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瀧川鯉昇・柳家喬太郎 二人会 ~古典こもり~脂がのって

11月17日 亀有リリオホールへ瀧川鯉昇、柳家喬太郎の二人会を聴きにいきました。喬太郎師匠も枕でぼやいていたように、電車がちょっとだけ複雑で・・・。路線図を見ると西日暮里からは「JR-東京メトローJR」という良くわからない線のつながり・・・。新橋から不安を感じながら行ってみると、西日暮里で1度乗換えがあるだけなのですが・・・。ちょっとびびった。

ほぼ時間どおりに到着して、着席すると待っていたかのようにお囃子が鳴り出して、前座さんもあわせて5席をたっぷりとうかがってまいりました。

(枕などのネタバレがあります。十分にご留意いただきますようお願いいたします。)

春風亭正太郎 「転失気」

春風亭昇太師匠のお弟子さんとのこと。枕から噺の入り方はちょっとぶっきらぼうな印象でしたが、噺を語る上でのバランスというか力配分がいい。前半を我慢して一生懸命突っ張って、後半転失気が何かを観客に開示したところから、順番に果実を積んでいく感じ・・・。観客に起こる笑いに無理がない。

前座のころから、噺の中でこういう我慢ができる噺家さんって、花が開くとそこからの伸びが早いような気がします。喬太郎師匠なんかにもかわいがられているよう・・・。そんなに遠くない将来が楽しみです。

瀧川鯉昇 「千早振る」

相変わらずのふわっとした枕・・・。軽いのですが、枯れているというわけではない。艶というか色気は十分にあるのですよ。全てを捨てたわけではなく、余分な重さをすっと落としたような感じ。無理してそぎ落とした感じじゃないところがポイントかも・・・。ただ、その重さの落とし方が芸術的なのですよ。このまま行くと浮くような感じで座布団がいらなくなるなどとおっしゃっているのが、なまじ冗談に思えない・・・。さらにはそのうち高座に電線が2本張られてその上にとまっているかもなんておっしゃってましたが、なにかあるかもしれないと思わせるすごさ。感心してしまいました。

でね、噺に入っても、その肌ざわりは変わらないのですよ。にもかかわらず、物語に芯がちゃんと出来ている・・・。それは、王子落語会で、「佃祭り」を聴いたときにも感じたこと・・・。肌ざわりのよさとメリハリが同居していて、しかも観客に噺が食いこんでくる。

まあ、この噺、福笑師匠で何度も聴いていて・・・・。正直なところ、笑いのインパクトという点では福笑師匠のほうが上かなとも思います。福笑流の「千早振る」には客を一気に巻き込んでいくようなパワーがありますから。しかし鯉昇師匠の噺の小気味よさも捨てがたい。なにせ、子供に業平の歌の意味を聞かれて、わからないといえずにトイレにたてこもり、あげく下の小窓を抜け出して走りこんできたという設定ですから、聴き手ももっちゃりときいているわけにいかない。ある種のテンポにすっと乗せられる感じが噺に別の色を与えていく。

観客の笑いを全て搾り出さずに、観客の内側にすこし残したようなあと口も、それはそれで心地よく、福笑師匠とはまったく違う噺を聴いているようにおもえたことでした。

柳家喬太郎 「禁酒番屋」

会場の亀有をよいしょするようなふりをして、チクチクいじる枕から入って客を沸かせます。少しずつ自分の温度に会場を温めていく感じ・・・。いくつかの節目を作りながら、うけるとさらにパワーを上げていくような演出に会場もなにか乗せられてたりして・・・。

噺に入ると、語り口が締まって・・・。禁酒番屋の由来の部分が凜として、そのあとちょっとゆとりを持った感じで演じる近藤さんの酒の飲み方の豪胆さと酔い方が観ていてすごくゆったりと感じられる・・・。そのおおらかさのようなものが、ワンクッションおいて酒屋に無茶をやらせることを観客を納得させてしまう・・・。噺の持っていき方がいちいち理にかなっているから、くすぐりや入れ子のアドリブがあっても噺の屋台がゆらがないのです。

さて、番屋の侍の戦いが始まる。水カステラを奪って飲む番屋の侍の酔い方がよくてねぇ・・・。酒に対する意地汚さの表現が実に巧みなのです。建前の薄皮に潜む酒への執着が酔いとともに少しずつ染みでてくる感じ・・。姑息な商人を上から目線であざ笑うような雰囲気もいかにもなのですが、なにより武士の自尊心や自己弁護に満ちた表情の中に喬太郎師匠が一滴だけ恣意的に垂らした狂気が、役人の本性を強烈に伝えて世界を広げている。ここまで、侍を表現してもらえれば、そのあとの酒屋の尾籠なリベンジにも緊張感が生まれるし、怒りの持って行き場を失う役人観ていて実に小気味よいのです。

