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MU「死んだ赤鬼/戦争に行ってきた(反転)」の描く脆さの秀逸

11月29日ソワレにてMU「死んだ赤鬼/戦争に行ってきた(反転)」を観ました。場所は渋谷のギャラリー「LeDeco」、役者の息遣いまでもが伝わってくるスペースで両A面と銘打ったハセガワアユムの短編2作、やわらかく強く印象に残るお芝居でございました。

(ここからネタバレがあります。十分にご留意ください)

☆戦争へいってきた(反転)

作品の中に潜む質感のようなものにやられました。

導入部の女性3人の会話の部分がまず秀逸、スムーズに流れる芝居のなかに、女性たちが個々に持つごつごつしたものがとても自然に伝わってくるのです。それぞれが相容れない本音がありながら、それらを繋ぐ共通のずるさのようなものが・・・。戦場で人質になった被害者が反戦を唱えるという必然を身にまといつつ、一方で自らが根本にもっている反戦とは異なる欲望が、そこやここに顔を出し始める。それぞれが個人として持つ本当の価値観と共通の反戦・平和という言葉のギャップ、その差異からやってくるざらつくような違和感・・・・。表層の体面が表層の言葉を生み、そこから逸脱した言葉があふれても彼女たちの罪の意識など感じられない。女優達の手連の演技は体面と本音の間の揺らぐような空気を醸成し、彼女たちの纏っているものに絶妙なフェイクのにおいを与えます。

そこに現れるミュージシャンのマネージャー達のキャラクターが物語をさらに広げます。女性たちの意に染まないような反戦ソングを作って、その打ち合わせを行うという・・・・。口当たりのよい感覚や善良さのイメージに潜んだ何かがじわりじわりと露出してきます。きれいに整えられた表面の裏側にあるすべてのものに距離を置くような視点。二人のミュージシャンは言葉数を少なくして、それなりの体面を作ってはいるのですが、台詞や仕草が幾重にも重なる中でキャラクターの裏側の空洞というかなにかが欠落したような軽さがゆっくりと浮かんできます。問題の本質に対する自らの興味のなさを裏返しにして押しつけるようなシニカルでざらっとした感覚。マネージャーの微妙に底が割れた慇懃さが、ミュージシャンたちのコアにある感覚を間接照明のように照らし出していきます。

きれいごとと裏腹に、武器にあこがれたり富をまとうことを喜びと。金銭や嗜好を背景にグロい写真を撮り続けながら反戦を語る女性たち。また、そんな彼女たちを醒めた目で眺めるミュージシャン・・・。お互いに被っていた猫の毛皮が冷徹な言葉のやりとりのなかではがされていく・・・。

しかし、物語は、反戦や平和の取り繕われた表面が崩れ、その内側にあるものがさらけ出されただけでは終わらないのです。彼らが見ていると自負していた戦争や暴力の本質も、とあるきっかけでやくざとかかわったことからあれよと言う間に瓦解していきます。

反戦平和という名で磨かれた御影石に亀裂が走り水の浸食を受けてボロボロと砕けていくよう。作・演出のアセガワアユムが紡ぎだす醒めた視点からのセリフが役者たちから発せられるなかで、次第に姿を露出させた登場人物たち自らが本質だと信じていたものも、物事の核心にあるものではない・・・。

戦争のグロい写真を撮影した女性は、不条理な暴力が自らにやってくることになって、写真に写された暴力の残骸のさらに内側にとりこまれた本質を知る。そして、ミュージシャンを鼓舞して立ち向かおうとする・・・。

終幕前の衣装の大きなシミにカメラマンの女性がなにかを跨ぎ超えたことが見事にあらわされて・・・・。作者の常ならぬ表現の秀逸さに舌を巻いたことでした。

★死んだ赤鬼

最初の「戦争へいってきた」の色が自分をとりまく外側の暴力への葛藤だとすれば、この作品には登場人物の内側への葛藤が強く感じられました。

恋人との別れ話を持ち出された警察官、こともあろうに彼女の新しい恋人を撲殺してしまいます。撲殺された男も彼女も赤鬼相談所というコミュニケーション障害の人たちが通う福祉施設のようなところに通っていて・・・。彼が下に観ていたはずの人間。赤鬼相談所の所長と副署長は夫婦で、次回の市議会選挙を狙っていてトラブルが起こることを好まない・・・・。

