時間堂「花のゆりかご・星の雨」手作りの深く温かいテンション
6月4日ソワレにて時間堂「花のゆりかご、星の雨」を観ました。場所は渋谷ギャラリー・ルデコ4F。
すこし早目について、中央の通路そばの席に座ることができました。つくづく思うのですが、良いお芝居ってスタッフの動きもすごくよい。今回も受付から座席の案内等、観ていて本当に気持ちよかったです。特に今回のような場所では、こういう対応が開演前から場内の良質なテンションを作り上げているように思う。飲食自由ということで、ワインやビール、主宰がつけたという泡盛黒糖梅酒なども販売されておりました。私は仕事帰りで眠くなってしまうのが怖くていただかなかったのですが、適度なアルコールもお芝居を観るときの素敵なアクセントになるように思います。
(ここからネタばれがあります。十分にご留意の上お読みください)
この作品はWIPを拝見させていただきました。で、その時も、音や役者から伝わってくるものの瑞々しさに瞠目したのですが、今回は個々からやってくるものに浸潤されるだけではなく、全体が醸し出すふくらみのようなものに圧倒されました。
冒頭の骨董屋さんでの顛末、視線、音、扇子の動き、それぞれがしっかりと観客を捉えていきます。椅子を修理している主人のしぐさにいきなり目を奪われます。小道具が極めて少ないのですが、緻密な動作は観客を迷わせることがありません。
淡く確かな光景のなかで役者、そして舞台の意図がしなやかにくっきりと観客に伝わってくる。しかもイメージの明確さが余韻を殺さないのです。
たとえば、古道具屋の手違いで他の人に渡ってしまったソムリエナイフが戻るのを待つミキと対応する店員との空気が紅茶の香りのなかでゆっくりと変わっていくシーン。バイト店員を演じた星野菜穂子の滑らかなテンションに花合咲が演じるミキの心が少しずつほどけていくところがすごく良くて・・・。
そのトーンが菅野貴夫と雨森スウが演じる古道具屋夫婦の空気と違和感なくマージしていきます。するとひとくせありそうな近くのレストランのシェフを演じる鈴木浩司が馴染む居場所がそこに生まれて・・・。5人の役者達の色がぼけることなくその空間でひとつの色をかもし出すから、後半、ミキが観る旅に導かれる成り行きにも不思議と無理がないのです。
ソムリエナイフの記憶。星野が演じるミキの祖母と雨森が演じる母親の確執。祖母が母親を思う心と母親がミキを守ろうとする気持ち、それぞれの想いがミキの視点を凌駕して生々しいほどに観客を包み込む。鈴木が演じる朴訥としたミキの父の想いも本当に秀逸。ミキの名前の由来が浮かぶシーンでは観ているほうもホロっと来たり・・・。
さらに戦後混乱期の菅野演じるミキの祖父の祖母との再開へと物語が導びかれて。凛とプライドに心を隠す祖母の姿。そんな祖母への祖父のまっすぐな愛。ソムリエナイフに刻まれたウサギの由来が語られて・・・。
まるで仕付けられるようにつながれた3つの時代、祖母ー母ー幹それぞれがもつ、どこか言葉足らずで片意地で、でも真摯に相手を思う気持ちのあたたかさが時代の重なりのなかで浮かんできます。
母と重なる「臭覚」の才能だけでなく、その生き様や想いにミキと祖母や母の血のつながりを醸し出すところ、旨いなと思う。
トランペットやトイピアノ、ギター、打楽器・・・、いろんな音が刻む時間。それがふっと意識から消えた時、俯瞰するようにミキにつながる時間と想いが観る者に広がっていて。
最後の歌の響きが、やわらかく観る者の心にしみ込んで。いくつもの旋律の美しい重なりに、なにかに満たされた不思議な気持ちが降りてきました。
役者のこと、星野菜穂子はしなやかで広がりのあるテンションでバイトの店員とミキの祖母を演じきりました。バイト店員のミキの想いの内側に入っていくような姿も好演でしたが、ミキの祖母を演じる彼女からこぼれる凜とした態度にも息を呑みました。娼婦をしながらも自らに毅然とした部分をしっかり保ち続け、しかも自分の感性や愛情に妥協をしない。意固地だけれど慈愛に富んだ彼女の人柄がヴィヴィドに観客にやってくるのです。
骨董屋の妻とミキの母の二役を演じた雨森スウには物語を貫くような自然な強さがありました。骨董屋の妻として度量というかポジティブさ、さらには大らかさのようなものが役の色をしっかりと染めていきます。一方で、強さのなかにかすかに垣間見える新しい命を育むことへの不安と希望の混濁が、演じるキャラクターに広がりを与えていて・・。その感覚は共通のものとしてにミキの母親を演じるときにもつながっていきます。観客がゆだねるに十分な演技の安定感があって、それがほんとに微細な心の動きを観客に伝えていく底力にもなっているような・・・。
ミキを演じた花合咲が表現する心の揺れはそのまま観客の心を共鳴させる力がありました。ただ繊細なだけではなく、キャラクターの心情がやや硬質な肌ざわりとして感じられる。うまく言えないのですが、その感覚がミキという女性の想いに瑞々しい実存感を与えてくれるのです。やがてキャラクターが内包する感性がそのまま観客を揺らしていく。後半彼女が感じるものががそのまま観客が観るものと重なり合っていく。
骨董屋の主人とミキの祖父を演じた菅野貴夫からは根元にある実直さのようなものが伝わってきました。共通して職人の気質がベースに感じられてその上にキャラクターが浮かび上がってくるのです。ミキの祖父からやってくるウィットもすごくよい。焼け野原の中での一種の解放感と二人の知性がすごく豊かに感じられて、しかも真摯な部分がきちんと内包されている。秀逸なお芝居だと思います。
レストランのシェフとミキの父を演じた鈴木浩司はキャラクターが持つ奥行をしっかり観客に伝えました。ちょっと癖のある風貌に真摯さがにじんでくる。ワインのテイスティング勝負を仕掛けるときの菅野に対するたくらむような表情や、ミキの名前を考える雨森の想いを受けるときの包容力のようなものががそのまま舞台の世界を深くしていく力になっていて。
終演後、拍手をしながら、べたな言い方ですが、すごく優しい気持ちに満たされていました。
公演は6月14日まで(8日休み)。このお芝居、公演の終盤にもう一度観にいこうと思います。
観るたびにさらなる色が感じられるような気がするのです。
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