井作劇ならではのものかと・・・。

男女のカップルが男性どおし、女性通しに別れて会話をして・・・。そのかみ合い方に不思議なロジックが浮かび、観客をなっとくさせてしまうのです。サリバン先生とヘレンケラーの比喩なんてゾクっとくる。私的には本当にツボで・・・。

そこに、おばさんの昔の恋心と七夕を連想させるような物語が重なっていきます。妙にチープでロマンチックな色遣いで、ゆく夏の哀愁までがきちんと作られていく。で、すっと良い話にまとまったかと思いきや、その物語の屋台崩しみたいなことをさらっとやってくれるわけですよ。

ほんと、すごいなと思います。

櫻井智也の切れ味は相変わらずするどく、狂言回しよろしく物語をすすめていきます。ぞくっとするような突っ込みが舞台のトーンを作っていく。それをさらっと受け流す小椋あずきのお芝居にはなんともいえないゆとりがあって、物語の世界に不思議な実存感を与えていきます。おばさんを演じきることによってロマンスを抱く姿をきっちりと浮かび上がらせる。どこかピュアな部分をしっかり残すところに彼女の演技を深さがあって。

有川マコトの記憶喪失的な部分にもすごくよい味があって。最後に法則を崩す部分のあざとさをすっと消し去るような懐の深さを感じました。繊細に演じられたずぶとさというか、ある種超然としたニュアンスにいやみがなくて・・・。

ふた組のカップルも見ごたえがありました。近藤美月の飛び方にほれぼれ。何か突き抜けたようなお芝居に不思議な安定感があって。キャラクターにぶれや破綻がまったく感じられない。貫くような強さが芯にあって、それがすごくしなやかにみえるのです。それを支える川島潤哉のお芝居にも底力を感じました孤高のつっこみみたいな部分がすごくよい。前回のソロ公演での印象が強い彼のさらに別の一面をみることができて、彼の役者としての間口の広さを感じたり。

吉田久代の色も舞台に広がりを与えていました。強さが目立つのですがどこか常識的な匂いがきちんと織り込まれている。声質もなんかよいのですよ。それを受けた中川智明の存在感には力みがないのがすごくよくて。こういう役者ざんが一人いると舞台全体によい密度が生まれるように思います。

MCR、Co-richの舞台芸術祭でグランプリを取りましたね。まあ、私も受賞作や他の候補作をいくつか観ていて大接戦ではあったろうなとは想像するのですが、当該作品を観て櫻井氏にしか造りえない世界があることを再実感していたので、この受賞はうなずけるものでありました。でも、10月の公演はチケットが売れるでしょうね・・・。とりっぱぐれがないようにがんばらなければ・・・。

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世界名作小劇場「ー初恋」、コメディだけではないなにか

2009年7月15日、シアター711にて世界名作小劇場「初恋」を観てきました。

ちらっと噂には聞いていたのですが、それでもこの劇場の後部席のシートにはびっくり。元映画館ということで、通常の劇場ではありえないふかふかさ・・。これ、長時間観劇には絶対良いかも。ただ、眠らないだけのクオリティが舞台にあることが条件ではありますが・・・。

で、今回のお芝居、眠らないどころか、充分に観客を覚醒させる力に溢れていました。

(ここからネタばれがあります。充分にご留意ください。公演中のお芝居ですので、これからご覧になる方は格別のご配慮をお願いいたします)

作:土田英生 演出:黒澤世莉

舞台はとあるアパート。4人の男性が暮らしています。4人ともゲイ、けれどそれぞれに求めるものが違っていて。男性しか愛せないことは共通しているようなのですが、女性化への憧れの度合いが異なっていて・・・。自らの願望を開放してアパートを出て行った男性も時々やってきます。どうもその地域からはあまり良く思われていないらしい。

4人の男性が一目置いている女性がひとり。父親からそのアパートを譲り受けてそのまま管理人になっています。牛乳や水などを届けにくるヤクルトのお姉さんのような女性が出入りしていて・・・。

そして、男性の一人が女性に恋をしてしまうのです。

男性が女性を好きになったことをカムアウトするくだりから、その相手がわかるくだり。相手のヤクルトお姉さんがそのアパートに入り浸る理由が顕わになって、さらには男性と女性の不思議な恋の行方が描かれて・・・。

さらには、近隣からの迫害が激しくなり、カムアウトした男性だけでなく全員がアパートを出て行く中、もうひとつの恋が明らかにされて・・・。

黒澤演出は、ゲイというひとくくりに認識されがちな男性たちの個性や内心を、実に丁寧にさばき分けていきます。
男優達のお芝居に十分な深さがあって、一人ずつが授かったものやそれぞれの関係が、台詞や言葉の言い回しやコンテンツだけでなくもっと深い部分の共鳴や拒絶としてきちんと伝わってくる。
表層的な滑稽さだけではなく(たとえば男性がおねえ言葉を使ったり女装をすることにたいする違和感から発するような笑い)、もっと深いところにある感覚の温度差や人の気持ちの不器用さからくる滲み出るようなおかしさが醸しだされていくのです。

そこに食い込むような二人の女優の出来も抜群で・・・。
男性たちの個性に埋もれることなく、女性としてのしなやかな色でキャラクターの核に仕舞われていたピュアな思いを瑞々しく表現されて。

