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北京蝶々「愛のルーシー」、知的好奇心のフレーバー再び

2009年5月23日ソワレにて北京蝶々第12回公演「愛のルーシー」を観ました。場所は下北沢OFF・OFFシアター。

昨今の劇団の評価と比べて若干キャパが小さめの劇場ということで、客席は超満員でした。客入れがきびきびしていて本当に気持ち良い。すっきり場内が収まってお芝居が始まります。

(ここからはネタバレがあります。十分ご留意ください)

舞台は「バイオスフィア」と言われる実験施設。閉鎖生態系を構築してその中で8人の男女による実生活の実験が行われています。試行錯誤のなかで被験者は飢えながらの生活が続いています。

キャラクター達は役名に加えてシーンの間に挿入される映像などで、それぞれの出所や能力などが示されます。職業などにまつわる観客のイメージをうまく利用して、ミニチュア化した実社会の構造や感覚が浮かび上がってくる。戯画化された表現のひとつずつに無理がなく、気が付けば観客はなにげにバイオスフィアの住人たちに感情移入をしていたりします。

しかし、飢えや閉塞感によるストレスが高まってくると、次第に人間関係が変化してくるのです。タイトな世界の中で、お互いの価値観や想いがあらわになっていく。そして、まるでフラスコの化学反応をみるようにモニターでそれをずっと観察している施設の研究員たち・・・。被験者の保護を名目に介入が行われて・・・。

作・演出の大塩哲史は今の地球に起きている様々なことをしたたかに織り込みながら,少々下世話で人間臭い施設内での物語を構成していきます。研究員が語る近未来の有り様や、植物の知識を持ったキャラクターが語る知識に十分な裏付けがあって、それが物語の骨組をがっつりと固めてつないでいく。役者たちが本当に大塩の意図するキャラクターを巧みに表現していて。

帯金ゆかり の元酪農家、家畜を扱う実直さがしっかりとベースにあって、私がこれまでに見た彼女のお芝居とは一味違った境地を観ることができました。彼女の表わす素朴さからは、単純さではなく欲望と諦観のアラベスクのような感じが伝わってきて・・・。元アイドルを演じた白井妙美はキャラクターが持つ未熟な部分や不安定さを安定感を持って表現していました。キャラクターが気がつかないものを、観客にしっかりと気がつかせていく。光の部分をしっかり見せながら影の部分を焼き付けていくお芝居にあざとさを感じさせないところがとてもよいのです。

岡安慶子はステレオタイプな元主婦にしなやかな奥行をつくってみせました。ちょっと真夏の夜の夢のヘレナ(だっけ・・)を想起させる役回り・・・。凡庸な雰囲気を作り上げ、内側に潜む意思を穏やかなカオスとともに絶妙な力加減で見え隠れさせる手練に引き込まれました。地味なキャラクターなのですが、物語を広げるだけの存在感がきちんと伝わってくるのです。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      元ライターを演じた鈴木麻美は持ち前の切れを生かして物語を進めます。前半の中庸中立の姿はの凛としていること。実は自らの内心を見せない姿に違和感がなく、でも包容力のに観客までもが彼女の物語運びに気持ちよく仕切られていくように思える・・・。その冷静さを見せられているから、終盤、彼女の理性が渇望に近い好奇心に凌駕されていく姿には息を呑みました。

元ニートを演じた本井博之はまさにはまり役、容貌等の作り方もさることながら、キャラクターの内にあるプライドの表現がとにかく秀逸なのです。彼の行動と言動それぞれに圧倒的な実存感があって、素で演じているような錯覚を観客に与えるほど。すごく繊細な演技の積み重ねがなされているのだとおもいます。怠惰さの表現にもメリハリが効いていて、その心情がぼやけずにしっかりと伝わってきて・・・。東谷英人が演じる公務員には他のキャラクターよりも強いデフォルメを感じました。キャラクターを貫き通すなかで、外側の硬質さに加えて内側の脆さというか密度の薄さのようなものが鮮やかに浮かび上がっていきます。

植物マニアの元大学生を演じた森田祐吏は、シニカルな雰囲気で舞台の色を染め替えて見せました。コンプレックスを内在したような抑制が効いた演技に、後半にぞくっとするような熱が加わる。知識に裏打ちされたその熱の表現には迫力があって・・・。その演技が物語の仕掛けを必然に変えていたようにも思います。田淵彰展が演じる元建築士は他の登場人物たちが内包する狂気にたいする基準点のような部分があって・・・。自然体で力まない演技で物語の枠をしっかりと築いていました。

研究員役の二人も好演でした。先輩役の高木エルムのどこか超然とした雰囲気は舞台にある種の客観性を与えていたように思います判断に含まれるキャラクター自身の恣意的な部分の匂いが絶妙。後輩役の石井由多加からつたわってくる生真面目さも物語の要所をさりげなく引き締めていました。

バイオスフィアの内部を観察していた研究員が自らも内側で暮らす選択をする終盤。

バイオスフィアの中の閉塞した現実ですら外側の環境の悪化の中ではシェルターの役割を果たすことになるという近未来の設定に、真綿でなにかを締め付けられるような感触を感じてしまいました。

でも、その閉塞した空間だって、そんなに悪いばかりではないのかもしれません。少なくとも観終わって絶望はなかったし・・・。作品のさまざまなことをランダムに思いながらカーテンコールの拍手をして・・・。北京蝶々を見た時にやってくる独特の感覚を今回もたっぷり味わうことができました。

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投稿: BlogPetのr-rabi(ららびー) | 2009/05/30 16:25

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