「幸せ最高ありがとうまじで!」本谷有希子の喜劇作家としての才能
11月2日マチネで、本谷有希子作・演出の「幸せ最高ありがとうマジで!」を見ました。永作博美に加えて、梶原善、広岡由里子などの芸達者にも恵まれて、とてもエキサイティングな舞台となりました。しかも、あの本谷さんにして(失礼!)、パルコ劇場の持つ洗練にとても似合った作品でもありました。
(ここからはネタバレがあります。充分にご留意の上お読みください)
舞台は新聞販売店。それぞれに連れ子を持った夫婦と住み込みの従業員で運営されています。そこに現れた一人の女性、自らを明るい人格障害という彼女は突然愛人と名乗ってその販売店に入り込みます。かき回された側から漏れ出すさまざまな事実は混乱に混乱を巻き込んで・・・。本谷流の舞台が炸裂していきます。
なによりも登場人物ひとりずつの描き方が丁寧で、しかもキャラクターに無茶をさせても理論武装のようなものが設定されているから、物語が崩壊しない。観ていて安定感があるのです。大胆な台詞が飛び交い、突飛な行動に唖然とさせられても、行動を裏付ける因果というか周到な前後関係が構築されているので、狂気に破綻がない。間違いなくなにかがずれている感じはするのですが・・・。、そのずれの巧妙さにすっと引き込まれていく感じ・・・。
物語を追いかけて行く中で、個々の登場人物の行動にしっかりとした説得力があって、それが現実と乖離するところに実に良質な笑いが生まれる・・・。そこにはこれまでの本谷作劇から一段と昇華したシニカルで上質なコメディが現出していきます。
リストカットを「トレンドを過ぎたやり方」と小馬鹿にしたり、「明るい人格障害」を宣言したりする闖入者もすごいけれど、そのリストカットの常習者である従業員と不倫する夫や盗聴する妻の仮面のような微笑にもぞくっとくる。さらには、連れ子の妹が血のつながっていない兄のどうしようもない不幸さ加減を癒すためにパンツを見せたりなど被害者側も闖入者の想定を外れるほどに盛りだくさん。いくつもの要因が重なり合って生まれるわけのわからない優越感やプライド、さらにはそれらの優劣の逆転・・・・。ここまでやってくれるから悲惨さをとおりこして滑稽さがうまれる。自分の人生がうまくいかない言い訳について「あなたは王様で私は乞食」というような、重石をつけて沈めるみたいな台詞が次々と湧きあがっていく後半の舞台にはもう釘付けで。2時間弱の上演時間、見ていてまったく飽きませんでした。
本谷作品としては「遭難」や「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」の系譜なのでしょうけれど、しかし単純にそれぞれの要素を持った作品という印象はなく、彼女の持つシニカルなセンスが昇華してこれまでを突き抜けた極上のコメディがうまれたような感じを持ちました。真摯な人間を動かすことによって作り上げられる良質なコメディの手法を本谷は自分のものにしたように思われます。それは三谷幸喜や後藤ひろひとにも通じるような手法なのですが、彼女の持つブラックな視点がさらにそれをスパイシーにしているように思える・・・。ちょっと病みつきになるようなテイストがこの舞台にはあります。少なくとも、私が観た本谷作品の中では最高の出来なのではと思います。
物語の収束も見事でした。どれほどの騒動になっても、新聞販売店にはその生活があり、闖入者が癒されるわけでは決して無い・・・。あたりまえの現実がそこにあって、最後に物語がきゅっと締まるのです。本谷のセンスには瞠目するばかりです・・・・。
役者のこと。永作博美がつける演技の陰陽のすばらしさにまず瞠目。高揚感にちかい感覚や勢いに歯止めが効かないような部分にしっかりと彼女の闇が表現されていたと思います。広岡由里子のやわらかい表現とそのなかにある情念の色の深さにも引き込まれました。梶原善や近藤公園のなさけなさもとてもよい味で・・・。吉本菜穂子の不器用さというか限界を超える感じもぞくっとするほど説得力があり、前田亜季のもつかすかな狂気もうまく舞台に乗っていたと思います。
本谷さん、また一段と腕を上げましたね・・・。というのが観終わったあとの一番の感想。それとうれしかったのは本谷さんのコメディ作家としての本格的な才能の目覚め。もちろんコメディを創作する高い才能も新たに開花したということであってそれだけの方でないことは言うまでもないことですが・・・。
彼女のこれからの作品がますます楽しみになりました。
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