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こゆび侍「エスカルゴ」見え方の秀逸なコントロール

3月28日ソワレにてこゆび侍第7回本公演「エスカルゴ」を観ました。場所は王子小劇場。こゆび侍は昨年の暮れにル・デコで短編集を観たのが初見。心に確実に引っ掛かる作品群を観て是非に本公演を見たく思っていた劇団・・・。わくわく楽しみにしておりました。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意ください)

場内に入るとやや斜めに切られた舞台。奥には塔のようなものがそそり立っていて・・・。その上のバスタブが目を引く・・・。

場内は満席・・・。場内に流れる音楽が変わりゆっくりと闇がやってきて、物語が始まります。

作・演出 成島秀和

舞台は売れなくなった詩人の家、食卓机の上にはさまざまな請求書がいっぱい。息子はバイトで生活を支え、娘は半分ぐれている・・・。弟子は詩人にあこがれているようだが才能があるかどうかもわからない。冒頭のシーン、観客の背後から鳩時計の時を刻む音がずっと響いて、部屋全体を一つの時間に束ねていきます。

妻は自らの毒を抜くといってバスタブにずっとこもりっきり・・・。家族はお風呂やと年間契約をするような状態で日々をすごしています。時々ダンベルで体を動かしたり、時には心配そうに下を眺めたり・・・・。詩人を愛していないわけではないわけではなく、その才能をリスペクトしているようにも思えて・・・。

そこに、息子が恋人を家に連れてきて、詩人の家の様相が次第に変わっていきます。彼女は父親をあざ笑う娘を叱りつける・・・。そこから次第に彼の家庭に入り込んでいきます。詩に対する造詣の深さを見せながら次第に詩人の心をつかんでいく。テーブルクロスで机を覆い、料理を並べられるようにして・・・。さらには娘のことを、「私のかわいい妹に何かあったらただではおかない」とまでいって家族全体の心をつかんでいきます。

連載の打ち切りなどの状況が変わらない中、詩人は現在は売れっ子になっている昔の弟子との対談に応じることになる・・・。それは元弟子が企みのトリガーをひくことでもあるし、一方詩人はそんなストレスの中でさまざまな誘惑に引き込まれていきます。息子の恋人への恋慕が言葉を生みはじめ、理性が麻痺したように弟子を破門したり詩集を自費出版したり賭けごとの一部として詩人を誘惑する娘の友人の女学生を買ったり・・・

一方娘は心を開いて自らの妊娠を息子の恋人に打ち明けるようになる・・・。風呂場の水道を妻が壊してしまい、その修繕時には盗聴器までが仕掛けられて・・・。カタストロフへの準備が整っていくのです。そして・・・。

終盤まで、登場人物たちが極力詩人に映る姿で描かれることで、観客はしたたかに詩人の物語に閉じ込められることになります。詩人の視野や主観で見える姿と客観的な現実の姿を、請求書を隠すテーブルクロスや、現実を眺めるときに響く鳩時計の音がうまく仕切っていく。

息子や弟子たちの生き方や高校生(?)の性への価値観の表現も巧みで、そこから一見超然としていながらそれゆえ世俗に巻き込まれてしまう詩人の姿も浮かび上がってきて・・・。

週刊誌の暴露記事によって、詩人ひとりに現実が隠ぺいされていることが明らかになったとき、息子の恋人として彼のそばにいた娼婦が詩人に買われて刹那の慰安で彼をテーブルクロスに包み込んでしまう姿はまさに圧巻・・・。

役者のこと、妻役を演じた浅野千鶴の芝居がまず印象にのこりました。劇場の一番高いところで、しっかりと詩人から観た妻の想いを強くやわらかく演じきって・・・。その表情と、ラストシーンで娘の出産を聴いて家族が増えることを喜ぶ表情の微妙な差がとてもよいのです。

これまでも、他劇団への客演などを観ている佐藤みゆきの演技には今回も瞠目するばかり・・。次第に家族に入り込んでいく時の強さとしなやかさを兼ね備えたお芝居は、物語全体の骨組みをしっかりと築き上げていました。詩人を蠱惑しテーブルクロスに閉じ込めていく姿態にもどきどきしたし、そこに至る金額の提示や「男をコントロールしていくことが楽しい」と言い放つ時の薄く強い張りを持った軽さも強烈に観客を染めて・・・・。彼女の演技の張りと表現の厚さのフレキシブルなコントロールに見事に引き込まれてしまいました。ほんと、この人凄い・・・。

詩人の娘を演じた廣瀬友美とその友人を演じた和田奈美子はキャラクターの持つ内面を十分に浮かびあがらせるような地力があっていずれも好演、詩人の息子を演じた藤尾姦太郎は諦観の熱のようなものをうまく表現していたと思います。詩人の弟子を演じた福島崇之が醸し出す才能の限界や劣情の表現には実存感があり、才能ある元弟子を演じた井黒英明はキャラクターに適度な傲慢さと自信を与えながら詩人との関係をうまくコントロールしていたと思います。担当編集者を演じた浅見臣樹が詩人の申し出を否定するときの表情には、その場の空気をすっと引き出す力があって・・・、配管工を演じた政修二郎も工事の確実さから現実の圧倒的な姿を一瞬にして表現してみせました。詩人を演じた加藤律はまわりの演技をしっかり受けて着実に物語を進めていた感じ。ただもっと業の強さを泥臭く演じてもよかったかなという気はします

ラストシーンで初めてバスタブを出た詩人の妻が、テーブルクロスに包まれた詩人を現実に引き戻すシーンにも強く惹かれました。それまでの修羅と裏腹に、詩人の持つ業と妻の愛のしなやかさにナチュラルな温度を感じて・・・。

観終わって、ドロドロ感がまったくないのは、それだけ物語がしたたかに組み上げられているからなのでしょうね。で、人が原罪のように持つなにかがきちんと伝わってくる・・・。

良いお芝居が持つすっきり感というか淀みのなさを感じて・・・。満たされて劇場を後にしたことでした

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