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王子落語会、喧嘩の秀逸

10月27日、王子小劇場にて秋の王子落語会を聴いてまいりました。桂都んぼ師匠が主任を務めるこの落語会、夏には瀧川鯉昇師匠などもお出になられて3夜連続の常にクオリティの高い高座を現出させたのですが、今回は楽王さんとのふたり会、非常に密度のある会で大満足をしてまいりました。

・春風亭正太郎 「子ほめ」

入門して2年半という前座さんなのだそうですけれど、座に浮ついたところがなく、落ち着いた語り口が好印象。なんというのか、無理がない。前座さんにありがちな強引な噺のもっていきかたがなく、きちんと観客のリズムで話を持って行ってくれるのです。だから笑いが高座から引っ張られるよりも、より観客側から湧いてくる。なにか天分を感じさせる高座捌きでありました。

・桂都んぼ   「堪忍袋」

やわらかい口当たりの枕から、一気に噺に入ります。さすがに観客がついてこれるか不安だったのでしょう、ちょっと素に戻してもう一度噺に突入するものだから、その鮮やかさがますます際立つ・・・。先日大銀座落語会で聴いた雀々師匠の「あたま山」を髣髴させるような勢いで始まる夫婦喧嘩のすざまじいこと、設定からして夫が金槌を握れば妻が包丁を振り回すようなケンカ、それをグルーブ感のある語り口で演じていくわけですから、聴くほうは圧倒されるしかない・・・。でも、都んぼ師匠の語り口には安定感があって勢いがすごくても切っ先に乱れがない。仲介役の平兵衛さんの視点がきちんととれていて、夫婦が渾然一体となってがなりたてているように感じない、勢いをそのままに噺が観客に整理されて伝わっていくのです。演者が噺の持つ勢いに負けていない。しっかりと噺を自分の手のひらに乗せて演じている・・・。

喧嘩の品質がそのまま堪忍袋の存在感につながっていくところがこの噺のおもしろいところ。前もってこれだけしっかりとした喧嘩をしておいてくれると堪忍袋の出来もきわめてよろしい。良い堪忍袋ができているとオチの部分が本当に鮮やかに感じられるわけで・・・。で、頭を下げた時観客に残る統一感のようなものがすごく良いのですよ。

前回の王子よりさらに噺にひろがりがあって・・・。瞠目するほど腕を上げた師匠にひたすら感心してしまう高座でありました。

・三遊亭王楽  「三方一両損」

王楽さん初見、来年には真打昇進という今が旬の噺家さん。父親の好楽師匠とともに圓楽師匠の直系の弟子にあたられるそうです。

端正な顔立ち、自分の身上を話す姿は歌舞伎役者の台詞まわしを思わせるような凜とした気品がある・・・。だから、噺に入って財布の3両をどうするかという野郎の喧嘩にも趣がでるのです。啖呵が鮮やか、押しもあって・・・。江戸っ子の意地の張り合いが醸し出す粋に不純物がない・・・。もっといえば華がある。ちょっとほれぼれするような喧嘩のやりようでした。

でも、場が変わって、そんな二人がお白州に座ると、今度は大岡越前がもっと大変・・・・。その二人を上回る知恵と包容力を見せなければならない・・・・。そこがちょっと弱かったですね・・・・。一同が納得するような裁きのメリハリがもう少しあればと思いました。

まあ、そこで完成されてしまうと、演者にとってのこの噺は大きさが定まってしまうわけで、もっと大きく育てようという意気込みの裏返しであったのかもしれませんけれど・・・・。まだ、余地がある・・・。観客にとっては、芝居絵を見るような噺の雰囲気に浸るだけでも、十分儲けではあったとおもいますが・・・。

    ー仲入りー

・三遊亭王楽  「転宅」

この噺はいろんな噺家さんで聴いたことがありますが、王楽さんのお妾さんの利発さは群をぬいているかもしれません。こう、あふれ出る色香をすっと内にしまったような感じがすごくよくて・・・。どろぼうならずとも、ふっと騙されたくなってしまう・・・。

ただ、やっぱり後半が淡泊に感じたのも事実。馬鹿などろぼうをあざける部分、ちょいと品がよすぎるような気がしました。もっとあざとく泥臭くやってもよいような・・・。そうすることによってお妾さんの知恵がもっと浮かび上がってくると思うのです。後味の良さはしっかりと残ったのですが、なんというか、一番おいしい笑いどころが場に染み込んでしまうような印象がありました。

でも王楽さん、その高座捌きには天性の才能を感じます。古今亭志ん朝師匠のような気品を感しるその語り口は本当に魅力的でした。

・桂都んぼ   「まめだ」

都んぼ師匠は噺の中に絵を描ける噺家になってこられたような気がします。なにげない描写に密度があるというか・・・。この噺でも、観客をすっとその世界に引き込むような場面の描かれ方が何箇所かありました。

たとえば、初日の舞台を終わった主人公の市川右三郎が家に帰る場面、傘に悪さをした豆狸を、得意のトンボを切ってたたき落とすのですが、そこに雨の雰囲気がしっかりと出ている・・・。周りの風景もふっと浮かんでいる・・・・。こう墨絵で描いたような世界が見えるのです。

あと、オチの部分も見事でした。秋の早朝の空気の中で黄色い落ち葉が豆狸によってくる風景が本当にさわやか・・・。さわやかだからこそ、まめだの哀れさと市川右三郎の悔いが観客に染みいってくるのです。

噺のバランスが本当に良いのですよ。売れない役者の鬱々とした毎日や毎日膏薬の売り上げのなかに銀杏の葉が一枚混じっているあたりの流し方、そういう日々の雰囲気がしっかりと描かれているから、オチの光景のなんともいえない温かさと切なさが生きてくる。

都んぼ師匠、熱心に語る境地からもう一歩先に進まれたような・・・。王子の会も継続されるとのことで、次回がとても楽しみになりました。

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