女性を愛した男性と、男性に初めて(?)愛された女性が二人だけで夕暮れから夜までを過ごすシーンがすごく良いのですよ。ほとんど会話もなく、時間が経過していくなかで、ぎこちなくはぐくまれていくものの表現がすごく秀逸。また、終幕近くの愛の告白シーンからがっつりとやってくるものがあって。その清廉で生々しい想いと、それを受け入れない高潔ながんこさのすれ違いには、観客が息を呑むような力がありました。

役者のこと、窪田道聡はキャラクターのストイックさを見事に表現していました。男性達が自ら内包する女性的要素の処し方について、基準点となる役回りなのですが、そのぶれなさとぶれない故の孤独のようなものがしっかりと伝わってきて。頑ななだけでない想いが垣間見えることで、物語全体が柔軟性を持ったような感じもしました。女性的な要素の処し方という意味で、窪田と対極にあるキャラクターを演じた酒巻誉洋のお芝居にも迫力がありました。まあ、バナナ学園純情乙女組でも彼の化粧姿は観ているのですが、男性が客観的に観ても綺麗で、しかもその美をキャラクターに取り込むことにあざとさを感じさせないしなやかさがあって。吹っ切れる表現が見事で、なによりも芝居のメリハリがキャラクターのふっきったような安定をがっつりと伝えてくれるのです。舞台の最前面を窓際のように見立てて観客に挑むように演じるところには観客を押し込むような迫力があり、それが、吹っ切れずに揺れる他のキャラクターの苦悶を鮮やかに浮かび上がらせていきます。その一方で強いお芝居になればなるほど女性的な部分を損なわない繊細さが裏打ちされていて・・・。

信國輝彦は男女の間で揺れる男性を実直に描いてみせました。どこかでプライドが瓦解することへの不安と、自らに正直にあることへのとまどいが舞台にフィットした地味めのトーンでつたわってきます。弱くて隠すのではなく強さを捨てられないから隠すようなニュアンスがすごく丁寧に表現されていて、舞台の色に重さと厚みを与えていました。小野篤史が男性から女性に雪崩れていくような想いからやってくる戸惑いと光にはリアリティがありました。彼の不器用さや幻想と現実の違和感を修正することへのためらいの表現には無理がないのです。男性が女性へと変わることが0/100の概念ではなく幻想をゆっくりと蓄えていくような作業であろうということが、彼のお芝居からやわらかく伝わってきました。

武田力は逆に女性の部分を切り捨てていく役回りなのですが、そちら側のためらいにも説得力がありました。女性を恋してしまったことへの戸惑いが確信に変わっていくお芝居が、概念でなく積み重ねられる細かい心情の表現から伝わってきて、それゆえ言葉使いやしぐさと裏腹の同性への愛情に対する拒絶感にも唐突な感じがしないのです。こいけけいこと二人で過ごす時間のどうすることもできない感じもすごくよかった。

そのこいけけいこ、「、「怪演」の称号を差し上げたくなるような勢いのある突き抜けた演技で舞台の雰囲気を常ならぬものへと引き上げていました。男性たちそれぞれの醸し出すナイーブさで沈みがちな舞台に、彼女の土足で踏み込むようなデリカシーのないストレートさがみごとにヒットしていく。その間がすごくよいのですよ。舞台を一瞬に染め変えるような台詞が、びしっとヒットして舞台を開放していく感じで、その落差こそ上質なコメディの醍醐味。しかも、彼女の悪意のなさが一瞬ずつの演技にしっかりと表現されているからそれがあざとくならないのです。派手にかぶくような演技に目を奪われているうちに、水面下ではしっかりと彼女のもつシャイな部分が演じられているのです。後半の女性的な部分の表現にも違和感がなく瑞々さすら漂わせていて、そちらがわの落差でもこいけは観客を惹きつけていました。

津留崎夏子は前半の演技での男性たちとの会話がすごく自然体で、観客にとっての無意識の領域に彼女の存在を積もらせていくような部分もあって。出演者の方のブログで演出の黒澤氏がこの作品を「ゲイ版メゾン一刻」だとおっしゃっていたという話を読みましたが、私が前半彼女に重ねていたのも音無響子さんのイメージ。ニュートラルなポジションと善意でで個性の強い周りを実直に束ねていく姿が、彼女のお芝居だとすっと受け入れられるのです。その一方でelePHANTmoonの公演で衝撃的とも思えるラストを演じた彼女の力量が今回、ラストに近いシーンでもいかんなく発揮されます。淡々とした言葉からすっと垣間見せる内心の想いの強さ・・・、息を呑みました。

舞台装置もすごくコンパクトで効率的。二階への階段の部分については、一番最初のシーンですこしだけ戸惑いましたが、慣れると、その家全体の広さを感じながら動きを一覧できてすごく見やすい。

終演後、劇場前でしばし夜風を楽しみながら、劇場の良質な作品に触れたときに感じる観終わった後の心の膨らみをたっぷりと感じた事でした。

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「「UNO:R」「ひばりの大事な布」「GOOD DESIGN GIRL LOVES ART」(先週の3作

