くろいぬパレード「春よ、来ない」スムーズな社会派の乗り心地
2月28日マチネにて、くろいぬパレード「春よ、来ない」を観ました。久しぶりの中野ポケット。
この劇団は初見なのですが、割としっかりとファンが付いているようで・・・。折込のぱんふを見ながら、前回公演のお話をされていたり・・・。指定席ということあってゆっくりと客席が満ちて、5分押しの開演時にはほぼ満席になりました。
(ここからネタばれがあります。十分にご留意ください)
作・演出はイケタニマサオ。
物語は漁師になった男の少年時代の回想シーンからはじまります。その子は父親の船にプライドを持って・・・・。そうして、親子船から兄弟船へと漁師の生活を続けていきたいと。
そして、現実の物語。漁業は転換期にさしかかり、それに昨今の不況が重なって派遣切りにあったという男たちが漁船の乗組員としてやってくる。船長の長男が市役所に勤めていて自分の父と弟が乗る船用に斡旋したというのです。応募者の中には女性が一人混じっていて、別の船に拾われたり、・・・。派遣で生活していた人と漁師の間の感覚というか温度のずれが巧みに表現されていきます
そこから話がすすんで、漁業が立ちゆかなくなってきていること、大資本が漁業に入り込んできたりしていくなかで、漁村のさまざまなことが浮き彫りになっていきます。時代の流れと古い因習が重なり合った今をエピソードを重ねて描いていく・・。その表現にデフォルメはあっても背延びがなく、観客は等身大の芝居から溢れる個々の想いにそのまま身を寄せることができるのです。
道学先生の「ザブザブ波止場」などでも描かれていた漁村の大らかで陰湿な開放感のようなものがこのお芝居にも表現されていて、しかも都会の派遣切りの寒風と乖離しているあたりが絶妙で・・・。でも、登場人物たちの中途半端さや愚かさを描くその緻密さが独り歩きをしていない。その漁村全体を揺らし押しつぶすような今という時代が肌~染みいるように舞台から伝わってくるのです。
まず、客演陣が抜群によくて・・・。JACROWの蒻崎今日子の演技からやってくる人物のふくらみなどもう惚れぼれするばかり。あちらこちらの舞台で観るたびに彼女がつくる世界にはいつも瞠目するのですが、今回は彼女のお芝居の丁寧さが、特に物語にしっかりとはまっていたように感じました。力まずによいところがまっすぐに出ていて・・・。凛と立つ強さがあって、一方で浮足立った男への距離を計るような雰囲気の内側にあたたかさが滲み、さらには女性としての業のようなものもしっかりと伝わってきます。船のマストが揺れるシーンがしなやかで物語を薄っぺらくしていないのは、ひたすら彼女の芝居の奥行きの深さによるものかと・・・。しっかりとした一人の女性の実存感がそこにあって、さらに描かれていない景色や時間や周りの人の心情までが、瑞々しく観客の心に浮かび上がってくるのです。決して力で押しているわけではないのに、そのしなやかさで舞台の空気を密にする手練、本当に見入ってしまいました。
小林至の演技も秀逸でした。蒻崎同様舞台の色をやわらかく染めるような演技で、物語の要の部分をしっかりと押さえていたように思います。芝居の立ち上がりにすっと観客を取り込むような絶妙な間があって、それがそのまま舞台での存在感に変わっていく。一瞬にして観客の視点を引き付けると、内心にある時代への怒りやあせりさらには諦観までがこまやかに観客に伝わってくる。
江戸川卍丸や松岡努などもそのトーンを生かしながら自らの個性を物語に当てはめていきます。江戸川には芯の純粋さにナチュラルな感覚があり、松岡のヒールぶりからはそのずるさと小心さのさらに奥にある彼の人生に対するいらだちのようなものが伝わってくる。
客演陣が人物を強く描いているのに対して、くろいぬパレードの役者たちはどちらかというと物語の枠組みを固める演技を実直につみかさねていく感じ。長谷川恵一郎にしても岩淵敏司にしても、どこか恣意的に人物の表面の色を強くしているようなところがあって、それが物語を明確にしていきます。島崎裕気のパワーと才気の表現の見事さ、加味修の表現する人物のスマートさに潜んだいかがわしさにも説得力があって・・・。柳井洋子は観客側にイメージを膨らませるトリガーの少ない難しいキャラクターを集中力でしっかりとカバーしていたような・・・。田辺千春が演じる普通さには周りの色をうまく出し入れするような繊細さがあってこれも好演だったと思います。安保匠、山本大鉄、原朋之それぞれの演技にも、それぞれのキャラクターを形骸化させない表現力を感じました。
そんなに複雑な物語ではない・・・。冷静に考えれば、今の時代ではありがちな話にも思える・・・。でも、そのありがちな日々に内包された悲喜劇が、人物の緻密な描写で語られるとき、観客には今へのどきっとするような視野が与えられるのです。
良い芝居を観たとき特有のやわらかい高揚感がゆっくりと訪れて、そのあとに芝居が残した時代が抱える重さが下りてくる。
作・演出の力と役者の表現力が見事に融合して、ひたすら舞台に引きこまれた2時間弱でした。
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コメント
こんなにも言葉を尽くして表現してくださって・・
あああもう、本当に亜美子を見つけて、演じることができて、本当によかったと改めて思います。
りいちろさんのハードルを常に超えられるよう精進します。
今後ともどうか見守ってくださいませ。
本当にありがとうございました!
蒻崎今日子
投稿: かものはし(蒻) | 2009/03/06 14:36
蒻崎今日子様
コメントありがとうございます。
貴演技の確かさはこれまで拝見した舞台で十分存じ上げているのですが、今回のお芝居にはそれをも超えるしなやかさを感じたことでした。
今後の貴ご出演舞台もすごく楽しみにいたしておりますので・・・。
とりあえずは書き込みのお礼まで
投稿: りいちろ | 2009/03/09 00:48