それにつけても、いつもながらではありますが、さりげなく演じられたそれぞれの場面が次のシーンにしっかりと食い込んでは噺の間口をぐいぐいと広げていく、喬太郎師匠の盤石な噺の持っていきかたには惚れ惚れしてしまいます

中入り

柳家喬太郎 「松竹梅」

通好みの枕です。若い頃三木助師匠に連れられて女の子のいるお店に遊びにいって・・。そこの世間知らずの若い娘に「初心者用」の小噺を教えてとねだられて、見事な語り口で「文七元結」をいきなり教え始めるという・・・。しかも、さわりを演じた演目を慇懃に紹介するついでに、「牡丹灯籠」まで勇み足のような口調でさらっと仕込んでしまい、お勘定を見たその三木助師匠に「いい値段だね」と言わせて、「えんちょう」と落とす。喬太郎師匠一流の、客層というかお客様のレベルを冷徹に問うたくすぐりに、まず瞠目させられます。

で、始まったのが「松竹梅」自体は前座噺に近いような軽めのネタなのでしょうし、すっと流せばあっという間に終わってしまうので軽く勤めるのかとおもいきや、喬太郎師匠は、噺の軽さに逆らうように、実に丁寧にひとつずつのシーンを膨らませていくきます。明らかに大ネタを演じるときとは異なる噺の広げ方をする・・・。物語の単調な筋道に見せどころをどんどんぶら下げていく感じ・・・。義太夫の芸を見せたりアドリブに近い台詞を切れ味良く挟んだり・・・。なんとなく物語を聴いているうちに、土台の小さな噺の奥行きがどんどん広がっていく。庶民のペーソスなんていう表現はいまどき流行らないのでしょうけれど、気が付けば日頃人前に出たことのない松竹梅3人の出たとこ勝負のようないい加減さや、祝儀を述べるときの緊張、動揺などが絵ではなく体温や息遣いとして魔法のように高座から伝わってくる・・。「亡者になられた」という噺の滑稽さなどスパイスに過ぎなくなって、人物達が一瞬見せる不思議な存在感にこそ観客は取り込まれてしまいます。

そのレベルまで噺の質が持ち上げられているから、最後を忌み言葉(亡者になられた)で落とさずにその騒動の顛末まで少し伸ばしているような・・・。観客が余韻を楽しむ時間を求めていることを喬太郎師匠は熟知していて、それゆえ松と竹を宴会から逃げ帰らせているようにも思えます。噺全体を俯瞰して演じていく、師匠の卓越した才能がしっかり伝わってくる高座でありました。

瀧川鯉昇 「宿屋の富」

短い枕から、力まずに噺に入って、文無しの宿屋の亭主への金持ち自慢がまず聞かせます。破天荒を通り越して眉唾物の金持ち自慢なのですが、鯉昇師匠の軽い語り口だと、それが観客の負担にならない。にこにこと楽しめてしまうのです。観客が聴くぞ!と意気込んでいるとその嘘っぽさとぶつかって不協和音ができるのでしょうけれど、ふっと気合を抜かれて噺を聞かされるものだから、嘘っぽければ嘘っぽいほど微笑みがこみ上げてきてしまう。見栄で買わされる一分の富くじに、ちょっとした感傷がこもっているのも、なにか微妙に哀愁があってよい味なのですよ。

富くじの抽選を待つ人々の描写が軽くて深い・・・。人々の下世話な欲望が湿っていないというか抜けたような陽気さがある・・・。語り口の洗練に観客は多少過ぎた誇張も受け入れてしまうのです。最後の数字で番号を外す人の描写が観客をうまく巻き込んで、笑いを呼びながら一方で見事な臨場感を作り出す。なんというかあれよと話しに乗せられてしまう・・・。

そのトーンで慣らされた後だから、主人公が当たりを確認する場面というのが凄く緻密に感じられます。心に去来するものが、ぐぐっとフォーカスされるような感じ。噺自体の作りも良く出来ているのですが、その噺を演じきる鯉昇師匠の力がまたすごい。どちらかというと華奢なその体躯のどこからそんな想いを凝縮するパワーがやってくるのだろうと思うほど・・・。さらに、当たれば半分もらえるという約束の、宿屋の旦那の驚きがかぶさって、本当の僥倖が降ってきた時の人間の滑稽さがなんともいえず伝わってくる。

正直をいうとですね、「高津の富」とか「宿屋の富」とかいう噺って、これまで別段好きではなかったのですよ。というより、面白さがあんまりわからなかった。でも、鯉昇師匠の「宿屋の富」は本当に面白かったです。「太陽と北風」の童話ではありませんが、鯉昇師匠の芸風には、間違いなく観客の思い込みや先入観念を解いてくれるような知恵が存在しているような・・・。

月曜日から、ちょっと贅沢な2時間半を過ごさせていただきました

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