ちょっと遅くなりましたが、先週の3作をずらずらっと。

(コンテンツにはネタバレがいっぱいです。十分にご留意ください。)

・「GOOD DESIGN GIRL LOVES ART」(Bバージョン)@Le Deco 5th

作・演出は伊藤伸太朗

3本の20分強の短編として観てもいろんなニュアンスがこめられていて楽しめました。あの場所での緻密なお芝居ですからそりゃ観ていて引き込まれました。個々のキャラクターのテイストがほんのすこしあざとく出ているところもすごくよい。

前提になっている大きな物語の匂いをあらかじめ折り込みパンフレットなどで打ち出していることがボディーブローのように効いていて、伊藤伸太朗のキャラクターなどにも統一感があるので、短編といっても観る側には世界感がなんとなくあって、それが観ているものを物語にうまく誘い込んでくれる。

台本にはいろいろとプチエロなイメージがちりばめられてはいますが、それとは別に物語自体に骨がきちんと隠されていて・・・・。バランス感覚が絶妙。重くもなくそれほどチープな感じもなく楽しめました。

伊藤流のこういう遊び心、個人的に決してきらいではありません。

女優陣もそれぞれに見ごたえがあって。あの場所での緻密なお芝居ですからそりゃ観ていて引き込まれました。

本田留美の演じる小学生は、伊藤の演じるキャラクターを受ける感じの強い演技でしたが、そのなかに伊藤が惹かれるだけの魅力をがっつり醸し出していて・・・。太田美登里は一見飛び道具風なのですが、ペーソスをしっかりと観客側に与えてくれる。観ていて不思議な安心感もあって

松崎みゆきには伊藤と渡り合えるだけの懐の深さのようなものがありました。ちょっとオカルトのテイストもあるお芝居ですが、そこへの入り込み方がうまくコントロールされている感じ。けれんもありましたがそれに動じず全体の物語の枠をうまく維持していたと思います。

ハマカワフミエの美少女はもうそれだけで存在感があって。しかも比較的太い演技のトーンをがっつり維持できる力もあり、見惚れてしまう。帯金ゆかりの演技の鋭い立ち上がりと舞台の色を染めきるようなハイテンションには今回も瞠目するばかり。でも、ただいたずらに感情の高さを演じるのではなくメリハリがしっかりとある演技でもあったりで、その存在にある種の貫禄を感じるほど。伊藤の存在を殺すことなく、舞台全体の熱を上げていくようなハマカワと帯金のからみには稀有とも思えるな見ごたえがありました。

いやぁ お世辞でもなんでもなく、全編観たいと思いました。スケジュールの関係でかなわなかったのがとても残念。

・「UNO:R」 アップフロント エージェンシー@池袋シアターグリーン

空間ゼリーの坪田文作・深寅芥演出作品。メロン記念日の4人がメインで出演するとのことで超満員。劇場の外にはあまりチケットを求める人が多数出るほどの大盛況。

とある地方都市の喫茶店が舞台、雨の夜に現れた同窓会帰りの3人。夫婦でやっている喫茶店のマスターは彼女たちが卒業した学校の先生らしい。でも彼が同窓会に参加することはなかった。

もう一人、同窓会に参加しなかった女性、彼女は東京で中堅のタレントをしているらしい。

雨の夜、閉店間際の喫茶店にやってくる人々の間で在学中に亡くなった友人のことが次第に解き明かされていきます。

坪田文の脚本は舞台に絶妙なフォーメーションを作り上げ、そこから彼女たちの物語をほどいていく・・。

マスター夫婦に加えて、雨宿りがてらの前半の新人演歌歌手とマネージャーをまるで鑿のように使って少しずつ固まったものに割れ目を入れていく手腕が絶妙。

さらにタレントになって街を出ていった女性が加わり、彼女たちのもう一人の友人だった女性の妹が登場することによって過去の物語がばらばらとほどけていく。

しかもばらし方を一本道にせず、いくつもの糸をほどきあいながら芯を垣間見せていくようなところが坪田作劇の凄さで・・・。

メロン記念日の4人も、物語内でしっかりと自分の旋律を演じきって大健闘でした。力のある脚本と演出は、メロン記念日(斉藤瞳、村田めぐみ、大谷雅恵、柴田あゆみ)のメンバーに単なる当て書きで役を演じさせるのではなく、役を演じるのがたまたまメロン記念日のメンバーだったというところまで、しっかりと役者たちを追いこんでいましたしね。坪田文的技量ももちろんあったのでしょうが、同時に深寅演出が彼女たち個々のもつ役者としての力を丁寧に引き出していたように思います。結果、舞台役者としての彼女たちは及第点を持って機能していた。一人ずつのキャラクターがそれぞれのベクトルを持ってしっかり立っていた。解き明かされていく時間のなかで変化していく想いがきちんとお芝居にのって色を醸し出していたというか、坪田脚本を遜色なく具現化していたというか。

まあ、前半部分は、主として演じられていない部分の空気が停止してしまっていたような感じがして、そこだけがひっかかりましたが、それとて後半の勢いをさらに強調するための手腕にも思えて・・・。