警察官を救おうと考える同僚。その同僚には友人もいて彼も赤鬼相談所に通っていて、刑務所にあこがれている。

葛藤の末。自首を決意した警官に対して、同僚は刑務所にあこがれる友人に罪を背負ってもらって彼を救おうとする。しかし、結局は彼を山に埋めに行くことになって・・・。

権威を得ることで自らを保とうとするものと弱さに逃げ込んで自らを守ろうとするもの・・・。よしんば形態が真逆であっても、その根源にある人間自体が抱える脆さの不変性のようなものが現れてきます。強い粘度を持った行き場のなさに観客は引きずり込まれていく。逃避するように恋人の靴のにおいをかぐ警察官。福祉施設を運営する夫婦のいらだち、うまくいかないと万引きを繰り返してしまう恋人、自立の目標と裏腹に誰かに自らをゆだねることを渇望する福祉施設の利用者たち・・・・。慰安の姿がちがっていても強者と弱者の根底にある脆さは同じ匂いがする。

その脆さの鈍いオーラに私自身のコアが共鳴するような感覚があって、奇妙な生々しさを感じてしまうのです。決して感じたいものではないのですが、だからといって目を離すことができないようななにか。単に脆さへの恐怖だけではなく、脆い中に居場所を見つけてしまうような追い詰められたなかでの居心地のよさまでが伝わってきて・・・。奇妙に心を捕らえられてしまったことでした。

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役者のこと、男優5人、女優3人いずれも色を強く持っていて、LeDecoのようなスペースで彼らの演技を観ると本当に圧倒されてしまいます。

足利彩は初見、「戦争へ・・」のカメラマンが持つ質感にはやられました。ドライな雰囲気の内側にかすかにウェットなしなやかさがあって・・・。そのしなやかな感じが物語の終末に対する違和感を観客から見事に消し去ってしまいました。「赤鬼・・・」でのどこかでまとまりのつかないような危うさにもしたたかさを必要な分だけ底に残して・・・。やはり最後のシーンに説得力を与えて見せました。こまつみちるは前回の「コマツ企画」が初見でしたが今回も芯の太い演技で舞台を支えました。彼女の存在感が他の役者が表現しようとするデリケートな何かををしっかりと際立たせていたように感じました。しかも強さはあるのですが、心のいらだちや襞を細密に演じきるなかで強度を出していく感じなので、他の役者の世界と交わっても浮かないのです。岡田あがさの感情の立ち上がりの切れにも瞠目。モーションなしに重い剛速球がやってくる感じ。以前のように感情を全方位に開いて舞台をすべて染めてしまうようなお芝居から、強さを増してピンポイントで狙いの場所を打ち抜くような演技に変わっていて・・・。やわらかい演技の懐も一段と深まった中で、フォーカスが定まった瞬間の常ならぬ破壊力には息を呑むしかありませんでした。

永山智啓は以前にも短編での2人芝居を観たことがあって、その時も静かさを表現する力のようなものを感じたのですが、今回も舞台上の感情の起伏をすっと吸い取るような感じがあって見入ってしまいました。「赤鬼」の同僚警官の冷静さは狂気の中でぶれない正気の物差しにもなっていたような・・・。川本喬介の「戦争へ・・・」での軽さや「赤鬼」でのいらだちもとてもよかった。演技の柔軟性を感じました。

太田守信には場をさらう瞬発力があって「戦争に・・・」でもその切れが十分に生かされていました。「赤鬼・・・」での懲役にあこがれるという部分でも彼が演じると妙に納得してしまう。底知れないものがさりげなく表現されていて・・・。よい意味で観客にとって気になるお芝居だったと思います。成川知也の芝居には安定感と厚みがありました。お芝居の色を定めるようなボリューム感。前述のとおり「戦争に・・・」の中では熟達した慇懃さやそつのなさの表現が物語全体の多重構造をカオスにせずくっきりと浮かび上がらせていたような。「赤鬼・・」での新しい恋人役にも不思議な存在感がありました。池田ヒロユキの強面も舞台を厚くしていました。「戦争・・・」での無言の演技も迫力満点。「赤鬼・・・」での警察官、自分の持つ業のようなものを無理に内に収めるような演技が絶妙で、この芝居全体をまさに機関車のように引っ張っていたと思います。汽笛のように、強い印象が一呼吸おいて包み込むようにやってくる・・・。そのなかにキャラクターがどうしてもぬけ出せない何かが存在していて観客の心を捉えるのです。

役者を奢った贅沢な芝居だと思います。でも、確かに彼らを必要とするお芝居でもありました。この役者たちでなければ得られなかったであろう感触というか質量が間違いなくある・・・。

戯曲のクオリティと役者の力が見事に噛み合った2作に大満足で渋谷の新南口へと向かった事でした。

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