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Studio Salt「中嶋正人」その質量に思うこと

11月23日ソワレにてStudio Saltの10周年記念公演「中嶋正人」を観ました。相鉄本多劇場は初めて・・・。休日の夕刻、あの界隈のにぎわいってすごいのですね・・・。でも新宿などと違って、繁華街のぬくもりがある街。川を渡るとき、カモメ(?)が川岸にならんで止まっていているのを発見。ちょっとびっくり。

劇場のビルはすぐわかりました。エスカレーターを上がり映画待ちの女性たちをくぐりぬけ、相鉄本多劇場に到着。ベンチシートに置かれたクッションのふかふか感にちょっと感動・・・。前説の方の実直さがなにかとても好感触。

(ここからはネタばれがあります。十分にご留意ください)

法務大臣が死刑執行のニュースを観ているところから物語が始まります。粛々と職務を遂行するストレスを解消するかのようにいとこの秘書とショートケーキを食べる・・・。

続いて新たにに配属になった刑務官、そして同僚たち、さらには死刑囚の日々が次々と演じられていきます。死刑囚には教誨師がやってきて・・・・。

執行を命じる大臣の意識、死刑囚の罪への実感の欠如、刑務官の刑執行への感覚、さらには教誨師の死刑囚への接し方・・・。

その先にある死を誰もが意識しているのに、粛々と進む日々の奇妙な軽さが舞台から伝わってきます。時にはユーモラスですらある一つずつのエピソード、それらが積み重なっていくなかでも、確たる重さがやってこない。しかし、その重さが観客を満たさないからこそ透明な水底から浮かび上がるようにみえてくるものがあるのです。

命の重さを言いながら、命を奪う感覚を法律や規則で隠す大臣や刑務官、命の重さを伝える技術に長けた教誨師。その中で、命の重さにたいする意識の萌芽を抱えたまま刑に処される死刑囚・・・・。

正しさがなくて人の命を奪うことなどできないのは当たり前・・・。では、正当な理由があれば命を奪っていいのか。命の尊厳を理由に命を奪うという矛盾、でもその矛盾を重さどおりに表現した瞬間に、きっと問題の本質は隠れてしまうのです。大上段に問題を振り回すとすべてがカオスに濁ってしまう。そのシステムが稼働していく音を遠くで聴きながら、放置するように日々の生活に費やされていく時間、その軽さを感じるからこそ悟る、本質の重さがあるのです。

作・演出の椎名泉水は、洋菓子やパン、鉢植えの植物や蟷螂などを巧みに使いながら、軽さを一種の透明感に変えて作品を織り上げていきます。新任の刑務官が苦悩を経て自らの正しさを自らに与えるなかで、おりあがった布に包まれた矛盾が舞台から観客に渡される。その重さがゆっくりと観客に伝わってきます。

演じる役者たちの演技も着実、まっすぐでなおかつしたたかでした。死刑囚を演じた山ノ井史の表現にはやわらかくて強い印象がありました。想いを露出させるのではなく、くぐもりが解けていくようなタッチで表現されるその心情の変化には息を呑むような切実さがありました。新人の刑務官を演じた高野ユウジの葛藤の強さや執行作業を受け入れていく心の変化の表現も秀逸で山ノ井の演技としなやかに絡み合っていました。

教誨師の麻生0児の下世話さと職務への割り切りにも説得力がありました。ビートルズナンバーを歌いあげるなかで死刑囚に示した人間臭さや、死刑囚を掌に載せながら一線を画すような距離の取り方が極めてナチュラルに表現されていました。

同僚の刑務官の二人も実に好演、木下智巳の下世話さは、少しデフォルメされたような軽さがあって・・・。しかし、その中に刑務官としての強い実存感がありました。一方の大塚秀記の演技からはナチュラルな人間臭さの内側にある刑務官としての鉛のような感覚がしなやかにみえてくる。その表現に力みやあざとさがないから、刑執行のリハーサルのような部分での没頭の先に、鉛の重さが驚くほど鮮やかに伝わってきます。手順の連呼の熱から、刑務官が振り払う苦悩のようなものが観客を包み込む。その感覚の具体性に思わず息を呑みました。

法務大臣役の東享司と秘書役の鷲尾良太郎はともにデフォルメされた役柄の演じ方でしたが、キャラクターの視点や感覚には冷徹なほどにリアリティがありました。被害者の父親を演じた水上武も無機質に思えるほどステレオタイプな被害者側や世間の感覚をしっかりと演じていました。

べたな言い方ですけれど、本当に良い芝居だと思いました。昨今の裁判員制度の話題などもあり、芝居のアウトラインだけを聞くと重たい社会派の演劇を想像してしまうのですが、実際に観た作品には前述のとおり意外なほどの軽さがあり時間を忘れて引き込まれてしまいます。教条的な部分がまったくないことも作品を生かしていました。でも、見終わって、一呼吸置いてからその軽さがふっと恐ろしくなる。タッチの軽さに隠れた、瞠目するような懐の深さがこの芝居にはあるのです。

そうそう、作品を観た後、チラシの写真を見てさらなる作品の広がりを感じるのですよ。俯瞰するように浮かんでくる世界があって・・・。作品の秀逸さをあらためて思ったことでした。

11月30日まで上演とのこと。派手さはないけれど、この秋お勧めの一作です。

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