また、それを支える役者たちも実に安定していました。マスター夫婦の作り上げる舞台の枠のような部分がすごくしっかりしている。成川知也は狂言回しとして揺るぎのない演技。舞台全体の密度をしたたかにコントロールしていました。平田暁子にも力がありました。間の取り方のうまさやせりふの通りが突出しているし、ナチュラルでありながら舞台の空気をすっと変えるような力があって。舞台全体の下支えをするにとどまらない彼女のお芝居がしっかりと出来ていたように思います。一戸恵梨子の存在感も大きかったですね。特に前半の舞台をあたためて見せました。キャラクターの作り込みがしっかりできていると思うのですよ。だから華の部分とプライドと売れないドサの雰囲気がうまくかみ合っている。半田周平のマネージャーは、ちょっと演技が生真面目過ぎる感はあるものの、キャラクターの持つ「我」の出し方に切れがあって、要所での物語へのつっこみは物語にメリハリを与えていたと思います。武田朋子も舞台に強い印象を与えていたと思います。

西田愛李のお芝居力にも目を奪われた。緩急や陰影のメリハリがしなやかで、ここ一番の高揚も表現できていて。この人、観るたびに演技の奥行きが増しているような・・・。

坪田・深寅コンビの作劇にとりこまれて、小難しいことを何も考えずお芝居を楽しんでしまいました。

ひばりの大事な布」 ろりえ@早稲田どらま館

ろりえは前回につづいて2回目。

前回は勢いに乗せられて最後まで観てしまった感がありましたが、今回は物語がきちんと収束して、テーマもしっかりと観客に伝わっていたように思います。足もとがぐっと固まってきた感じ。

そりゃ、けれんや猥雑な部分がなかったとは言わないけれど、「男女(?)間のもう一言があれば、あるいはもう一歩踏み出せば・・・」という話にはまっとうな力を感じたことでした。蜘蛛の巣のように繋がっていく人間関係の中で、デフォルメされたものであっても個々の女優の芝居力が伝えるものには観客が十分に受け入れうる実体があるのです。

人によって好みはわかれるのかもしれませんが、突きとおすようなニュアンスがどこかチープな感触とともにするっと入ってくる。えっと思ったり下卑に笑った後でけっこうじわっとくるような感じが心に広がることが多々あったり・・・。

終盤のけれんが生きるのはそこまでに満たしているものが舞台上にあったからかと。客いじりはべたといえばべたなのだけれど、きちんと観客を味方につけていたというか・・・・。観客に声を出させる説得力を感じました。

出演は以下のとおり

梅舟惟永、斎藤加奈子、志水衿子、徳橋みのり、内田雄大、奥村徹也、高木健、松原一郎、宮崎みほい、吉江浩、横山翔一、安田裕美

梅舟惟永のお芝居は劇団競泳水着の時よりさらにヴィヴィッドで、自由度を高めて、どこかに甘えがある女性を実直に描いてみせました。しなやかさがあってナチュラルさに満ち人を引き付ける・・・。実はすごくユーティリティのある女優さんなのだと思います。

斎藤加奈子もくっきりとした場を作りあげました。キャラクター設定もあってか観ていてすがすがしい。するどくてもキンキンした感じがないのも魅力かと。志水衿子のテイストもはシュールな役回りに乾いた切なさがひろがって。すごくキャッチーな感じがしました。

徳橋みのりにも存在感がありました。ずっと化粧を続ける前半が後半の展開にしっかりと効いてくる。物語を貫くお芝居に揺らぎがないというか・・・。舞台の広がりよりもさらに大きくお芝居を広げる力があって、舞台をがっつり構築していたと思います。

他の役者たちも、荒業をもろもろこなししっかりと舞台を支えていて・・・。役者の真摯さがきちんと舞台から伝わってくる。すごく締まった舞台をがっつり構築していたと思います。

余談ですが・・・・。前回の冒頭といい、今回の客出しといい、ここのダンスからは麻薬的ななにかがやってきます。役者は凄く体力を消耗しそうなダンスなのですけれどね・・・。観ている方は確実にハマります。で、今回は観客全員がはけるまで踊り続けるという恐ろしいことをやっておりました。

この劇団、なにかちょっと通常の間尺に合わないようなすごさを感じるのですよね・・・。もちろん褒め言葉ですが。

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キリンバズウカ 「スメル」ウィットに潜んだ表現のすごさ、それを支える役者のすごさ

2009年7月4日、キリンバズウカ「スメル」を観ました。場所は王子小劇場。実はこのお芝居、10日前にワークインプログレスを拝見させていただいていたのですが、その時にも本当に心を惹かれて・・・。

で、初日に観た本番は・・・・、WIP時の期待をはるかに上回るものでした。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください。特にこれから公演をご覧になる方は、格別のご配慮をお願いいたします)

ごく近未来、職がないと東京から退去を命じられるという永住禁止条例によって、東京に住むためにごみ屋敷の清掃をせざるを得なくなった若者たち。その家に暮らす母親の歳ほどの女性に関わらざるを得なくなって。東京に出てきて定職を得ることができず、でも帰郷する気にもなれない、戯曲上の表現を借りれば帰るタイミングを失った者たちの姿が浮かび上がってきます。

一方、その家に本当にしばらくぶりに娘が帰ってきます。ゴミの整理に来ていたメンバーの中に元の同棲相手を見つけたりするなかで、母親との確執や、不治の病に冒された彼女の諦観が少しずつ明らかになっていきます。

