劇団道学先生「ザブザブ波止場」の豊かでおおらかな猥雑さ
11月15日マチネで劇団道学先生の「ザブザブ波止場」を観ました。1974年、九州の港町の物語・・・、正統派の喜劇をたっぷりと楽しんでまいりました。
(ここからネタばれがあります。十分にご留意の上お読みください)
バブルが始まる前、高度経済成長が一段落して、でもパソコンや携帯電話などはまったく普及していなかった時代・・・、宮崎・油津の漁業協同組合を舞台にしたお話です。前説で宮崎弁の解説があって、実際の演技も方言丸出し・・・。そんな雰囲気の中、役者たちの厚みのある演技で漁師の男たちの気風やある種の純情さ、都会でのさらにはその時代の女性の恋愛や結婚への感覚などが生き生きと描かれていきます。
物語のあっけんからんさがよいのですよ。落語の「三枚起請」が裸足で逃げ出すようなエピソードがあったり、都会の今とはちょっとちがった性のモラルとおおらかさがあって・・・。そのなかで。地元の名士といわれる人種のアクの強さや厚顔無恥さ、さらには清濁合わせて飲み込むような部分が面白おかしく描かれていたり、田舎の警察の体質がユーモラスに表現されていたり・・。最初は距離を持って見ていた観客も気がつけばその世界に馴染んで物語を追っている。
作者の中島淳彦と演出の青山勝は、漁協事務所に流れる時間で劇場全体を満たしておいて、要所にゆったりとした伏線を入れ込んだり、事件を起こしたりと絶妙の緩急で舞台に厚みをつけていきます。小さな笑いなども積み重ねながら男のほほえましいような浅ましさや、女性の唸るようなしたたかさなども実にうまく織り込んで、シアタートップスの舞台に極上の娯楽作品を現出させました
また、それらを演じる役者が本当によいのですよ・・・。まず男優たちの力量のすごさ、そんなに派手な芝居をしているようには感じないのですが、ひとりひとりが醸し出す世界に体温と厚みがある。観客になにかを押し出して、その勢いで観客をすっと引き込むような・・・。一人ずつの芝居に十分な質量があって、しかも集団で舞台に立つ場面でも一人ずつの演技が紛れない・・・。齋藤志郎、青山勝、井之上隆志、福島勝美、海堂亙、中野英樹、山口森広といった漁師や警官(警部)を演じる役者たちの骨太の演技には、腰の据わった強さと深さがありながら、芝居をうさんくさくするようなノイズがしっかりとそぎ落とされているのです。荒っぽい演技に驚くほどの熟練ときめ細かさがあって観客のシンパシーをうまく取り込んでいく。また、東京のかおりを知る二人、沢井雅棋が演じる大学卒の漁協職員から伝わるある種の弱さと繊細さや、同じく東京の大学を出て今はスーパーの若社長役の草野徹が演じる都会の香りの薄っぺらさが漁師たちと実によい温度差を持っていて・・・。双方が双方引き立てている感じ。
女優陣も実に好演でした。かんのひとみの演技には安定感と実存感があり、ステレオタイプなおばさんではなく女性らしさを芯に蓄えた女性の姿がすごくナチュラルに伝わってきました。人物像にゆがみがないので、最後にある、どんでん返しのシーンにも奇異な感じがしないのです。またつっこみ的なセリフの間も抜群で温かい上質な笑いを何度も呼び込んでいました・。雨蘭咲木子の不可思議な色気もなかなかできない表現かと・・・。男性をひきつける微妙なだらしなさをしたたかに内包させながらも、一方である種のデリケートを持った女性の姿を見事に観客に伝えていました。斎藤ナツ子の演技も舞台の色をしっかりと作っていたように思います。どこかシャイな部分を持ったキャラクターの演じ方も秀逸で、その向こうにある意志の強さもきちんと伝わってくる。最後にジャケットを男性に着せようと取り上げるところがあるのですが、そこから伝わってくる想いの豊潤さに、彼女の演じる力の深さを痛感した事でした。しかも、彼女には、単にキャラクターをシンプルに演じるだけではなく、舞台のニュアンスをなにげにコントロールしているようなところも・・・。男優たちの勢いが増した時にも、彼女の存在がその箍をさらっと締めたり、逆にちょっとした間にやわらかく熱を与えたり・・・。空間ゼリーなどの舞台でも発揮した彼女の力が、この舞台でもしっかりと生かされていたように思います。
そうそう、青江三奈の「恍惚のブルース」がオープニングから随所に使われているのですが、場のニュアンスを要所でしたたかに伝えていて、本当にうまいと思いました。でも、それよりもうまいと思ったのが、りりィの「私は泣いています」の使い方・・・。歳がばれてしまいますが、あの歌が流行った頃、私は十分すぎるほど物心が付いていてりりィというアーティストにはきわめて都会的な香りを感じていました、「私は泣いています」という歌の舞台は大都会の片隅というイメージが強かった。それが漁師たちの酒瓶を叩いて歌う宴会に持ってこられると、なんと歌の持っているニュアンスが物語に驚くほどにはまるのです。瞠目しました。こういう曲の使い方ってまさに作り手側のセンスなのでしょうね・・・。なにか日本人の持っているコアの部分を見せられたようで息をのみました。
上演時間は2時間、観終わって心地よい充実感があって、カーテンコールでとても気持ちよく拍手ができる・・・。そして客電がともると良質な芝居を見た時のほわっとした感動がやってきます。こういう満たされ方が喜劇を観るだいご味の一つ。公演は11月19日まで、もしチケットが手に入るなら・・・。是非におすすめでございます。
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