ゴミを集めることをやめない女性と、そのゴミを整理することによって東京での暮らしを続ける人々、さらにはその娘から広がる繋がり・・・。架空の条例によってデフォルメされた世界の中に、帰る場所があってもその場所に住みつづけたい気持ちや住むことができても帰る場所がない不安定な想いが、高い解像度をもった表現のなかで観る者を浸潤していきます。観客に沁み込んでくる様々な想いには、さりげない表層と裏腹に常ならぬ深さがあって。

作・演出の登米裕一は、ウィットの効いた語り口で、舞台上のキャラクターたちが作り上げる世界に観客を引き入れていきます。また、それを具現化する役者たちにも底力があって、ぐっとひと膝前ににじり出たくなるようなシーンが次々と重なっていきます。

たとえば、浦井大輔が演じる男が深谷由里香の演じる女性に結婚を匂わされて感極まり嗚咽するシーン、浦井のリアクションは深谷が伝える想いとどこかずれていて客席に笑いが起こります。でも、浦井はそのずれを単なる滑稽に終わらせず、彼の内側に積もっていた想いとして観客に伝えていくのです。さらには深谷がしなやかに表現したキャラクターの想いまでもすっと舞台に映えさせる。

細野今日子が永山智啓に頭突きをくらわす場面なども凄くよくて。永山の話を聞いた細野の気持ちの変化が、頭突きのあとの一呼吸の沈黙からしっかりと観客に伝わってきます。コメディエンヌとすら思える細野の無表情は、観るものを彼女の想いにすっと染めあげたうえに、永山が醸し出すちょっとへたれなどうしようもなさに実存感を与えいくのです。

それらを含めたたくさんの秀逸なシーンは、単にキャラクターの色を場に供するだけではなく緩やかな波紋を舞台に残していきます。時間差のように現れる波紋の重なりからキャラクターの心情がストンと観客に入り込んでくる。WIP時には、どちらかというと一つの事象として淡々と演じられていたシーンの多くに絶妙なふくらみが生まれていて、ほんと、よくここまで作り込んだと演出や役者の力に感嘆するばかり。

なかでも母と娘のやり取りは実に見ごたえがありました。お互いにぶつかり合う姿には母娘だからこその距離感があって。そこには当然に家族というか血のつながりが浮かぶ。ぶつかり合うからこそ見える家族のフレームがあるのです。それが、互いの理解と許しのシーンにも実存感を与えていきます。

母親は、物語の中で「許す」という言葉を何度か叫びます。一度は産廃を家に持ち込んだ清掃ボランティア達に何回も。二度目は再び家を出ようとする自分の娘に・・・。最初の「許す」は、場当たり的に見えて、一方で彼女が彼女であるためにとにかく全部背負ってしまおうという覚悟のようにも思えて。そして、もう一度の「許す」は余命の定まった娘が母親の本当の気持ちを持ってその人生から離れていくことに対して・・・。一度目の「許す」を観て、母親の清濁併せ呑むようなやり方がわかっているから、二度目の「許す」にはぐっときました。しかも、そのあと母親自身が本当にそのことを受け入れる時間の表現がすごくよいのですよ。ちょっと我侭に泣くだけ泣いて・・・。最後は吉本新喜劇にでも出てくるような気持ちの切替え方なのですが、そこには若者たちの為にごみを拾ってくるような彼女なりの処世感が饒舌に語られていて。また、慰めてくれた男に朝ご飯を勧める姿には登米氏の母親感の片鱗も感じられたことでした。

役者のこと、都の職員を演じた遠藤友香理は、目鼻立ちのはっきりしたお芝居で物語の外枠をがっちり固めてみせました。作品の冒頭から職務的に揺れない女をきちんときちんと演じきって、舞台上の世界の前提ににぶれを生じさせないのです。さらには職務許容範囲内のズルに、したたかさの内側にある瑞々しい女性の心情が旨く表現されていて・・・。好演だったと思います。

深谷由梨香の演じる女性には、どこか淡い色があって、それが舞台をやわらかく落ち着かせていました。ある意味ふつうの女性を演じていて、遠藤が演じた女性とは逆に内側から舞台の色をコントロールしているような感じ。前述の浦井とのシーンでも想いの語り方がすごくナチュラルで、だからこそ、浦井の演技があざとさを残さないですんでいるようにも思えたり。その一方で細野の姉としての雰囲気も細かく作り込まれていたとおもいます。細野今日子には内面の想いをすっと観客に伝えることのできる力があって、今回もその才をいかんなく発揮していました。演技はしっかりと抑制されているのですが、観客の視線をなにげにひきつけるような力がこの人にはあって、で、伝わってくる想いに透明感があるのです。かわいさとあやうさと芯にある強さを一度に観客に伝えていくような表現のフレキシビリティも彼女の世界を深く広げていて・・。やはりこの人、ただものではありません。

浦井大輔は腰のあるお芝居でその力を見せつけました。一見飛び道具のようなキャラクターを作りながらも、内包しているピュアな部分をしなやかに表現してみせる。前述のシーンでもそうだし、後半、産廃を家に持ち込んだシーンで耐えきれなくて謝ってしまう場面でも、彼が背負ったものがけれんなく観客にやってくるのです。切れのある軽妙な演技に目を奪われているうちに、裏側からゆっくりと強く揺すぶられる感じ。コマツ企画構成員の力量、恐るべしです。

花戸祐介はある種の無神経さをがっつりと表現してみせました。まわりの色に染まらない強さがきちんと出ていて。それが終盤の泣く母親をなだめるシーンのなんともいえない良さにつながっていました。永島敬三は実直な演技をずっと貫いていました。雌伏するというか野心をなにげに隠すようなお芝居が、貫かれていて。その演技の安定が一番最後のシーンでがっつり生きました。

河西裕介の演技から伝わってくるずるさもよかったです。弱さというか脆さを内包したキャラクターの小狡さが肌理こまかい演技からまとわりつくように伝わってくる。ちょっとやばい感じと気弱さのバランスの取り方が実に巧みで、キャラクターが持つ匂いをさりげなく舞台に散らしていました。折原アキラには存在感の出し入れのうまさを感じました。キャラクターがしっかり演じきられているから、舞台上でトーンを弱くしても色を残すことができるのだと思います。仲間が正社員的な職を得たという話を聞いた時の場の空気の作り方が絶妙。その場での彼の存在がきちんと観客側に残るのです。それが、産廃が見つかるシーンにつながっていく。こういう役者が舞台のクオリティを支えているのだと思ったり。

永山智啓は私がこの一年で一番たくさん観た男優かもしれません。観るたびにうまいなぁと思う。今回もキャラクターのPにまでなりあがった強さと、内面の脆弱さというか薄っぺらさの乖離が見事に表現されていて。前述の頭突きシーンもすごく印象に残ったし、その家の娘に「あなたは嘘をつく・・・」と言われた時の空気にも彼一流の演技力を感じました。ちゃんとそこにはバカラにはまり恋人の死から逃げ出してしまう男がいる。取り繕う姿から透けて見えるものの実存感が場の質感をすっと高める。最後の笑いを見て、この人はやっぱりうまいなぁと思うのです。

黒岩三佳のお芝居にも瞠目しました。彼女の演技からは演じるキャラクターが過ごしたであろう風景が見えるのです。ただ語られるだけなのに、しっかりとエッジの立ったスマートな芝居の緩急が、母親との確執や不治の病を宣告された時の半端ではない状況に陥ったキャラクターの姿を観客の深層に浮かび上がらせていきます。永山が演じる男が逃げたときの想いも観るものにまっすぐ降りてくるし、山菜採りに行って自分の分しかとってこない父親への気持ちもやわらかい感情とともに肌に染入るように伝わってきます。だから冷静な突っ込みも、シニカルな微笑みも、怒りも、悟りも、たおやかさも、上滑りしたり揮発したりせずに観客と共振しその心を揺らすのです。キャラクターが顕す諦観の色の深さや激高の切っ先の鋭さに息を呑み、直接伝わってくるような想いに鋭く心を動かされる。あひるなんちゃらやMCRなどでの彼女の演技も秀逸でしたが、今回のお芝居にはそれらとはさらに一味違った色の鮮やかさを感じたことでした。

稲川実代子は十分な奥行きを持った演技、なによりも舞台での存在感がありました。キャラクターがもつ凜と筋の通った部分と脆さが乖離せずに内包されていて、そこからかもし出される雰囲気に無理がない。観客が多面的に彼女を感じられるというか、彼女が舞台にある時間の密度がすごく豊かなのです。娘と対峙したときの「あやまらない」というひとことに込められた時間や、一方で前述の「許す」という言葉にがっつりと取り込まれた重さ。それと最後に朝ご飯の話をするときのさばさばした感じが違和感なくひとつのキャラクターに集約される凄さに目を見張ったことでした。

そうそう、舞台装置もよかったです。近未来的というかソリッドな下手のごみモミュメントと素通しに組まれたなった家屋の和室が、機能性と物語の印象を両立させていました。

Bowのあとの、短いシーンにもインパクトがあって・・・。冒頭からの伏線としても使われた「鼻血」というどこか下世話な印象を持ったものがそこはかとなく暗示する、うさんくさくお金を稼ぐことへの野心が持つダーティさのようなものにぞくっとして・・・。

さまざまなパーツを絶妙に広げ組み合わせて、東京で暮らすことや家族との関係をじっくりと俯瞰させる登米作劇に見事に引き込まれてしまいました。本当に含蓄のある作品で、観れば観るほど様々なことが伝わってくるような・・・。

この作品、もう一度観たいと思います。できれば週末。

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さいたまゴールドシアター 「アンドゥ家の一夜」の唯一無二

2009年6月29日、会社の有給取得奨励月間の趣旨に従ってお休み・・・。で、半分あきらめてかけていた「さいたまゴールドシアター:アンドゥ家の一夜」を観てまいりました。

会場はさいたま芸術劇場。与野本町はうちの最寄駅から電車でわずか15分ほど。意外と近いのです。まあ、駅からなだらかな坂を7~8分上がるのですけれどね・・・。

作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ 演出:蜷川幸雄

(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)

場内に入ると公開稽古場のような雰囲気にまず圧倒されます。

さまざまなシーンを繰り返し練習する老人たちの群れ。そして、それをサポートしていく若いスタッフたち。よく見ると蜷川幸雄氏もあちらこちらを回りながら一生懸命役者たちを指導している。

それは、とても「小」とは思えないスケールをもったさいたま芸術劇場小ホールの空間を十分に満たして余りある風景・・・・。セットもすごくしっかり立てこんであるのですが、役者たちの熱気がそれをなかなか気付かせてくれない。蜷川氏の魔術にその時点で翻弄されていたのかもしれません。

やがて、潮が引くように役者たちが下がって物語が始まります。

役者たちの演技に多少優劣が観られるのは事実。でも、演じることへの真摯さが観客になにかを伝えようという変な力みやあざとさに変わっていないのがすごくよい。観客にそれぞれが演じるキャラクターがまっすぐに観客に降りてきて、エピソードが積み重なっていきます。物語が棒状に語られるのではなく空間が重なり合っていく感触がちゃんとある・・・。プロンプターが一応ついてはいるのですが、よしんば台詞が飛んだとしても、それが大したことではないと思わせるほどの空気の醸成が舞台上にあるのです。

ケラ氏が紡いだ物語も、なんというかカードの切り方が絶妙で・・・。老人が演じるお芝居という遠慮などほとんどないがごとく、大ネタ小ネタ、飛び道具的なエピソードも盛り込んではあるのですが、たとえばナイロン100℃の公演などのように、シュールネタはすっと押さえて。すごくマイルドで理になかったシーンの積み重ねに観客もすっと舞台に入り込める。役者も観客もアクロバティックな離れ業でポイントを押し上げていくピンボールのような高揚ではなく、絶妙に設計されたコルフコースを一つずつ難易度を楽しみながら征服していくような充実感に満たされていきます。

前半登場人物の姿が実直に演じられているから、次第に個々がもつコアの姿が浮き彫りになっていく後半の展開にも無理がなく、ケラ氏ならではとも思えるさまざまな伏線も着実に花開き物語を広げていく。

たまたま、私の席が馬蹄形の席の一番下手側、しかも前から2列目だったもので、舞台をサポートする蜷川氏の姿も近くで拝見できたのですが、台詞を舞台に声掛けしたのは一度だけ。それも立ち往生をなんとかするという感じではなく、ここ一番の部分をがっちり支えるための応援のようなサポートでした。プロンプターというよりはむしろコンダクターといった感じ。

舞台は主人公の人生を俯瞰するような終盤に至ります。そこで、役者たちの年齢がしっかりと武器になって生きてくる。そりゃ、ナイロンの役者たちが演じればもっと鋭いお芝居がクリアに物語を表現してくれるのでしょうけれど、でもこの役者の、あるいはこの座組でなければ絶対に伝わってこないであろう色が舞台には間違いなくあって・・・。それは唯一無二の世界で。

3回のカーテンコールをした観客の拍手、決してご祝儀心なんかではなかったように思います。

これだけのキャラクターを書き分け物語を生みだしたケラリーノ・サンドロヴィッチの評判も、それを舞台に描きだした蜷川幸雄の名声も、そしてこれだけの空間を満たしきった役者たちの年齢の重みも、それぞれに伊達じゃないことを強く感じたことでした。

役者は以下のとおり、40名以上いらっしゃるのですが、この舞台を務められたことへの敬意と拝見させていただいたことへの感謝をこめて:

中野富吉・益田ひろ子・田内一子・小川喬也・高橋清・佐藤禮子・ちの弘子・倉澤誠一・遠山陽一・葛西弘・宅嶋渓・大串三和子・加藤素子・石井菖子・小渕光世・吉久智恵子・竹居正武・美坂公子・北澤雅章・田村律子・関根敏博・宇畑稔・林田恵子・小林允子・徳納敬子・石川佳代・滝沢多江・宮田道代・重本恵津子・森下竜一・竹居正武・神尾冨美子・高田誠治郎・中村絹江・小林博・百元夏繪・谷川美枝・都村敏子・上村正子・渡邉杏奴・西尾嘉十

蜷川幸雄氏の当日パンフレットの中のごあいさつからの引用ですが「優れたプロフェッショナルな演劇人との仕事はもちろん楽しいけれど、それとは別に奇妙なリアルが存在するこの舞台もまた演劇なのだ、と思ってくださるとうれしいです。少々病んではいますが---.。」とのこと。でも、「思ってくださるとうれしい」も何も、私が見たものはまごうことなき演劇の世界。それどころか私は、駅までの帰り道、そぼふる雨の中でなにが観客をこの3時間を超える物語に閉じ込め魅了したのかをずっと考えていたり・・・。

自分でも気がつかなかったのですが、強いインパクトをこのお芝居から与えられていたのだと思います。

「さいたまゴールドシアターのお芝居作り」、ゆっくりと、でもしっかりと、これからも続けていただきたいものです。

R-Club

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15 MINUTES MADE VOLUME6 いろいろと沁み込む

6月28日 マチネにて Mrs.fictions presents 15 MINUTES MADE VOLUME6を観てきました。
場所は池袋シアターグリーン BOX in BOX THEATER.
このシリーズを観るのは3回目、ここで知ってその後本公演を見に行った劇団もけっこうあって・・・。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意ください。)

今回も6劇団。主宰の今村氏のあいさつのあと、客電がついたまま、最初の劇団が舞台に登場します。

1.ロロ 「ボーイ・ミーツ・ガール」

 折込パンフレットに書いてあるとおり、男の子が女の子に会う話です。夢の話という感覚も言われればそのとおり。ただ、もっと解き放たれている感じがしました。
ある種の浮遊感がテイストとしてあって、一つの事象が歯止めなくすっと広がっていく感じ。過去の恋人のことも、今付き合っている人を守るという感覚も、その根というか記憶はどこか曖昧で、でも刹那の事象がとてもクリアに感じるのです。

それは台風のようにやってくる殺人鬼の存在感にも現れていて・・・。夢と現実のはざまにあやうく軽い感覚がすっと浮かびあがってカタストロフが実存しているような気がする。
なんというか、その不思議な口当たりに、強い嗜好性が潜んでいるようにも感じたり・・・。

作・演出: 三浦直之

出演:篠崎大悟 島田桃子 田中佑弥 望月綾乃 森本華 玉利樹貴

2.劇団掘出者 「パーフェクト」

ある男の部屋に突然女性が現れる。彼女は自分が母親だと言い張ります。そこにさらに男が現れて、今度は逆に女性がその男を拒絶する・・・。部屋の住人に関係のない話の先には、女と男の求めるものが浮かび上がってきて・・・。
役者の演技に不自然さを凌駕するような説得力があって、非現実的な設定の向こうに、実存感のある他者への期待や望みが浮かんでくる・・・。
狂気を感じる一方で、その狂気を否定しきれない感じがすごく印象に残って。

母親を主張する萩野友里の作る緊張感の変化にずるずるっと引き込まれるような感じがして・・・。その演技に目を奪われていました。

作・演出: 田川啓介

出演:荻野友里 澤田慎司 村松健 工藤洋崇

3.劇26・25団 「隣人と祝福」

この劇団は前回の本公演を観ています。

ひとり暮らしの女性が隣の部屋の独身男性の生活を盗み聞きするという、その女性の心情に生々しい実存感というか説得力があって。どこかコミカルでちょっと居心地の悪い舞台の空気がすっと膨らんでいく感じがうまいと思います。ビデオレターのあけすけさにも説得力がありました。

ただ、15分という時間にちょっとたくさんの感覚を詰め込みすぎた感じもします。

作・演出 杉田鮎味

出演:長尾長幸 林佳代 駒木根隆介 杉田鮎味 須藤真澄 **映像出演**赤萩純瞬 杉元秀透

(中入り・・・・、じゃなくて休憩)

4.バナナ学園純情乙女組「遊ぶカネがほしかった」

何度か観ている劇団でありまして、よくも悪くも彼女(!?)達でした。まあ、知っている人間にとっては楽しく観ることができましたが、初見の観客にとっては何がおこったかよくわからなかったかも。

本公演に比べても浅川千絵の存在感の大きな舞台で・・・。打率的な功罪はあるのかもしれませんが、彼女がこの劇団にとって大きな武器になっていることを再実感。

作:中屋敷法仁 演出:二階堂瞳子

出演:前園あかり 菊池佳南 加藤真砂美 野田裕貴 二階堂瞳子 ※まり ロロロ 浅川千絵

5.ワワフラミンゴ 「早く行け」

ぶっちゃけ、はまりました。この色ってすごくわたし好みかも・・・。どこか不条理で理不尽なのですが、すっとしみ込んでくる世界があって。その軽さというか口当たりがすごくよい・・・。

烏賊が夫という設定ををさらっと押し通すしなやかさも好み・・・。おいしいものをすべていれたおにぎりという設定にも不思議なおかしさがあって。

この劇団、本公演を見に行くともっとはまるかも・・・。

作・演出:鳥山フキ

出演:菊池千里 すどうりえこ 北村恵 宍戸円 原口茜 石井舞 菅谷和美

6.Mrs.fictions 「まわる」

まあ、手慣れているというか、15分という尺を一番うまくつかっていました。でも、この作品の秀逸さはそれだけではなかったように思います。

ワンショットバーの男たちと女性がいる神様(?)の部屋のどこかルーズな連携。神様の横恋慕の表現と物事のちょっとした滞り。

時計が動き出すという感覚、時間が停滞するひとときと時間の流れにすっと戻っていく男女の姿・・・。プラレールや短い映像の使い方も実に効果的でした。

また、百花亜希の醸し出すちょっと芯のある繊細さが、物語に絶妙な歯ごたえを作って・・・。すごく良いキャスティングだったとおもいます。

原案・脚本:今村圭佑 構成・演出:生駒英徳

出演:岡村康弘 夏見隆太 松本隆志 百花亜希 8

今回は舞台転換もすごくダイナミックで・・・。次々に雰囲気が変わっていく舞台がそれぞれの劇団にしっくりとはまっていくのがなにか心地よくすらあって。こちらにも見ごたえがありました。

この企画、観た3回がすべて当たりということで次回も是非に観たいと思います。VOLUME7、楽しみです。

R-Club

 

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